04
剣持が桜井と桜井のボディーガードの天童と共に居間に入ると、上条は急須と茶器をのせた盆を運んでいた。
「おじいさま、いわれたとおりに用意しておきました」
「すまんね上条くん」
「どういたしまして」
ストレートのさらさらな髪を振り乱して剣持に噛みついていた人物とはおもえないほど、良家の子のように微笑んでテーブルに盆を置く。
「まあ、みなさん座ってください。お茶でも飲んで温まるといいでしょう」
ガラステーブルを挟む二人掛けソファーに桜井と上条、剣持と祖父の鼎が座り、天童は茶を受け取ると、部屋の隅に移動した。
「……外からの声をきいた分では、桜井くんと上条くんは友達で、上条くんは桜井くんとうちの孫の仲を心配してきてくれたようだね」
「お騒がせして申し訳ありません」
座ったまま、上条は綺麗に上体をたおして頭をさげた。
「孫は奥手なもんでねえ。背中を押してもらって感謝しとるよ」
剣持は肘で祖父をつついたが、頭が禿げ耳横に白髪を残した祖父はずれた眼鏡をなおして微笑んだ。
「傍でみていると歯痒いものだからなあ。でも上条くんが心配することもないだろうよ」
「そうでしょうか」
「桜井くんの頑張り次第ではあるんだが、のう桜井くん」
先ほどから顔を輝かせて剣持をみつめていた桜井は、鼎に微笑み返した。
「おじいさまのご期待に添えるよう頑張ります!」
「じいさんいい加減にしてくれ、煽らないでくれ」
横をむいていえば、祖父はにやにや笑いながらも茶を飲んで黙ってくれた。すると向かい側から、
「――ご家族の方もこうおっしゃっているのですから、剣持先輩もそろそろかれの好意を素直に受けるべきではないのですか。きけばお互いにお弁当を作り合っているそうじゃないですか」
剣持の家の居間で、剣持は孤立していた。周囲は煽ってくる身内、口で攻撃してくる後輩、熱い視線を浴びせてくる後輩、そしてその後輩の護衛。
「だ、だから弁当は、あれは……」
「もうお付き合いしているようなもんじゃないですか。どうなんですか先輩。いつまで後輩を生殺しにしておくんです。あなたは桜井美幸と恋人同士になる気があるんですか、ないんですか」
三人にみつめられて、剣持はきっと睨み返したが、あいにく真っ赤になってしまった。上体を折って顔を両手で覆う。なんでいまこんなに責められているのかわからない。自分はそんなに桜井を苦しめていたんだろうか。
春の終わりに告白されて、以来、いまは秋の終わり、冬のはじめだ。
「真琴くん、昨日もいったけど、いいんだよ。剣持さんを追い詰めないで、ぼくが一方的に好きなだけなんだし、ぼく、まだ待てるから」
まだ待てるということは、いずれ待てない時がくるということか。息が苦しくなった。衣擦れの音が近づき、肩に指先が触れた。
「ごめんなさい剣持さん、夜分にお騒がせして。真琴くんはぼくのことをおもうあまり先走ってしまったんです。昨日から説得してたんですけど、こうして剣持さんに直接いいにきてしまって、申し訳ありませんでした」
何かいわないといけない気がしたが、それを上条と天童にきかれたくなかった。
「……桜井、ちょっとふたりで話せるか」
ふたり以外が席を外そうとしたが、結局、剣持の個室へ桜井を招いてふたりきりとなった。カーテンの締まった部屋の電気をつけ、桜井に学習机の椅子をすすめ、剣持はベッドに腰掛けた。午後七時になろうとしてた。空腹を感じる余裕もない。ふたりの距離は一メートルも空いてない。
さきほどからドクドクとやけに鼓動を感じる。
頭の上ったままの血が下りてくる気配がない。
手の平は汗ばみ、頬も火照り、ひどい顔つきに違いない。千年の恋も醒めるだろう。剣持は顔を隠すように横をむいた。
「さくらい……」
声がなさけないほどかすれた。いまの状態が中途半端というのなら、お別れをいおう。秘密はこのまま黙っていてくれるようお願いしよう。好きになってくれたお礼をいおう。
「はい、剣持さん」
「お、おれ……」
ぎしっと音をさせて、桜井は床にひざまずき、剣持の膝に手をおいて下からみあげてきた。以前も、こんなふうにみあげられたことがある。
「無理しないでください剣持さん。ぼく、焦ってませんよ。何があっても剣持さんのこと好きですよ」
そのとき、非力だけど全力で守るといってくれたのだった。
「おれ、ふつうの、体じゃ、ないんだ」
ぼろっと涙をこぼしながら剣持がいうと、桜井が抱きついてきた。これ以上ないくらい熱い体だった。初めて家族以外に、この体のことをいった。
「だか、ら、付き合うの、こわいんだ、そ、それ、で……っ、だ、だから、おまえとは」
濡れた両頬を包まれたとおもったら、弾力のある唇が唇を奪ってきた。
「ううっ」
「好き、好き、好き、好き、好き」
ベッドに押し倒され、顔にめちゃめちゃにキスをされた。
「さく、さくらい」
「ごめんなさい剣持さん我慢できなくて。どうしよう、止まらない」
桜井は剣持の腹のうえに馬乗りになったまま、押し返した剣持の片手を両手で握りしめて、その指に何度もキスをした。
「結婚しましょう剣持さん。ぼくの父とおじいさまのお許しをもらってすぐに婚約しましょう。こんなに可愛い剣持さんを、もう放っておけません。待っている間に何があるかわかりませんからね! 体のことは存じています。怖がらないでください。ぜんぶぜんぶぼくが貰いますから」
それが安心できることばなのか剣持にはわからなかったが、桜井のストッパーをなぜか外してしまったことはわかった。ただ、好きになってくれたのは嬉しいが、体が普通じゃないので、付き合えないと告げるつもりだったのだ。なるべく本心を語って、いままでの好意に感謝し、お別れするべきだとおもったのだ。だがどうしてだろう。緊張と高ぶりのあまり話し出したとたんに涙が零れ、気が付くと押し倒されてたくさんキスされていた。
「桜井、どいてくれ」
「剣持さんお返事は」
「桜井、どけよ」
そういった口を塞がれ、舌がもぐりこんできて剣持は暴れた。そのとたん、両上腕の上に膝が乗り、両手で頭を固定され、熱い舌がぐいっと深く入ってくる。
「んん!?」
嫌々と首を振るが、舌を吸い上げられ、こねくりまわされ、ぴちゃぴちゃ舐められると、四肢から力が抜けていった。
そうだった、桜井美幸は出会って間もないのに部室でキスしてくるほど強引で積極的な一面もある男だった。脳裏にそのおもいが閃いたが、剣持はのしかかる体を押しのける力もなくなっていた。
体をずらした桜井が、剣持の唇を奪いながらズボンからワイシャツを引っ張りだしたとき、部屋のドアが開いた。




