01
ぼくにはひとつ夢がある。
愛する女性に子供を生んでもらい、一緒に育て、巣だったあとはいつまでもいつまでも、ふたりで過ごす。
そんな夢。
なんて平凡、なんてささやかといわれたことだろう。
そう、十五年前までは。
*** *** ***
「おーい剣持~!」
「あ、成瀬先輩だー」
「めっずらしぃ」
後輩に堂々とそういわれてしまう名ばかりの剣道部員に、剣持始は、眉をしかめた。
呼びかけられてとめていた打ち合いの相手に目で合図して、その場をはなれる。
「たまには出席する気になったか英輝」
成瀬英輝は、にっこり笑って剣持の言葉には返事をせず、
「入部希望者をつれてきたんだ。こちら次期主将まちがいなしの部一の実力者、おれとおなじニ年の剣持始。で、こっちが一年C組の桜井美幸くん」
成瀬の背後からあらわれたのは、制服姿の小柄な少年だった。色白で、すべすべとした肌、小さな顔に、ちいさな部品が形よく、愛らしくのっかっている。
道場入口で胴衣をつけ、ふたりを見下ろしていた剣持は、とっさに言葉がでてこなかった。
(またえらく……)
相手の容姿に戸惑ったのは一瞬だけだった。次に考えたのは、体力も腕力もなさそうな人材だな、ということだった。
(まぁ、一年だしな、これから鍛えてゆけば……)
ひとつうなずき、剣持が口をひらこうとする。
「うわー、美幸ちゃん、剣道はいるのー」
「かっわい~!」
「やったー!」
「あ~美幸ちゃんだ~!」
打ち合い稽古をしていたはずの部員たちが、剣持の背後から興奮しておしよせてきた。口々に桜井の名を呼び、自己紹介をし、手をのばして触ろうとまでする。その手は成瀬が面白がって阻止し、憤慨の声があがる。
「大歓迎、大歓迎、美幸ちゃーん」
「おれ、三井、三井っていうの! 同年、よろしくね」
「――お前たち、静かにしないか」
剣持がゆっくりと周囲を睥睨しながら声をだす。解き放たれた犬のように好き放題していた部員たちは、ただちに自分たちのボスのいうことをきいた。成瀬だけが神妙な面々のなかで、笑いを耐えている顔をする。
「騒がせたな桜井。入部は歓迎する。主将がきたら話しておく。厳しいこともあるだろうし、いうだろうが、がんばってほしい」
「はい、一生懸命がんばります。よろしくお願いします」
桜井は、ほわっと笑い、剣持を見上げながら右手をのばした。
剣持の竹刀ダコのできている手をつかむと、甲にむけ、そっと口付けをした。剣持の手はビクリッとうごいた。
次期主将の唖然とした顔の周囲では、どよめきをおこす部員と、興味深そうにしている成瀬と、いたって平然としたままの新入部員がいた。
桜の散った四月下旬。
世界を未来なき悪夢がおおうなか、それでも日本のとある高校では、毎日の授業があり、部活動があり、また騒動があった。