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タ・ケ・ル  作者: 高遠響
16/32

     <5>

 その頃、タケルは村の外れにある民宿「龍野屋」にいた。築百年以上という触れ込みのこの民宿は年寄りの夫婦が細々と営んでいるようで商売繁盛には程遠く、広い宿の中はひんやりとしていて静まり返っていた。タケル達以外に客はいないようだ。

「これでも祭りの時には案外客も来るんだけどねぇ」

 部屋へ案内してくれるおばあさんはしわくちゃの顔をさらにくちゃくちゃにして愛想笑いを浮かべた。

「冬の終わり頃に祭りがありましてね。火を使う古い祭りで、観光客がたくさん来るんですよ。村の人間より多くくらい。その時は娘夫婦が帰って来て、宿を手伝ってくれるんですわ」

 よほど普段話し相手がいないのか、おばあさんは一人でひっきりなしに喋りながら廊下を歩く。その後ろをタケルと竜介が黙ってついて歩いていく。

 おばあさんは「竹」と札のかかった部屋の前で足を止めた。

「こちらです。お風呂はもうしばらくしたら沸きますから。じゃ、ごゆっくり」

 竜介は黙って会釈する。タケルは小さく「とぅっす」と礼を言った。

 おばあさんが立ち去ってから二人は顔を見合わせた。サングラスの下の竜介の目が困惑している。なんで俺がこんなガキと二人きりなんだ……という言葉がさっきからタケルの頭にちらちらと響いてくる。

「……ガキガキって言うなよ、おっさん」

 タケルは横目で竜介を見る。竜介はよほど子供が苦手らしい。しゃくに障るのでガキと言われる間は絶対におっさんで通してやろうと決めた。

「入っていいんだろ?」

 タケルは木の戸をがらがらっと開けた。

 中は十畳くらいの和室になっている。部屋の真ん中にはいかにも重たそうなちゃぶ台があり、その上には何枚かのリーフレットや骨董品のポット、湯のみや急須の入った木の箱が置かれてあった。

 部屋の奥はささやかながら縁側風になっていて、障子がはめ込んである。小さなテーブルと低いソファーが二つ置いてあり、風呂上がりにでものんびりとくつろぎながら外を眺められるといったところだ。サッカーの合宿でこういう旅館には何度か泊まった事がある。

 タケルは障子を開けた。障子の向こうはガラスの大きな二枚戸だ。少し歪んだガラス越しに、外の景色がよく見える。

 日はすっかり傾き、金色の光が山の陰影を際立たせていた。静かな木々のざわめきと、川のせせらぎが聞こえる。セミの声はいつの間にかカエルの声に変わっていた。

 タケルはガラス戸を開けて網戸にするとソファーに座った。

 よく考えたら荷物を全部グランドに置いてきてしまった。携帯も財布も、何も手元にない。車の中で携帯を借りて家に電話しようと思ったが、二人とも貸してくれなかった。それどころか一平に、

「すまないがしばらくは連絡出来ないよ。第一、圏外だ」

 と、いなされてしまった。

 試合はすっぽかす、行方不明にはなる、今頃コーチは真っ青だろう。家には連絡が行ったのだろうか。アユは何をしているだろうか。いつもならもうじき一緒に風呂に入る時間だ。父ちゃん、ちゃんと入れてくれるかな……。そんな事が頭の中に浮かんでは消える。

「今頃大騒ぎになってるんだろうなぁ……」

 タケルが呟くと、竜介はちゃぶ台の横に座り込み、長い脚を持て余し気味にしながら胡坐をかいた。

「後先考えずに付いて来るからだ。知らない人には付いていったら駄目だと学校では教わらなかったのか」

「何言ってんだよ、車に乗れって言ったのはそっちじゃないか」

 タケルは口をとがらせた。

「俺じゃない。一平だ。まったく、ああ言えばこう言う……可愛くないガキだ」

 竜介はむっとした表情のままちゃぶ台に肘をつき、頬杖をついた。

「一平が今動いてる。大騒ぎになられちゃこっちも困るんだ。まあ、事が全て終わって、お前が家に帰ったら、親父さんに一発殴られるくらいの騒ぎにはなっているだろうがな」

「親父で一発……という事は、母ちゃんには五十発くらいか」

 タケルはとほほ……と頭を抱えた。

「俺の方が迷惑だ」

 竜介はサングラスを取るとちゃぶ台の上に置く。

「ただでさえガキは苦手だというのに、琴音ならまだしも、こんな生意気なガキ。それもよりにもよって、テレパスのガキときている。始末が悪いにも程がある」

「本人の前でぼろくそに言うな!」

「お前、すぐに『読む』だろうが。口に出すだけマシだと思え」

 竜介の冷たい言葉にタケルは鼻の頭に皺をよせて応酬した。

「俺と一平だけなら宿なんていらないんだ。どうせ張り込みで寝られないんだから。お前がいるから仕方なくここに来た。経費で落ちなかったら、お前の親に請求書回してやるからそう思え」

「なんだよ、それ」

 いい歳をして、大人げないにも程がある。タケルはなにか言いかえしてやろうと思ったが、竜介が自分の携帯を取り出し操作し始めたので仕方なく黙り込んだ。

 居心地の悪い沈黙が続く。いたたまれなくなって、タケルが立ち上がろうとした時、入り口の戸が開いて一平が入って来た。ごめんごめんとにこにこしながら片手を上げた。

「課長に連絡が取れた。君とトーマくんのご家族にも連絡がついたようだ。警察と相談して、なんとかつじつま合わせをするってさ。心配しないで。なんとかなるから」

 中腰で固まっているタケルに指でOKとしてみせた。

「琴音が無理やり連れ去られたからね、誘拐という事実が出来た。これでようやく警察が手を入れられるって課長はご満悦だよ。これでようやく東京の火龍教本部の捜査が進むってさ」

「渡りに船ってやつか。相変わらず性格の悪い女だな……。課長のせいでダークウォーカーなんて仇名をつけられるんだ。うちの課は」

 竜介の口調は皮肉たっぷりだ。

「まあまあ、そう言わないで。あ、僕達の上司は女性でね。いい人なんだよ、根は」

 一平は困ったような笑顔でタケルを見た。

「なんのことだか、さっぱりわからないよ!」

 タケルはむき~っと鼻息を荒くしながら身を乗り出した。

「ダークなんとかってなんだよ、一体! おっさん達、警察官なのか? だったら早く二人を助けてよ。おかしいじゃん、あれ、どうみても誘拐じゃないかあ!」

 ばんっ! と両手で座卓を叩く。

 一平はタケルの肩を押さえて、無理やり座らせた。

「落ち着いて落ち着いて。ちゃんと説明するから。

僕達は警察じゃないんだ。警察にはかなり近い組織なんだけど……公安調査庁って言ってね。色々調べたりはするんだけど、残念ながら逮捕権がない。僕達が調べた事を警察に提供する」

「おいしいところは警察に持っていかれるってこった。 ……おい、いいのか? こんなのにべらべらしゃべって」

「こんなのってなんだよ、こんなのって」

 タケルは身を乗り出して竜介を睨んだ。

「まあまあ」

 そして湯呑を並べるとお茶を入れ始める。

「ここまで絡んでしまった以上、何も教えないっていうのもね。それに、この子はテレパスだよ。隠したところで読まれるし、中途半端に知られて変に誤解されても困る」

 一平の言葉に竜介は肩をすくめた。

「さっき琴音がパイロキネシスで、琴音の力を悪用したがっている連中がいるって話はしたよね」

「……うん」

「その連中は火龍教という宗教団体で、東京に拠点がある。これがまた、ちょっとあぶない集団でね。さっきもちらっと言ったと思うけど、呪いの炎の噂、その噂を流しているのもその団体だ。去年の秋くらいから、都内で若者の焼身自殺が三件続いたんだ。どれも事件か自殺かよくわからないケースで、表向きは自殺なんだけど、死にたくなるような動機がない。身辺調査をすると関係者に火龍教の信者がいる。友人だったり、元カノだったり。でも彼らには完璧なアリバイがある。完璧すぎるくらい完璧な、ね。とにかく、どこかしら不自然な点が多い。証拠がないから警察も手を出しかねていた。そんなこんなしてるうちに、呪いの炎で焼き殺されたんだなんていう噂が流れ始めて……。だいたい若い子っていうのは、そういう都市伝説が好きだからね。みるみるうちに信者が増えてきた。困ったものだよ」

 一平は熱いお茶の入った湯呑をタケルの前に置いた。

「その怪しすぎる宗教団体の代表になっている男が、琴音とトーマくんをさらったんだ。この男、根岸って言うんだけど、この村の住人でね。琴音とも古くから付き合いがあるらしい。根岸の狙いは琴音を教団の女神さまとして担ぎ出すこと。本物の超能力者が絡んでるというので、僕らの出番という訳だ。万が一、超能力で犯罪を起こされちゃ警察もかなわないからね」

「……なんで?」

「だって、証拠が残らないから」

 あ、そうなのか……と、タケルは納得した。そんな事、考えた事もなかった。

「俺達がダークウォーカーなんて呼ばれる所以<ゆえん>だ。本物の超能力なんてのは堂々と人様の前で披露出来るようなものじゃない……」

 竜介が冷ややかに言い放った。その瞳は氷のように冷たい光を帯びている。一平は眉をひそめて首を振った。

「子供の前で言うことじゃないよ、竜介。

 とにかく、琴音が強力なパイロキネシスである事がわかったから、あえてサイキックである僕が彼女を預かっていた。まさか、一人で家を抜け出したりするなんて思いもよらなかったよ。だって、彼女は本当に内気で、大人しい女の子だから。物わかりも良いし、自分の立場はよく理解していたし……」

 そんな事を言われても……とタケルは鼻の頭をかく。そんな事情があるなんて、思いもよらなかった。

「別に君達を責めてるんじゃないよ。僕達に油断があったんだ。よくよく考えれば、彼女はまだ十二歳、小学生だもの」

 優しい笑顔でタケルを見る。

「君達と出会えたのが、よほど嬉しかったんだろうな」

「……」

 タケルは湯呑を握る。

「あちぃ」

 一瞬手を離したが、またそおっと握りなおした。

「で、俺、どうしたらいい?」

 恐る恐る一平に聞いてみる。一平はゆっくりとお茶を呑む。

「僕はこれから東京へ戻らなきゃならない。本部の調査が残ってる。竜介は予定通り、こちらで情報収集を」

 一平ののんびりした言葉に竜介が顔をしかめる。

「こいつはどうするんだ」

 一平はまじまじとタケルを見る。タケルもじいっと一平を見返した。ふいに拍子抜けするような笑みを浮かべた。

「君はここで待機していてください。一人でつまらないかもしれないけど、しばらくの間です。そう長くは待たせないつもりだから」

「俺にも何か手伝わせてよ」

 タケルはまっすぐに一平を見た。トーマを助けなければならないのだ。こんなところでのんびりしてられない。

 横から竜介が口を挟む。

「ガキの遊びじゃないんだ」

「わかってるよ! でもトーマを助けたいんだ」

 吠えるタケルを一平がまあまあとなだめた。

「大丈夫。あの二人を傷つけるような事は、しばらくはないと思う。琴音は連中にとっては大事な存在だし、トーマくんに何かあったら琴音が暴走して取り返しのつかない事になるって連中もわかっているだろうし」

 そう言うとタケルの肩をポンと叩いた。

「申し訳ないが、今は君に出来る事はない。危険も伴う。君のすべきことはここで待機すること。一人で出歩かない。いいね?」

 穏やかだが有無を言わせぬ強さがある。タケルはしぶしぶ頷いた。

 一平と竜介はしばらくして出て行った。


<続く>

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