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タ・ケ・ル  作者: 高遠響
21/32

     <2>

 大広間の騒ぎは奥の琴音の部屋にも微かに聞こえてきた。

「なんか、ずいぶん騒がしい……ね?」

 トーマと琴音は顔を見合わせる。二人は耳をすませた。庭の方から人の叫ぶ声が聞こえてくる。その声を聞いて、琴音の顔色が変わった。

「まさか」

 慌てて庭に面した窓を開けて身を乗り出す。トーマも琴音の横から外を窺がう。

「お兄様?!」

 庭の土蔵に無理やり押し込められようとする笙の姿が見えた。

「お兄様!」

 琴音が叫ぶ。一瞬、笙がこちらを見た。視線が絡みつく。笙の視線は怒りに燃えている。

「なんてことを!」

 琴音が踵を返して、扉に飛びついた。ノブを掴んで力任せに引っ張るが開くはずもない。

「こんな扉!」

 琴音が両手を扉に押し当てながら、手に意識を集中させているのがわかった。耳鳴りにも似た、キーンと空気が震えるような金属音がトーマの耳の奥に響きだす。

 琴音は扉を燃やそうとしている! 

 トーマは直感した。昨日から何度か感じているこの金属的な感覚がきっと琴音の能力の予兆に違いない。

トーマは慌てて琴音の腕を引っ張った。

「駄目だよ、燃やしちゃ駄目だ!」

「離して!」

「落ち着いて!」

 トーマは必死で琴音を抱きしめるようにして引き留めた。

「今、琴音ちゃんがあそこに飛び出して行っても、騒ぎが大きくなるだけだよ! あんなに人がいるんだから、僕達が行ったところでお兄さんを救えない!」

「じゃあどうしたらいいの!」

 琴音はきっとトーマを睨みつけた。強い瞳にどきっとする。こんな瞳を、遠い昔に見た事があるような気がした。

「とにかく落ち着いて」

 トーマはきっぱりとした声で琴音に言った。自分でもびっくりするくらい、腹の底から声が出た。自分が琴音に引きずられてキーキー騒ぎたてたら、琴音はますます興奮するに違いない。相手を鎮めるにはまず自分が落ち着かなきゃ……。トーマは自分に言い聞かせた。

「今は人が多すぎる。仮にこの扉を燃やしたとしても、すぐに見つかってしまうし、僕達が煙に巻かれてしまうよ。もう少し待とう。なんだかバタバタしてるから、きっとそのうちチャンスが来る。大丈夫だよ。お兄さんを閉じ込めたって事は、今すぐどうこうしようって事じゃないんだから。時間はきっとあるよ」

 ゆっくりと一言ずつ言い含めるように、トーマは琴音に話しかけた。次第に琴音の表情から険しさが薄れていく。

 琴音は、力なくベッドの上に腰を下ろした。それを見て、トーマも学習机の前の回転椅子に腰をかけて、腕を組んだ。

「根岸さんがお兄さんを呼び出したのは間違いないよね。さっき言ってたもの」

 ゆらゆらとゆっくり左右に椅子を回転させる。

 とにかく手元にあるカードを整理しなくちゃ。いや、もっと情報がいる。まずは敵をよく知る事から始めなきゃ。

 ふいに部屋の隅にあるパソコンが目に入った。

「ねえ、琴音ちゃん。これって、使えるのかな」

「多分……」

「ちょっと見せてもらってもいいかな」

 琴音は頷いた。

 トーマはパソコンの傍に近づくと、しゃがみこみ、配線を確かめる。綿ぼこりが積もっているが、どうやらケーブルはつながっているようだ。

「この家の中に他にもパソコンってある?」

「……うん多分。社務所に事務用のがあるはずだけど」

「じゃあ、生きてるかな」

「詳しいんだ……」

「細かいことはわからないけど、うちのパソコンをインストールした時、電気屋さんの傍でずっと見てたんだ。ああいうのって、なんとなく雰囲気で頭に入る」

「……トーマくん、すごい……」

 トーマの記憶力は虫や動物の知識だけに発揮される訳ではないらしい。

「丸暗記とか、見た物を短時間で覚えるとかって、得意なんだよね、実は」

 トーマはごそごそと配線をチェックしながらくぐもった声で答える。

「さて、どうかな」

 トーマは立ちあがってモニターの電源を入れ、今度はハードディスクの電源を入れた。ピッという音がして埃をかぶったモニターにぼやけた光が灯る。

「あ、来た来た」

 トーマは嬉しそうにそう言うと、回転椅子をパソコンの前に引っ張って来た。

「……立ちあがった。でも、遅いな~」

 ぶつぶつ言いながらキーボードを叩く。家のパソコンは母親も使うが、トーマの方がその扱いは詳しい。やっぱり男はこういうの強いわ……とよく母親が感心するのだ。母に頼られていると思うと、嬉しくなるものである。

「わあ、これ98だ……。学校のより古いや。そりゃあ重いはずだよ」

 トーマの独り言に琴音は目が点である。

 トーマはお構いなしにインターネットで検索をかけた。

 キーワードは?

 火龍、龍の子供、火龍教……。

 パソコンの画面には色々な文字が浮かんでは消える。トーマの眼鏡にパソコンの光が反射して、トーマをひどく大人っぽく見せていた。

 琴音はあっけにとられてその様子を眺めるしかない。

 しばらくして、トーマは手を止めた。

「……あった。これだ、きっと」

 パソコンの画面にはあるホームページが映っている。黒い背景に燃えさかる炎が蛇のようにうねりながらうごめいている。墨字を模した書体の赤い文字が躍っていた。

「火龍教……」

「こんなの、知らない」

 琴音は息を呑む。見たこともないようなホームページだったが、そこに映っている龍の紋様は琴音の根付けと同じだった。

 見てはいけない。でも、怖いもの見たさで、つい見たくなる。そんな危険な空気が画面からにじみ出てくるようだ。 

 カーソルを入り口に合わせてクリックするとメインメニューの画面に出た。教義、掲示板、告知、問い合わせなどの項目が並んでいる。それを一つずつ開けてチェックしていく。

 トーマの右手がめまぐるしく動き、眼鏡の下の視線がせわしく左右に走る。

「告知……降龍祭……日付は……今日?」

 トーマは呟きながら左手の爪を噛み始めた。

 火龍の印を持つ琴音。 

 この神社の正式な後継者である笙。

 琴音に近づき取り込もうとする根岸。

 火龍教……火王神社……龍の印……降龍祭……。

「……カルト宗教って知ってる?」

 しばらくして、トーマはポツリと呟いた。

「カルト?」

「そう。新しく出来た宗教で、なんか怪しい事してる宗教。僕達が生まれる前にずいぶんと大騒ぎされた宗教があったの知ってる?」

「……ううん」

「僕も詳しくは知らないけどさ、たくさん酷い事をしたらしい。人を傷つけたり、毒をばらまいたり」

 琴音は顔色を変えた。

「そんな……火龍教は、火王神社はそんなんじゃないよ! 大昔からここにある神社で」

「うん。わかってる。あの木彫りの龍を見た時思った。きっとここの人はこの龍を大切に護ってきたんだろうって。このホームページはここの神社のホームページじゃない。ほら」

 トーマは問い合わせ先の電話番号を指さす。

「市外局番が東京だもの。東京にここの事務局なんてある?」

「……聞いたことない」

 トーマは再びゆっくりと回転椅子を回し始めた。

「火龍教は二つある……ってことだよね。一つはここ。もう一つはこのホームページの事務局。ここの中心はお兄さん。そして東京のこの事務局の中心は、恐らく根岸さん。……どう考えても穏やかに話し合いをしようって空気じゃない」

「……うん」

「今日、ここで集会がある。だから大勢人が集まってる。でもお兄さんがその中心になる事はない。お兄さんが帰ってくるなり閉じ込められたって事は、ここの人達は根岸さんの仲間ってことだよね」

 そうだ。カードは揃った。そのカードが意味するもの。それを考えなきゃ……。

 トーマはふいに天井を見上げた。

「クーデター……」

「……クーデター?」

「そう。お兄さんが王様で、根岸さんは反乱軍。そして君は反乱軍のシンボルってことかな」

「シンボル?」

「そう、火龍教の教祖、女神。言ってみれば、火を吐く龍、そのもの」

「そんな、私は違う!」

「ごめん。琴音ちゃんはそんなんじゃないって事、わかってる。でも、根岸さんにしてみたら…、琴音ちゃんの気持ちなんて関係ないんだ。琴音ちゃんがそこに居てさえいればいい。お兄さんから琴音ちゃんへ、火龍教のシンボルが交代する。琴音ちゃんという存在が必要なんだ」

「そんな……」

「そして、その集会が、降龍祭。ホームページに書いてあるでしょ? 今日の夜、ここで行われる……んだと思う」

「訳わかんない!」

「俺も訳わかんない!」

 琴音の泣き声に重なるように別の声が聞こえてきた。えっ? と二人が顔を見合わせると、開けっ放しの窓からタケルがひょいと顔を覗かせた。

「タケル!」

「やっと見つけたぜ~!」

 嬉しそうににぃっと笑い、ひょいっと窓をよじ登り、中に入って来た。


<続く>

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