トナカイの子守唄
12月に入ると、俺とじいさんは、ちょこちょこ動き出す。
じいさんはプレゼントをどんどん袋に詰めて、俺は自慢の角を磨く。
じいさんは、新しい制服を手縫いし、新しいソリを作る。
俺は自慢の角を磨く。
文句あるのか? 角ばっかり磨いちゃ悪いのか?
しょうがない。俺だってじいさんを手伝いたいさ。でも、出来ないんだ。悪いな。
しょうがないじゃないか。だって俺はトナカイなんだからさ。
毎年の事ながら、この時期は本当にてんてこまいってやつなんだ。忙しい忙しい。
………………
その日も俺は角磨きをしていた。本番はもう明日に迫っている。
ピカピカなのは鼻じゃなくて角だって、教えてやらないといけないからな。
ブフォーブフォー喉を鳴らしてご機嫌な俺は、じいさんの異変に気づくのが遅れた。
「グフォオ!」
俺の喉なみのヘンな叫び声が家の中から聞こえた。その後にドーン! パリーンだ。
俺は焦ってじいさんの家に飛び込んだ。
そして、顎が外れそうになった。
じいさんは、腰を抑えて中途半端な姿勢で固まっていた。
床には落として割ったらしき数々の酒瓶。そして、壊れた酒樽に、俺のソリ。
じいさん! あんた一体何をしようとしてたんだ!?
涙を流しながら俺を見つめるじいさん。
「ルルー。すまんが医者に電話してくれ。ぎっくり腰だ」
無茶だ! 無茶振りだ! 俺には声帯がない。
それでも俺はトナカイだ。じいさんの相棒だ。仕方がないので電話をかけてやった。
『リダイアル』なるボタンを押したらかかったので、俺は電話の相手に必死に話した。
「ブフォオ(じいさんが)ブフォ(どうやら)ブブフォオ(ぎっくり腰だ)」
俺の必死の言葉が通じたに違いない。
しばらくしたら電話の相手が飛んできた。
じいさんの仕事仲間のじいさんだった。
仲間のじいさんが人間の言葉で電話をかけて、医者を呼んだ。
医者のじいさんも、すぐには来てくれたが、ぎっくり腰はすぐには治らないので安静にと帰って行った。
じいさんは困った。
「本番は明日なのに、サンタの自分がぎっくり腰になってしまうとは」と泣いた。
泣く位ならソリで酒盛りをしようとした事を嘆くがいいさ。
酒樽に10種類のウィスキーやらワインやらを、いっぺんに運ぶからそうなったんだよ。
ブフォー……俺はタメ息をついた。
「困ったのお。どうするよ? お主は確か極東の担当じゃっただろ?」
友達のじいさんも困り果てていた。
「サンタ組合に代理で行ってくれるものはおらんかのお」
「明日じゃしな。予定が空いた者はすべてバカンスに出かけよった。組合は今、事務員1人じゃよ」
じいさんは途方にくれた。俺も途方にくれた。
じいさんが元気じゃないと、俺も仕事に出れない。
せっかくの角磨きが台無しになってしまった……責任とれよ、じーさん。
うーん。うーん。3人で知恵を絞りあう。
「そうじゃ!」
じーさんの頭の上に電球がピカッと光った。
………………
俺は驚きのあまり腰が砕けた。本当に後ろ足がガクッてなったぜ。
じいさんがドヤ顔で「サンタ代理」に指名したのは、自分の孫だったのだ。
ああ、別に孫だっていいさ。実際息子は忙しいみたいだしな。
孫が5歳児じゃなかったら、俺だって文句は言わないんだよ!!
俺の心からのクレームをじいさんは聞き流している。
「どうじゃ。可愛いサンタじゃ。こんなに可愛いサンタは世界中探しても1人もおらん。可愛い! 最高! よっこのサンタ殺し!!」
じいさんのテンションはマックスだ。
そりゃ、可愛いだろうよ。5歳児の女の子がミニスカートのサンタ服(スーパーで購入)を着てるんだからな! 可愛くなきゃヘンだろうよ!
そんな事は問題じゃねえ。
問題は5歳児にサンタ業務を出来るかって事なんだよ! 聞いてるのか! じーさんよ!
じーさんは俺の方をまったく見ない。孫に「可愛い」しか言ってねえ。
頭の上の電球は本当に役に立たないってよくわかったよ!
俺はまた静かにタメ息をついた。
………………
問題は多々あった。
俺の新しいソリが壊されて、去年の埃まみれのソリを引っ張り出さなきゃいけなかった事。
5歳児では地図が読めない事。
5歳児に徹夜作業ができない事。
5歳児が担当区域の日本の事を何も知らない事。
5歳児が……5歳児が……。
すべてはサンタが5歳児な事なんだよ!(ソリ以外)
「ルルー頼むからなあ」
じいさんがベッドの上から俺に涙目で頼む。
孫以外は本当に代わりのサンタは来てくれなかった。
大丈夫なのかサンタ組合!?
俺も腹を括るしかない。
孫は随分と早くからソリに乗ってご機嫌さんだ。
俺は試練への1歩を踏み出した。
ソリを引きながら走る、走る、走る。加速、加速、加速。
永久凍土の大地を駆ける。体がふわっと軽くなり浮く。そのままのスピードで空を翔た。
ぐんぐんぐんぐん翔る。極東の地、日本を目指して。
孫がサンタでよかったのは、ソリが軽くて早く翔る事が出来たくらいだ。
数10分後には日本の上空へ出た。
さあ、ここからが勝負の時間だ。俺は高度を落としながら、日本の夜の光の中へ近づいていった。
………………
ブフォーブフォー……。
俺は大声で説明した。
日本には暖炉がないって事を!! 探すだけ無駄だと言う事を!!
「ルルー暖炉がないからお家に入れないの……お仕事が出来ないの……パパに怒られる」
孫はすでに1軒目で半泣きである。
俺は必死に説明した「窓から入るんだ」と。
「暖炉がない国なんて、知らないよ、聞いてないよ。おじいちゃんから」
ああ。急な話だったからな。お国事情までは説明出来なかったんだ。すまん。
「ルルーもう帰ろうよ」
俺は必死に首を横に振った。1軒もプレゼントが配れなかったってのは、トナカイ最大の屈辱だ。
ブフォー……俺はタメ息をつきながら、角で窓を軽く叩いた。
窓がスッと開く。
「すごいよ! ルルー。魔法使いみたいだね」
今日の魔法使いはサンタなんだぜ。お嬢さん。
俺と孫は室内へそっと侵入した。
………………
こつを掴んだ孫は中々よかった。5歳児も侮れない。
窓をコンと軽く1回叩き、開いた窓から室内へ。
眠っている子供の枕元にプレゼントを置き、また窓を軽く叩いて鍵をかける。
繰り返し、繰り返し。
俺と孫は日本全国を飛び回った。
………………
からっぽになったサンタ袋を抱きしめるように孫は眠った。
お疲れさん。
俺は素直にそう思った。
朝日が昇ろうとしている日本を後にして、俺はまだ朝日の届かない我が家を目指す。
孫はピクリとも動かず熟睡している。
翔る、翔る。誰も乗っていないような軽いソリを引いて、俺はまだ暗い大空を翔る。
孫の寝顔を眺めていると、自然と歌が口をついた。
俺が幼い頃に母親が歌ってくれた「トナカイの子守唄」だ。
翔ける。歌う。翔ける。歌う。
世界中から引き上げてきた仲間に出会う。
1頭、2頭、3頭、4頭……仲間が集まる。歌の輪が広がっていく。
俺達はたった1人の子供の為に歌を歌い続けた。
「お疲れ」「頑張ったね」「おめでとう」「よくお休み」
なあ、孫よ。俺達のプレゼントは気に入ってくれたかい?
俺は想像する。
大きくなった孫を乗せて世界中を駆け回る様子を。
それは、俺にとって、なによりも幸せなクリスマスプレゼントになった。
我が家に到着した俺は、父親に抱かれてベッドへ向かう孫を少し寂しい気持ちで見送った。
暖かいベッドで幸せに寝て、目が覚めると孫の枕元にもプレゼントが置いてあるだろう。
最高の笑顔をきっと俺にも見せてくれる筈だ。
俺も自分の寝床へ帰って暖かい幸せな夢を見よう。
世界中に幸せを届けて、俺は眠ろうと思う。
最悪で最高だった今年の仕事を思い出しながら。
ふわああ……もう眠たくなってきた。今年の俺の話はそろそろお終いだ。
楽しんで、大変だったなって同情してくれたら嬉しいよ。
ああ、言い忘れていた。
世界中、すべての人へ。メリークリスマス。よい1日を。
もう少し大きくなった娘が、このお話を読んでくれるといいな。