表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
タ・ケ・ル  作者: 高遠響
19/32

     <2>

 その頃タケルはというと……。

 全力疾走で長い階段を駆け上がり、息を切らしながら本殿の前へとたどり着いた。

「うわ……、すっげぇ」

 うっそうと生い茂る緑に埋もれるように静かにたたずむ火王神社は、今まで訪れた事のある神社や寺の中で一番古くて厳かな感じがした。

 本殿の方からは静かながらも力強いパワーがにじみ出てくるのを感じる。

「……あれか?」

 むき出しの岩肌にぽっかり空いた洞窟を見上げる。あれが龍を閉じ込めた窟というヤツだろう。

「なんか、まじでヤバそう……」

 思わずぷるっと身震いする。

 本殿の中に目を移すと、大きな黒い木彫りの龍が見えた。しんと静まり返った闇の中で、じっとタケルを窺がっているようだ。思わずごくりと唾を呑む。

 タケルは本殿の前に立つとぱんぱんと柏手を打った。

 すみません。友達を探しに来ただけです。罰を当てたりしないでください。

 一応、心の中でお願いをしておく。ここには間違いなく何かがいる。それが何かはわからないが。

 気を取り直して、辺りを見回した。大きな古い土蔵、狛犬、手水屋、社務所、どこも静かにたたずんでいるように見える。

 目を閉じて、大きな深呼吸をし、頭の中のアンテナを外に向かって伸ばしていく。ラジオのチューニングを合わせるように、静まりかえった空気の中に人の気配が強くなったり弱くなったりしながらタケルの頭の中に響いてくる。

 かなりの数の人の気配だ。どうやら社務所の方らしい。タケルはさらに意識を集中した。その中にトーマの意識がないかどうかを必死で探す。

「んんんんんん……はあぁ」

 しばらくしてタケルはへなへなとしゃがみこんだ。

「わからん!」

 集中しすぎて頭ががんがんする。自分の力を意識してこんな使い方をするなんて初めての事だ。五分が限界だった。

「ちくしょう、俺の力も案外役に立たねーな」

 タケルは両手でこめかみを押さえながら立ちあがった。

 社務所と本殿の間へと目をやると、生垣が目に入った。竹を編んだ柵とそれほど背の高くない木々が社務所の敷地と境内を仕切っているようだ。

「結局は、身体を張れってことか」

 タケルはもう一度大きな深呼吸をした。

「……よっしゃ、行くぞ」

 タケルは生垣に向かって走り出そうとした。

 途端に、ぐいっと首根っこをひっつかまれて、ずるずると後ろへと引きずられる。

「わああああ?」

 いきなり身体が宙を浮き、本殿の前まで吹っ飛ぶ。ひどく尻もちをつき、ぎゃあっと悲鳴を上げながら尻を押さえた途端、今度は身体が地面から浮き上がり、弧を描きながら、本殿の中へと勢いよく放り込まれた。板の間の上をごろごろと転がる。

 何が起こったのかさっぱりわからなかった。とにかくしたたかに尻を打って七転八倒である。

「し、尻が割れるぅ……」

「アホか、お前」

 頭上から声が降ってくる。竜介が柱の陰に立っていた。端整な顔に怒りをあらわにしながら、ゆっくりと歩みより、尻の痛みにのたうちまわっているタケルの胸元をぐいっとつかんだ。どすの効いた声で唸る。

「宿に居ろと言っただろうが」

「ちょ、ちょっと待った。尻、尻が痛いんだってば……割れる……」

「尻は元々割れてるだろうが! いや、そうじゃなくて、なんでこんなところをちょろちょろしてる!」

「そんな事言われたって、お願い、ちょっと待って……」

 タケルの懇願に竜介はしぶしぶ手を離した。タケルはあうあうと唸りながら、しばらく床の上で芋虫状態だった。その情けない様子をあきれてみていた竜介から次第に怒りの波長が小さくなるのが伝わってきた。

 竜介はがっくりと肩を落とす。

「どうもお前といると調子が狂う……。悪かったな、加減しなくて」

 タケルはようやく身体を起こすと床の上に胡坐をかいた。

「で、なんでここに来たんだ」

「決まってるじゃん。トーマの居場所を突き止めるんだよ」

「探偵ごっこじゃあるまいし、ガキがおもしろ半分に首つっこんでんじゃねぇ」

 竜介は冷たく言い放つ。タケルは唇を尖らせた。

「おっさんこそ、何してるんだよ。情報収集だって言ってだろ。こんなとこにいたってなんも情報ないじゃん。木彫りの龍と懇談会してんのか?」

「いいか、お前が宿の布団の中でよだれ垂らして眠りこけている間に、俺は村中で情報収集をしてたんだ。だいたいなあ!」

 竜介は身を乗り出してタケルにかみつきそうになったが、はっと我に返ったようだった。なんでこんなガキ相手にムキになってるんだ、俺は……。竜介の困惑がプールサイドの波みたいにタケルに伝わって来た。

 すかしてる割には結構かわいいところがあるのかも知れない。このおっさん。タケルはにまっと笑って見せた。竜介の困惑がますます大きくなる。

「なあ、おっさん」

 タケルは座りなおして正坐になった。

「ガキガキって言うけどな、俺、テレパスなんだぜ? ここからでもあの建物の中にいる人間の気配がある程度わかる。時々トーマとゲームしてるんだ。トーマが俺に意識を飛ばして、それを俺が読むっていう。トーマの意識なら、俺、多分すぐ見分けられる」

 竜介は黙って聞いている。

「俺なら身体が小さいから、その辺の隙間からでも中に入れるし、隠れるところもいっぱいある。中に忍び込んで様子調べられる。役に立つぜ? お買い得だと思うんだけどな」

「……」

「なあ、おっさん。一平って人の代わりに、俺とコンビ組んでくれよ。今だけでいいから」

 竜介はサングラス越しにじっとタケルを見つめていたが、ふいに口を開いた。

「本気か?」

「うん」

 しばらく考え込んでいたが、竜介は小さな溜息をついた。しょうがねぇなぁ……という声が響いてくる。

 竜介はポケットから小さなイヤホンのようなものを取りだした。小さなマイクのようなものがついている。

「これを耳にかけろ」

 タケルはおずおずと受け取ると、右の耳にかけた。イヤホンと違うのはコードがついていないところだ。

「無線みたいなものだ。声も勿論伝えられるが、お前の意識は俺のコレで受けることが出来る」

 竜介は自分のサングラスを指さした。タケルは目を丸くしながらにじり寄り、身を乗り出して竜介のサングラスを覗きこむ。

「すっげ~。これ、サングラスじゃないの?」

「サングラスとしても使ってるが、受信機だ。お前が放つ思考が変換されて俺のところに届くようになっている。言ってみればテレパス仕様の無線機だな」

「すげ~、すげ~! どうなってってんの?」

「説明したところで、お前にわかる訳ないだろうが。時間の無駄。……おい、なんでもいいが、離れてくれ」

 竜介は迷惑そうにタケルを押しのけた。他人に接近されるのは慣れていないようだ。

「うちの開発部門の力作で、普段は一平が使っている。東京に戻るのに置いて行きやがった」

 もしかしたら、こういう事態を予想していたのかもしれない。竜介は苦笑いを浮かべた。あいつは優しそうな顔をしていて、案外人が悪い。だいたいテレパスというのは何を考えているのかよくわからない。この犬ころみたいな少年も含めて、だ。

「すっげ~! アニメみたいじゃん! うっは~、こりゃ~、ヤバいっすよ」

 その犬ころは目を輝かせている。まるで新しいボールを見せられた柴犬だ。

「アニメとか言うな」

 竜介は渋い表情になる。だからガキは嫌なんだ。

「まあ、そう言うなって」

 タケルは嬉々としてイヤホンを耳に押し込んだ。気分はすっかり特撮ヒーローだ。そんなタケルの頭を竜介はガシッと鷲掴みにした。無理やり自分の方に顔を向けさせる。

「そこの生垣の向こうは庭園になっているはずだ。身を隠す場所には事欠かない。いいな、絶対に建物の中には入るなよ。わかってるな。琴音とトーマはともかく、お前は捕まったら殺される可能性もある。その時は責任取らんぞ。……いいか、俺達みたいなダークウォーカーに人権はないと思っておけ」

竜介は厳しい口調でそう言いながら、まっすぐにタケルを見た。

「ダークウォーカー?」

 確か昨日もそんな言葉を聞いた。

「ダークウォーカー、闇を歩く者。俺達サイキックの事だ。公安調査庁の組織内ではそう呼ばれている。俺達はこの力故に闇に生きているようなものだ。……生き延びるために自分の力を使おうと思うなら、お前も覚悟しておくんだな」

 タケルはきょとんとした顔で竜介を見つめた。竜介が薄く苦笑いを浮かべる。

「そのうち嫌という程、思い知らされる時が来る……」

 暗い重い感情の波がざわざわと広がる。が、すぐにその波は消えた。竜介は一瞬にして気持ちを切り替えたようだ。そしてタケルの腕をひっぱり、本殿の裏手へと連れて行く。

「俺はこの辺りにいる。指示はその都度俺が出す。痛い目に会いたくなければ、指示に従え。いいな」

「うん」

 タケルは大きく頷いた。身体の奥に静かな高ぶりが生まれてくる。この緊張感は試合の前の感覚によく似ていた。

 どこかでキックオフのホイッスルがなったような気がした。

「行け」

 竜介の声を合図に、タケルは外へと飛び出していった。


<続く>

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ