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六時きっちりにトーマは川上家の前に到着した。インターホンを鳴らそうと指を伸ばした途端、玄関の扉が勢いよく開いてタケルが飛び出してきた。
「相変わらず早いね」
トーマが小さく口笛を吹き、タケルは胸をそらした。
「トーマがそこの角の辺りに来たくらいでわかる」
「だんだん範囲が広がってるみたいだね」
タケルには特殊な能力がある。どうやら生まれつきの力のようだった。
人の考えている事が“聞こえてくる”のだ。テレパシストというらしい。タケルにとっては当たり前のことだったが、大きくなるにつれてその力が他の人にはない、特殊なものである事がわかってきた。
トーマはそれこそ赤ちゃん時代から一緒にいるのでタケルのその力のことは知っていた。テレパシストという言葉を知ってタケルに教えてくれたのもトーマだ。
二人は「どれくらいの距離から“声”が聞こえるか」というのをよく試す。トーマがタケルに心の中で呼びかけながら歩いてくるのだ。そしてどの辺りで聞こえてきたかというのを調べる。
ゲーム感覚でやっているが、だんだんタケルの能力は強くなってきているようだ。聞こえ方も変わって来ていて、最初は波のように聞こえたり聞こえなかったりしていたが、最近ではかなりはっきりとした言葉で聞こえることが多い。
「ちょっとうっとうしいかも……」
タケルの表情が少し曇る。
「最近、授業中に気が散ってしょうがない」
外で身体を動かしている時にはほとんど気にならないが、じっとしているとどうしても聞こえてくるのだ。同じ教室の中にいる友人達の様々な雑念がまるでテレビかラジオの音のように、さわさわと頭の中に響いてくる。
折しも思春期にさしかかってくる年頃だ。時には聞きたくないような内容の時もある。小さい時と違って、少しずつ皆の心の中も複雑になっていくようだった。あんまり真剣に耳を傾けていると、だんだん人間不信になるような気がするので、なるべく聞かないようにしようと思うのだが、なかなかうまくいかない。耳から聞こえてくる音なら耳栓をすればいいが、こういう声はどうすれば聞こえなくなるのだろうか。その術をまだタケルは知らない。
なんでこんな力が自分にあるのだろうかと時々思う。授業に集中できないのは勉強嫌いという理由だけではないのだ。今まで役に立った事と言えば、アユミが生まれたての赤ん坊の頃、彼女が何を欲しがっているかがなんとなく伝わってきて、それを佳奈に通訳してあげるくらいだった。
今のところ、この能力をちゃんと理解してくれているのはトーマだけだった。両親にすらまだ言ったことはない。打ち明けてみようかとも思うのだが、ふんぎりがつかないのだ。素直に受け止めてくれるか、それとも「同じつくならもうちょっとマシな嘘を言え」と怒られるか、はたまた「ヘディングのしすぎでついにおかしくなったか?」と病院に連れて行かれるか……。どっちにしても、試すにはかなり勇気がいる。
「……きっと何かいい方法があるよ」
トーマはタケルの肩をぽんぽんと叩いた。僕が協力するから……そんな声がタケルの中に伝わる。トーマのあたたかい“声”が聞こえると何故かほっとする。
と、一転してトーマの顔にいたずらっ子のような笑みが浮かんだ。
「ところで、どうだった? 今日は何発?」
そして楽しそうにタケルを覗き込む。
「五発。五年の三学期よりは一発少なかったな」
タケルは佳奈にはたかれた頭を大げさに撫でてみせる。痛いという程のものでもないのだが、ぽんぽん頭をはたくから余計にバカになるのだと、タケルはいつも思う。よっぽどはたきやすい頭をしているらしい。
「トーマの爪の垢でも煎じて飲めってさ!」
「お腹壊すって」
「俺も同じ事言ったら、はたかれた」
二人は顔を見合わせて笑った。
<続く>