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タ・ケ・ル  作者: 高遠響
8/32

     <3>

 トーマと琴音がグランドにたどり着くと試合は既に始まっていた。白いゼッケンのチームと、青いゼッケンのチームが激しくボールを奪いあっている。

 サッカーグランドを取り囲んでいるコンクリートのひな壇の一番上の段に二人は立って、白と青が入り乱れて動き回っているコートを見た。

「どっちがタケルくん?」

「確か今日は青色って言ってたけど……」

 トーマはきょろきょろと視線を走らせる。

「あ、あれ、あれ。今ボール蹴って走ってる」

 トーマが指を差すと、琴音は声を弾ませた。

「わあ、速い~。すごい、タケルくん!」

 タケルは鋭い動きで右左に方向を変えながら、たくみにボールを運んでいく。

「後ろにボール蹴った! すごい。なんで後ろに仲間がいるってわかるんだろ。それもあんな全力疾走で走ってて」

 琴音は目を丸くする。トーマは笑いながら腰を下ろした。琴音もそれにならう。

「だいたいわかるって、タケルが言ってた」

 タケルは他の人よりも勘が良い。それは彼の特殊な能力の影響もあるのだろう。

 ゲームは前半が終わりそうだった。まだ双方とも無得点だが青チームが少しばかり押しているようだ。

 琴音はサッカーのルールをよく知らないようなので、トーマは解説を入れながら一生懸命応援した。

 二人ともすっかり試合に熱中していたので、背後に人の気配がしている事に全く気がつかなかった。

 いつの間にか男が二人立っている。北口から二人をつけて来ていた男達だった。

「琴音さん」

 若い方の男が目の前の琴音に声をかけた。

 琴音の動きが一瞬止まる。

「探しましたよ」

 男の声はぞっとするほど冷たく、ひとかけらのぬくもりも感じられない。

 トーマはようやく後ろの二人の存在に気が付き、慌てて振りかえった。二メートルと離れていない所に男が二人立っている。手を伸ばせばすぐにでも届きそうだ。

 琴音は振り向かずにゆっくりと立ちあがる。

「こ、琴音ちゃん?」

 トーマも思わず立ちあがった。そして琴音と二人の男を交互に見る。両者の間に流れる空気はとても親密なものとは言えない。

 琴音は振り向くことなく口を開いた。

「……しつこい。私は帰らないと言ったはずよ」

 その声は今までに聞いた事がないほど冷たく強い口調だった。トーマはびっくりして琴音の横顔を見る。

 うつむき加減で半眼になり宙を見つめている。両手は固く握りしめられ、小さく震えているほどだった。今のいままで無邪気にタケルの応援をしていた琴音ではない。まるで別人のようだ。

「あなた達のバカげた計画に興味はない。でも、お兄様の手助けもしない。とにかく、これ以上は関わりたくない。何度も言わせないで下さい」

 琴音の身体から怒りが霧のように立ち上っているのがわかる。人間がこれほど静かに怒りを燃え上がらせる事が出来るなんて、今まで考えた事もなかった。

 気圧されたトーマは思わず二三歩、下がる。

「待ちなさい」

 もう一人の男が穏やかに声をかけた。

「すぐにブチ切れて怒りを撒き散らすのはいい加減に押さえなさい。そろそろ制御する事も覚えたはずだ。そのための東京生活だったのだからね」

 男はじりじりと琴音に近づいてくる。

「こんなところでのんきにサッカー観戦している御身分ではないことは、自分が一番よくわかっているだろう。君には担うべき役割がある。それが君の宿命だ」

「聞きたくない!」

 琴音が叫んだ。

 一瞬何か熱いモノが勢いよく放射状に琴音からはじき出されたように感じた

 思わずトーマはよろめく。

 その手を男がぐっと掴んだ。

「わ?!」

 そしてそのまま自分の方へと引き寄せ、トーマの首に腕を巻きつけた。

「やめなさい! 君のボーイフレンドが黒こげになってもいいのか? ここは大人しく私の言う事を聞く方が賢いと思わないかな」

 トーマは首をぎりぎりと締めあげられ、もがいた。細くて貧相な体つきのくせに、男の力は強く腕はなかなかほどけそうにない。

 頸動脈が締められて、頭が熱くなってくる。

 なにがどうなっているのかわからない。が、とにかく信じられないくらい、危ない状況になっているのだけはわかる。そしてこのままでは取り返しのつかない事になりそうだ。

「く、くるしい……」

 トーマは死に物狂いでもがいた。トーマの悲壮な声に初めて琴音が振り向く。

「トーマ……くん」

 ふいに琴音の瞳の表情が見慣れたものに変わる。

「根岸さん、やめて!」

「いやいや、この少年は私達の盾だ。どうやらこの子がいれば、君は自制してくれそうだからね」

「卑怯者……」

 琴音の瞳に殺気立った光が宿り、きりきりと怒りが再び高まる気配がする。

「やめなさいと言ったろ?」

 根岸の腕は再びトーマを締めあげる。トーマは真っ赤な顔でもがいている。

「言っておくが、私は平和主義者でね。人が苦しむのを見たいとは思わないんだよ。でも、君があんまり言う事を聞かないと保証はしない」

「……」

 琴音は根岸というその男を睨みつけていたが、やがて静かに目をつぶった。トーマの身の安全には代えられない。そう思ったのだろう。

「さあ、そろそろ行こうか」

 琴音があきらめたのを見てとった男は若い男の方を見た。若い男は小さく頷くと琴音の横に立ち、その腕をつかんだ。琴音はその腕を払いのけ、きつい視線で男を睨みつける。一瞬男がひるんだが、トーマのうめき声に琴音ははっと我に返ったようだった。

「行きましょうか、琴音さん」

 男は再び琴音の腕を掴み、ぐいっと引っ張った。


 グランドで前半終了のホイッスルが鳴り響いた。タケルはボールを追いかけるのを止め、ベンチに向かう。頭から水をかぶったように汗が流れている。目に入りそうになった汗を腕でぬぐった時だった。

 頭の中に“声”が響いた。


 タケル! 助けて! 殺される!


<続く>

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