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「タケル!」
「トーマ!」
二人はがしっと抱き合った。
「良かったぁ! やっぱり僕の声、聞こえてたんだね!」
「当たり前だろぉ! あんなすげ~勢いで『殺される』なんて叫ばれてみろよ。俺の頭、かち割れるかと思ったよ」
「でもどうしてここに?」
「これには、まあ、色々と深い訳があって。今説明してる間はないよ」
タケルはぽりぽりと頭を掻く。頭にはクモの巣やら枯れ葉がひっついていて、体中砂ぼこりにまみれている。
耳元のイヤホンから竜介の怒鳴り声が飛び込んでくる。
「お前! 中に入るなと言っただろうが!」
タケルは顔をしかめながらイヤホンを押さえた。
「わかってるよ。すぐ出るって! トーマと琴音を見つけた。一番奥の部屋だった。二人とも無事」
「当たり前だ。儀式が済むまでは傷つけないのはわかってる! それより、そんなところで長居をするな! まだ仕事は残ってるだろうが!」
「へいへい」
タケルは肩をすくめると窓の外を窺がった。誰もいないのを確かめるとまたひょいと外に出る。中を覗きながら右手の親指を立てて見せた。
「もうちょっと待ってろ。助けてやる。絶対に! また後でな!」
そしてすばやく縁の下へと潜り込んでいった。まるで忍者だった。二人はあっけにとられてしまった。
ノックがされたのはタケルが部屋を出てすぐだった。
一瞬二人は顔を見合わせる。
「……どうぞ」
琴音が固い声で答えると扉が少し開いた。
「あの、琴音さま。飲み物をお持ちしました」
扉の隙間から恐る恐る一人の中年女が顔を覗かせた。先ほど台所に居たうちの一人である。琴音と目が合うと、慌てて目を伏せる。
女は盆の上にジュースの入ったガラスのコップを二つ乗せていた。部屋の中に入ると、学習机の上にそっと置く。
「ねえ、お兄様は?」
「ごめんなさい。何も答えるなと根岸さんから」
女は上ずった声でそれだけ答えると逃げるように部屋から立ち去った。
「……皆、あんな感じ。私の事、疫病神だって思ってる」
琴音は自分を嘲るように小さく笑った。トーマの視線を感じて慌てて両手を振る。
「大丈夫よ、平気。だって慣れっこだもの」
そんな事に慣れっこになってしまうなんて……。トーマは腹立たしく思った。
交わす言葉がふいに途絶え、沈黙が訪れる。
「……ジュース、飲もっか」
琴音がグラスを一つ手に取ると、トーマに渡してくれた。そして自分もグラスを持つ。
「オレンジジュースか~。炭酸が良かったなぁ」
重い空気を変えたくて、琴音はわざと明るく言う。
「僕は炭酸苦手なんだよね。あの、ゲップってする時のさ、鼻の痛いのが……」
トーマも少しオーバーに鼻をつまんで見せた。
二人はせかされるようにジュース談義に花を咲かせた。この異様な屋敷の中で、少しでも普通でいるためには、そんな些細な他愛のない話を必死で続けるのが一番のような気がした。
ジュースを飲みながら話していたが、しばらくしてトーマは頭がふわふわと揺れるような感覚を覚えた。
何かおかしい。貧血だろうか。いや……妙に、眠いような気が……する。
琴音がゆっくりとした瞬きを繰り返している。瞼が今にも閉じてしまいそうだ。
「やられた……ジュースだ、きっと」
トーマは必死で目をこすりながら意識を保とうとするが、眠気がどんどん強くなっていく。眠ってはいけない。眠ってしまったら、逃げるチャンスを失ってしまう。
琴音がゆっくりとベッドの上に倒れこむ。
「琴音ちゃん……ダメだよ」
トーマは琴音を揺り起そうとしたが、身体に力が入らない。ベッドの下にしゃがみこみ、ベッドに頭を預けた。
「……もう、ダメ」
トーマの意識はことんと眠りの底へと落ちて行った。
扉がゆっくりと開く。そこには根岸が薄笑いを浮かべながら立っていた。
<続く>