06
夜中になって剣持は自分のベッドのうえで目をさました。
するとそれまでそばにいた桜井に声をかけられ、着替えてなんとかバナナを一本食べたあと、車で新幹線の駅まで送ってもらった。
駅には田中となのる三十代半くらいの眼鏡をかけたスーツの男性が待っていて、四人分の切符を用意していた。
剣持の同行者は、桜井美幸に、そのボディガードの天童に、一切を手配した桜井家に勤めているという田中という男。
「桜井、その、手配をしてくれてありがとう。あとはおれひとりでも行けるからみなさんとおまえは帰ってくれ」
夜中のひとけのない改札口をくぐるまえ、剣持は桜井を呼び止めてそういった。
祖父の入院先がわかり、そこへ向かうという行動をおこしたことで剣持の気力はやや回復していた。
「いいえ、剣持さんは本調子じゃありませんし、途中で倒れているんじゃないかと心配で家になど帰れません」
「桜井」
「剣持さま、坊ちゃん、新幹線の発車時刻が迫っています。参りましょう」
ふたりの意見の平行線を察したのか、地味な外見で無表情な田中はそういうと、高校生ふたりをうながして改札を通った。
グリーンの席に四人で落ち着くと、田中は持参していた紙袋から毛布をとりだして主人とその先輩に渡した。
「後ろの座席にだれもいませんから、背もたれめいっぱい倒せますよ。毛布でくるまって到着するまで寝てください」
いつもは世話をされる側の桜井が、てきぱきと仕度をし、反論しようとする剣持を横にならせ毛布でくるんだ。
「到着時間は夜中二時ですから、病院近くのホテルに泊まって面会時間まで待ちましょうね」
「桜井、おれは病院のロビーでだって……」
「しっかりベッドで休まないともっと具合が悪くなりますよ」
「おれ、桜井、費用は全部あとで払うから、請求してくれ」
一瞬、桜井はいらないと首を振るしぐさをしかけたが、おもいとどまったようにみえた。
「わかりました」
その声をきいて、剣持は目を閉じた。
実際、桜井一行が付いてきてくれて剣持はおおいに助かった。
気力で立ったり歩いたりしていたが、何度もよろめいた。
ホテルのシングルの部屋を案内されると、すぐにベッドにもぐりこんで体を丸めた。
一眠り後、タクシーで病院に向かうときも、いつごろからだろう、自然と桜井に腕を支えてもらって歩いたり、乗り込んでいた。触られていることに気づいても、いつものように離せということばは出なかった。
*
いつも冷静な孫が焦燥し、いくぶん動揺した様子をみせていた。
鼎が声をかけ、医師からの結果を告げ、黒いまっすぐの髪を撫でてやると、目を赤くしながらも孫は少し落ち着いたようだった。見舞いのふたりは椅子に腰掛けた。
始がお手洗いに行くといって病室から出ると、鼎と桜井美幸となのった高校生は、お互い興味津々で観察しあった。
「迷惑をかけたようだね、桜井くん」
「いいえちっとも。剣持さんの力になれることであれば、ぼくはいくらでも、何でもしたいんです。ちっとも苦じゃないんです」
鼎の記憶はいまだ、目のまえにいるかれが白いフリルのドレスを脱いで、白い女性用の丸襟ワイシャツとブリーフ姿になった始を救い出した場面が鮮明だ。
「それはずいぶんと、熱烈だね……?」
「はい、熱烈です」
鎌をかけると、桜井はにっこりと笑って肯定した。鼎は愉快になって、同じようににっこり笑った。
「みたとおり、頭も態度も硬いやつだが、きみはそんなことではめげないかね」
桜井は無言でうなずく。
「きみの好意には、なかなか素直になれんとおもうが」
桜井は静かに首を振り、そしてふたたび微笑んだ。
鼎は胸が高鳴り、熱くなるおもいがした。
「始の、味方になってくれるね……?」
声を低め、予感めいたものを感じながら鼎はそっときいた。
丸い頬と、小さく愛らしいパーツできた美少年の高校生は、じっと鼎をみつめた。
「……剣持さんは、ぼくにとって地上にただひとりのかたです。ぼくはぼくのできる全力で剣持さんを守りたい」
老医師はなにかを納得するように、何度もうなずいた。




