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タ・ケ・ル  作者: 高遠響
9/32

     <4>

 タケル! 助けて! 殺される!


 その強さにタケルは思わず一瞬頭を抱えた。その“声”は明らかにタケルを呼んでいた。

「トーマ?」

 頭を押さえながら慌ててタケルは辺りを見回す。トーマの悲鳴はがんがんとタケルの頭の中に鳴り響き続けている。助けて! 殺される! そのフレーズが強くなったり弱くなったりしながら、繰り返されるのだ。

「トーマ!」

 ただ事ではない。何かわからないがトーマの身に危険が迫っていることは確かだ。

「トーマ!」

 ベンチの近く? いや、いない。ゴールの方? 違う。観客席?

 タケルはトーマの悲鳴が発している方向を探した。

「?!」

 コンクリートのひな壇の上だ。男が二人、トーマと琴音を引きずるようにして連れて行く。

 四人の人影が壇を登り切り、木立の向こうの遊歩道へと消えた。

「トーマ! 琴音!」

 とっさにタケルはそちらの方へ向かって走り出していた。

「おい、こら! タケル!」

 コーチが慌てて引き留めようと声をかける。

「すんません! ちょっと、トイレに!!」

 タケルはそのまま走り続けた。

 コートを突っ切り、ひな壇を駆けあがる。

「トーマ!」

 タケルは叫びながら、全力疾走で遊歩道へと飛び出した。勢い余って横滑りしながら停まると、前後を見た。

「どっちだ?」

 目を閉じてトーマの意識を探す。トーマ、トーマ、何があった? どこだ?


 タ・ケ・ル……。


 トーマの“声”がした。今にも消えそうな頼りなげな“声”だ。

「こっちか?!」

 タケルは駆けだした。

 嫌な予感がする。何かとんでもない不吉な予感がタケルを駆り立てていた。

 ざわざわと遊歩道沿いの木々がざわめくき、暑くて重い風が邪魔をするようにタケルにまとわりついてくる。

「トーマ!」

 タケルは無我夢中で走った。

 遊歩道から北口へと出た。

 タケルは膝に両手をついてぜえぜえと息をしながら広場の隅々に視線を走らせる。

「いた!」

 黒い車が歩道沿いに停車していた。その後部座席にトーマが押し込められるのが見えた。

「トーマ!」

 タケルは叫びながら、そちらに向かって走り出す。

 トーマに続いて押し込められようとしていた琴音が、タケルの声に気付いて振り向いた。

「タケルくん!」

「トーマ! 琴音!」

 タケルは必死で走る。が、間に合わない。琴音は乱暴に車の中に引きずり込まれてしまった。バタン! と扉の閉まる音が響く。

「待てよ! おい! トーマ!」

 タケルが車の傍にたどりつくのと、車が発進するのはほぼ同時だった。

 車の側面に手を着こうとしたタケルは、勢い余って車道に転げだしそうになる。

「!」

 その途端に、何かに強く引っ張られるような感じがして身体が歩道に向かって引き戻された。

 そのまま勢いよく歩道の上にひっくり返り、ごろごろと転がる。

「死にたいのか?」

 誰かが強い口調で言いながら、駆け寄ってきてタケルの腕を取って無理やり立たせた。

 タケルはその相手を見た。

 三十代くらいだろうか、濃紺のスーツ姿の大柄な男だった。サングラスをしているが、ギリシャ彫刻のような彫りの深い整った顔立ちであることがわかる。

 白いワゴン車が滑り込むように二人の前に停まる。

「竜介!」

 助手席の窓が開いて、声が響いた。タケルの腕を掴んでいた男は、「ああ」と短い返事をするとタケルの腕を離した。

「じゃあな」

 と、車に乗り込もうとした時、再び声が飛んだ。

「君も乗りなさい! 琴音を追いかける」

 タケルは反射的に白い車の後部ドアに飛びついた。

「こんなガキ連れてってどうする気だ」

 スーツ姿の男、竜介は助手席に乗り込むと運転席の男に非難めいた視線を投げかけた。

 タケルが後部座席に乗り込むや否や、車は勢いよく発進した。


<続く>

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