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タ・ケ・ル  作者: 高遠響
20/32

火龍教  <1>

囚われの身となったトーマと琴音を救うためにタケルは火王神社内へと潜入した……。

 鳥居の下に一台のタクシーが到着したのは昼前の事だった。中から出てきたのは一人のスーツ姿の青年だ。色白でほっそりした顔立ちはどことなく琴音と似ている。切れ長の目もとは静かだがどことなく人を拒絶するような鋭さをたたえていた。

 ゆっくりと参道を進み、長い石段を登っていく。

 息を切らす事もなく石段を登り切ると、本殿に向かって一礼した。

「ただいま帰りました」

 そしておもむろに社務所の方へと歩みを進める。

 この青年が琴音の兄、しょうである。

 笙は玄関の扉をゆっくりと開けた。中に入ろうとして、動きが止まる。

 母が亡くなり、自分が修行のために家を空けている間、ここにいるのは根岸と古くから住みこんでいるまかないの家政婦の二人だけのはずだ。家の中は時が止まったように静まり返り、空気の流れさえ滞る、そんな状態のはずなのに……だ。

 空気が暖かい。台所から煮炊きする匂いが流れてくる。足元を見ると、靴がずらりと並んでいた。かなりの人数だ。ざっと見ただけでも二十人は下らない。

「おかえりなさい、笙さん」

 奥から根岸が出てきた。

「ずいぶんとたくさん人が集まってますけど」

 笙は目をわずかに細めた。根岸に対する不信感がにじみ出ている。

「今日は相続の事務処理って話じゃなかったんですか?」

「そうですよ。相続の話です」

 根岸の頬に薄い笑いが浮かぶ。

「まあ、上がって下さい」

 根岸が促した。笙は眉をひそめる。気に入らない。自分の家に帰って来て、何故他人に上がって下さいなどと言われなければならないのかと、笙は心の中で呟く。

 廊下を歩き、大広間の襖を開けた。思わず立ちつくす。

「……なんです、一体」

 大広間には大勢の人がいた。長机が並べられ、そこでそれぞれが昼食を取ったり喋ったりしている。異様なのは全員が黒装束に身を包んでいる事だった。酒が入っているのか、声高にしゃべる男達が多い。

 笙の存在に気付いた一人が大声で笙の名を呼んだ。

 それを合図のようにその場の全員が一斉に笙の方を見た。

 いきなり水を打ったように静まり返る。

 笙は言葉を失った。

 目の前に並んでいる顔がじっと笙を見ている。古くからの氏子もいたが、ほとんどが見た事のない顔ぶれだ。それも若い。神社に出入りする古い氏子であればおおかたが高齢のはずだが、ここに集まっているのは若い者が多かった。その視線は一様に冷ややかで、中には明らかな敵意を浮かべているものもあった。

 笙は寒気を覚えた。

「彼が真山笙。琴音さまの兄上だ」

 根岸が冷ややかな笑いを浮かべながら笙を紹介する。

「……どういう事です。なんですか、この人達は!」

 笙はきっと根岸を睨みつけると、語気荒く迫った。

 ざざざっと畳のすれる音が響き、笙の近くにいた数人の男達が一斉に飛びかかった。

「なにをする!」

 必死であらがったが、相手が多すぎる。あっという間に腕をねじあげられ、畳の上にねじ伏せられた。頬が歪むほど強い力で頭を畳に押さえつけられ、笙は呻いた。

「根岸……」

 笙は歯を食いしばりながら唸る。その様子を見て、根岸は声を上げて笑いだした。

「手荒な真似はしたくなかったんですけどね。でも、どう考えてもあなたがうんとは言わないだろうと思って」

 根岸は笑うのをやめると、笙の目の前にしゃがみこんだ。

「火龍教は変わるんです。こんな山奥の、古ぼけた、朽ち果てた民間信仰ではなく、もっともっと現代の人間が切望する、強い魔力を持った宗教にね」

 そして笙の細い顎をぐいっと掴んだ。

「火龍教に必要なのは、伝統とか、宮司とか、そんなカビの生えた古い文化じゃない。人の心をひきつける、強力な力だ。そう、怒りの炎、復讐の炎、全てを焼き尽くす炎。その炎を操る、龍の力そのもの」

「琴音……か?」

 呻くように笙が呟く。瞳に激しい怒りが燃えている。

「もしあなたに火龍の力があれば、今頃あなたが新生火龍教の教祖となっているでしょうに。残念ですよ。今後あなたは火龍教から手を引く。神職につくのはあなたの勝手だが、よその神様に仕えるんですな。ここには必要ない人だ」

「勝手な事を! ここは僕の家だ。真山家のものだ」

「あなたは大きな勘違いをしているようですね」

 根岸は再び声を上げて笑った。

「先代も、鈴子さんも、そういう事にはトンと疎かったからねぇ。ここはね、既に真山家のものではないのですよ。火龍教の所有物なんです。言ってみれば、真山家は居候いそうろう。だから、あなたはなんの権利も主張することは出来ない」

「根岸!」

 笙の身体が怒りで震えている。

「いやあ、準備にずいぶん長い事かかりました」

 根岸は満足そうに笑いながら、笙を見下ろす。

「十年かかりましたよ。十年」

 根岸は感慨深そうな表情を浮かべた。

「今日はその仕上げの日です。記念すべき大イベントがあるんですよ。新生火龍教としての記念すべき最初の儀式がね。あなたにはそれに同席してもらって、世代交代をしかとその目で確かめてもらいましょうか。それまではゆっくりくつろいでいてくださいよ。久しぶりの実家ですからねぇ」

 そしてくいっと顎でしゃくる。連れて行けという事だろう。笙は無理やり立ちあがらされる。抗って暴れると、誰かが笙の腹に膝を叩きこんだ。笙は呻きながら身体を折り曲げる。そして、引きずられるようにして部屋から運び出された。

 笙の根岸を罵る声が遠ざかっていく。それを聞きながら根岸は満足そうに広間の面々に向かって叫んだ。

「さあ、忙しくなるぞ。儀式の準備を進めましょうか!」

 おおっという賛同の声が湧きあがる。そして広場の喧騒はますます大きくなっていった。


<続く>



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