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タ・ケ・ル  作者: 高遠響
27/32

哀しみの龍

 境内は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。警察官と群衆が入り乱れてもみ合いになっている。参道に立っていたかがり火が倒れ、悲鳴が上がる。

 タケルは竜介に引きずられるようにして混乱の渦からようやく出た。人混みの向こうに琴音の姿が見え隠れしている。

「琴音!」

 タケルは必死で叫んだが、その声は怒号にかき消されて届かない。駆けだそうとしたタケルの身体を竜介がはがい締めにした。

「すまない、遅くなった」

 息をきらせて一平が現れた。

「遅い!」

 竜介とタケルが同時に叫ぶ。

「どうすんだよ! 琴音が大変な事になっちゃったじゃないか!」

「捜査令状が出るのに思ったよりも時間がかかった」

「いつもの事だ」

 いまいましそうに竜介が舌打ちする。

「それに、役者が全員揃った方が手っ取り早いって下心もあったみたいで……。わざと時間をかけたって感じだった」

「バカどもが」

 竜介も一平も苦々しい表情を浮かべている。が、タケルにはなんのことやらさっぱりわからない。わかっているのは、とんでもなくヤバい状況になっていて、琴音が窮地に立たされているということだけだ。

「なんでもいいよ! 早く琴音とトーマを助けてよ!」

 タケルはわめきながら本殿を見て、思わず叫んだ。

「なんだ、あれ?」

 本殿の階段の下に刀を手にした男が立っていた。


 笙は息を切らしながら階段の下で琴音を睨みつけていた。

 琴音はうつろな瞳でぼんやりと大松明の炎を見つめている。周りの喧騒も今の彼女には届かないようだった。

「琴音……」

 笙はゆっくりと階段を上がっていく。

 黒装束の男が笙に飛びかかって来たが、笙は身をひるがえしてその男をかわすと刀で叩きのめした。

「琴音……お前は目覚めてはいけないんだよ」

 刀の鞘をゆっくりと払う。ぎらりと光る刀身が現れた。琴音の傍に立って琴音に囁いていた男があわてて琴音と笙の間に割って入る。

 笙は切っ先を男の喉元に突きつけた。

「どけ」

 冷たい殺気を感じて、男は青ざめながら後ずさる。笙の瞳は氷のように冷たい。本気だ……。男はへたり込み、そのまま這いつくばって逃げた。

 笙は琴音の前に立った。琴音はぼんやりした瞳で笙を見上げた。

「お兄様?」

 笙はしばらく立ちつくして琴音を見つめていたが、ふうっとその肩から力が抜けた。そして、ゆっくりと座り込むと静かに琴音を抱きしめた。

「可哀そうな琴音。お前に罪はない。お前が悪いんじゃない。それは僕もわかってる」

 琴音は耳元の声に聞き入っていた。お兄様がこんなに優しく自分に話しかけてくれたことがあっただろうか。いつも冷たい瞳で私を見据えて、そして忌々しそうに視線をそらすお兄様。

「でも、お前の力は呪われた力だ。解き放ってはいけない力だ。龍はその力ゆえに封じ込められた。だから、お前の力も封じ込められなければならない。わかるだろ、お前も真山一族の一人なのだから」

 笙は刀をその場に置くと、琴音の肩を抱いたまま立ちあがった。

「さあ、戻ろう。お前の居るべき場所はここじゃない」

 本殿の奥へと琴音を誘う。琴音は笙に言われるままに歩き始めた。

 本殿の奥、木彫りの龍の像のその奥へ。

 そこには重い木の扉があった。その扉を笙は押し開ける。その向こうには古ぼけた木造の階段があった。

 長い長い階段だ。ずっと上に向かって伸びている。

 そこはかつて遠い昔、龍が封じ込められた窟。悠久の時間の中で龍の想いを抱き続けた空間。

 笙は琴音の肩を抱いたまま、その階段を上がり始めた。ゆっくりと、一段ずつ。

「笙さん、そこまでですよ」

 突然背後から声が飛び、笙の背中に熱い衝撃が走った。焼けつく痛みによろめきながら振り向くと、何段か下に根岸が立っていた。手には先ほどの刀が握られている。

「案外難しいものですね。刀の扱いというのは」

 根岸がにやにやしながら手にした刀を見た。笙の背中には長い傷がついている。白いシャツがみるみるうちに紅く染まっていく。

 ふらついた笙はそのまましゃがみこんでしまった。その胸元に刀が突きつけられる。

「信者達の目の前で、あなたが女神に焼き殺されるというのが最高のシナリオだったんだけど、なかなか思った通りには運びませんね。ねえ、笙さん。あなたこそわかっていない。封じ込められるべきは真山家だ。今の時代が求めているのは龍の力、どうしてあなた達はそれがわからないんだろうねぇ。若いのに頭が固いのは感心しませんよ」

 根岸は笑みを浮かべた。

「今度は失敗しない。このまままっすぐ刺せばいいだけだからね」

 琴音は目の前で広がっていく笙の血潮を見ていた。血……お兄様の血? どうしてこんなに血が出てるの? 

 根岸が刀を突き出す瞬間、笙は必死の形相で根岸を蹴った。向こう脛を直撃された根岸は足を踏み外し、階段を落ちかけた。とっさに刀を階段に刺し、なんとか落下を間逃れる。

 根岸は血走った目を笙に向けた。獣のように唸りながら、刀を抜き、上段から振りおろす。笙はなんとか横に身体をかわした。切っ先は急所を外したものの、笙の腕をざっくりと切り裂いた。

 笙の悲鳴が琴音の意識に突き刺さる。

 琴音は我に返った。血まみれになり階段をはい上がろうとする笙と、悪鬼の形相で刀を振り回す根岸の姿が目に入った。

「やめてぇぇぇ!」

 琴音が叫んだ。


 き………んっっっっ。


 何かが壊れるような鋭い音が響き、根岸の服が炎に包まれた。

 耳をふさぎたくなるような絶叫が響き渡り、根岸が階段を転がり落ちる。

「琴音……」

 朱に染まった笙が喘ぎながら琴音を見上げた。

 その瞳は安堵でも感謝でもなく、恐怖で染まっていた。

「……どうして? どうして、そんな目で私を見るの……」

 琴音はがたがたと震えながら笙の視線から逃れるために後ずさった。階段に足をとられて、そのまま壇の上にへたり込む。

 階段の下には火に包まれてのたうちまわっている根岸が見えた。

 駆けつけた警察官と黒装束の男達が慌てふためいて根岸を包み込んでいる炎を消そうとしている。

 ふいに黒装束の男が手を止めて階段の上の琴音を仰ぎ見た。

「龍だ……。龍の力だ……」

 その瞳には先ほどまでの畏怖と興奮はなく、禍々しい物を見た時の恐怖だけがあった。それはずっと琴音が怯え、避けてきた瞳そのものだった。

 炎に包まれうごめく根岸の姿に重なるように、別の映像が琴音の脳裏に映し出されていた。

 

 自分を呑みこもうとする炎。

 

 自分を抱き上げる太い腕。

 

 扉を押さえながら狂ったように高笑いを続ける男。

 

 幼い自分の泣き声の向こうに微かに聞こえる父親の悲鳴。

 

 熱い! この扉を開けてくれ! 熱い! 死んでしまう!


「あ……あああああ」

 何が起こったのか。

 私は何をしたのか。

 琴音は震える両手で自分の髪を握りしめた。かんざしが落ちて、髪が流れ落ちる。

 あれはお父様。私が燃やしてしまった。

 違う。私は知らない。私じゃない。

 私は何をしたの。何を。

 琴音の思考が停止し、何かがはじけ飛んでしまった。

 

 おおおおおおお……。


 琴音の中から何かがほとばしった。心の奥深くにしまい込み、封印していた全ての物が一気に噴き上がってくる。

 龍の封印が破れた。


<続く>


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