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タ・ケ・ル  作者: 高遠響
4/32

     <4>

 夕方になって二人は自転車に乗って家を出発した。高乃城址公園までは自転車で十五分くらいだ。少し遠いが、タケルはサッカーの練習で毎週行っているので特に問題もない。

 高乃城址公園の自転車置き場は既に八割くらいが埋まっている。そこに自転車を停めると二人は公園の中に入った。

 公園の中央には高乃城神社があって、そこが昔の天守閣があった場所らしい。城を守るために作られていた堀の名残の池があり、その周辺は緑の豊かなビオトープになっていた。他にもサッカーや野球が出来るような広いグランドがあったり、遊具のある広場もある。日本庭園のようなスペースもあり、訪れる人は子供からお年寄りまで様々だ。ちなみにこの辺りの小学生は一年生の遠足でまずここに来るというのがお決まりだ。

 遊歩道から神社の参道に入ると、道に沿ってずらりと露店が並んでいる。まだ辺りには日が残っているが、露店ごとに眩しいライトが灯されていて、白い光を参道に落としていた。自家発電のモーターの音が景気よく響いている。この音を聞くと、タケルは妙にそわそわしてしまう。

 タケルは思いっきり鼻から息を吸い込む。綿菓子の甘い匂いがするかと思えば醤油の焦げる芳ばしい匂いがする。匂いのおもちゃ箱のようだ。

「いい匂い……」

 トーマもくんくんと鼻を鳴らした。いか焼きのソースの匂いがいきなりお腹を刺激する。軽く夕食は取っていたがこういうのはだいたい別腹だ。

「じゃ、さっそく行きますか!」

 タケルがトーマの手をぐいっと引っ張って走り出した。

 神社にたどり着くにはまっすぐ歩けば五分程度だが、あっちで食べ、こっちで立ち止まり、と寄り道ばかりしていると、鳥居の下にたどり着くのに二十分ほどかかっていた。

「そんなにいっぱい持ってたらお参りできないよ」

 トーマがくすくす笑う。タケルの右手には焼きトウモロコシ、左手にはリンゴ飴とベビーカステラの袋が握られている。タケルはまずはどれを片付けるべきか、真剣に悩んでいる。

「とりあえず、トウモロコシ……だよな?」

 タケルはきょろきょろと周りを見渡した。神社脇の木立の中にベンチが置いてあるのが見える。二人はそこへと移動した。

 古びたベンチに腰をかけ、タケルはさっそくトウモロコシにかぶりついた。もりもりっという歯ごたえと醤油の味にタケルはうなる。

「う~~、うま!」

 トーマは笑いながら自分の右手の袋を開け、中からタイ焼きを取りだす。

「昔はおもちゃとか欲しいって思ってたけど、最近は食べることばっかりだね」

「なんでこう、すぐに腹すくんだろうな?」

 ピカピカ光るおもちゃが欲しくて駄々こねて、佳奈によく怒られていた。父親がこっそり買ってくれるのだが、そういうおもちゃは大抵すぐに壊れてしまう。次の日にはゴミ箱に突っ込まれることもしばしばだった。今はとにかく食べ物を腹に突っ込む方がなによりも優先だ。

 タケルはあっという間にトウモロコシを平らげて、醤油まみれの指をぺろっと舐めた。

「手、洗ってこよ」

「トイレこの辺にあったっけ?」

「神社のさ、手洗うヤツあるじゃん」

「お清め用だよ、あれ」

 トーマが苦笑いする。神社のお清めの水で醤油のついた手を洗って罰が当たったりして。

「醤油って食い物だぜ。罰なんてあたんないって」

 タケルは口をとがらせた。

 二人は揃って立ちあがると神社の方へと駆け出した。

 神社の中は橙色の柔らかな灯りを灯した提灯がたくさんつるされていた。遊歩道に立っている水銀灯の白い光と違って、随分と落ち着いた光だ。お参りをする人の数は結構多く、昼間の熱気の名残と人いきれで蒸し暑い。

 境内の一角ではにぎやかな神楽≪かぐら≫が流れていて、その前でハッピ姿の青年が飛び跳ねながら踊っている。地元の伝統芸能の踊りだそうだ。その周りには人だかりが出来ていて、携帯やビデオを撮る人もいた。

 社務所前ではお守りやおみくじを求める人が並んでいる。まだ早い時間だがそこそこの人出だ。夜が更ける頃にはもっと混雑してくるだろう。

 二人は人の間を縫うようにしながら参道の脇にある手水屋へと向かった。

 手水屋の石造りの水槽はところどころ苔が生えていて、いかにも古そうだ。水槽の端には色のあせた龍の彫り物があって、その口からちょろちょろと水が出ている。

 タケルはベビーカステラとリンゴ飴の袋をトーマに持ってもらって、うつぶせにおいてある柄杓を取ると、龍の口から流れる水を受け、手を洗った。

 後ろに一歩下がった時、むぎゅっと誰かの足をふんづけた。きゃっという声がして、タケルは思わずバランスを崩してよろめく。ふんづけた足の主と強く身体がぶつかりそのまま二人して尻もちをついた。

「ごめんなさい!」

 タケルは慌てて相手を見た。


<続く>

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