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日曜日は曇っていて、午後からは雨が降るという予報だった。タケルは一人でグランドへ来て、ウォーミングアップをしていた。試合は十時からだが、一時間前には来てウォーミングアップするのが習慣だ。
軽く身体を動かしていると、いい感じでエンジンがかかってくる。
リフティングを何回かしてから高くボールを上げて、胸に当てて落とす。
軽くドリブルをしながらゴールに向かって蹴りこむ。
ボールは高く上がって綺麗な弧を描き、ゴールネットを揺らした。
「まあまあだな……」
タケルは呟くと自分のボールを取りに行く。蒸し暑い天候だが、身体の動きはまずまずといったところだ。
コーチが集合の号令をかける。
そろそろ試合が始まるようだった。タケルは自分のボールを足で軽く蹴りながらチームメートの元へと向かった。
「今日も頼むぞ、タケル!」
チームメートがタケルの尻をポンと叩く。タケルは自信ありげな表情で親指を立てた。
センターラインに沿って選手達が並ぶ。
夏の重い空気を切り裂くように、鋭いホイッスルの音が鳴り響いた。
トーマは北口の花壇の縁に腰をかけ、琴音を待っていた。待ち合わせ時間は十時だったが、既に二十分が過ぎている。
「どうしたんだろう……」
腕時計をちらちら見ながら、落ち着きなく辺りをきょろきょろと見回す。途中で事故にでもあったんじゃないか……などと、そんな不安まで湧きあがってくる。
「あ、来た」
思わず立ち上がる。交差点の向こうで琴音が手を振っている。信号が青になると、駆け足でこちらに向かってきた。
「ごめんなさい、遅くなっちゃった!」
琴音は息を切らしながら両手を合わせて謝った。
「ううん、大丈夫だよ。そんなに待ってないし」
デートで待たされた男が口にする常套句だ。トーマにとっては二十分待たされたことよりも琴音が走って来てくれた事の方が嬉しい。
「このところ出歩き過ぎって、おじさんに注意されたばかりだったから、家を出るタイミングがなかなかつかめなくて」
親戚の家に滞在中という琴音は、外出する時、どうやらその親戚の目を盗んで家を出てきているようだった。よほど良家のお嬢さんなのだろう。
「大丈夫なの? 怒られない?」
「うん。怒られることはない。……と思う」
琴音はぺろっといたずらっ子のように舌を出した。
「じゃ、行こうか」
「うん」
二人は公園の遊歩道を歩きだした。
二人の姿が消えるのと入れ違いで一台の黒い車が北口の前に停車した。後部座席から男が二人降り立つ。一人はまだ若い、二十代前半だろうか、鋭い目をした男である。もう一人は五十代くらいの痩せた、陰気な目をした男だった。
「間違いないな」
「はい」
二人は顔を見合わせると小さく頷いた。
<続く>