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タ・ケ・ル  作者: 高遠響
13/32

     <2>

 やっとの思いで石段を登り切ると、広い境内が広がっていた。疲れ果てて倒れそうになっていたが、目の前の光景にトーマは目を奪われる。

 正面には歴史を感じさせる古い大きな木造の社殿があり、その傍らには宝物殿だろうか漆喰しっくいで塗り込められた壁の大きな土蔵がある。反対側には社務所兼住宅と思しき、古い日本家屋が建てられている。いずれも長い歳月を感じさせるたたずまいだ。

 社殿の後ろは岩盤がむき出しになっている崖がそびえていた。その上の方には黒い洞窟がぽっかりと口を開け、しめ縄がかけられていた。洞窟と社殿は長い木造の階段でつながっている。社殿の奥から洞窟に上がれるようだ。まるでこの洞窟を護るかのように神社が建てられているように見える。

 静かで、身の引き締まるような厳かな空気が張り詰めている。パワースポットなどという言葉をよくテレビで聞くが、まさにここには何かの力があると感じさせた。

「あれは……?」

 社殿の中に何か大きなものが祀られているのが見えた。暗くてよくわからない。トーマは汗でずれてきた眼鏡を押し上げて目をこらす。

 薄暗い社殿の中にあるのは大きな龍だった。黒く変色した、木彫りの巨大な龍がこちらを見ている。口を開け、らんらんと目を光らせた龍。一瞬龍の息遣いが聞こえるような気がした。

「……龍?」

「そう、ここは龍を祀っている」

「え、でも、火王神社って書いてますよね? 龍って水の神様なんじゃないんですか?」

 トーマは根岸を見上げた。根岸はちらっと横目でトーマを見る。

「変わってるな、君は。自分がどういう状況にあるのかわかってるだろうに」

「……はあ、『変わってる』とはよく言われます」

「普通は怯えて泣き叫びそうなもんだがね」

「怖くない訳じゃないです。怖いです。……でも、不思議だなって思って」

 根岸の頬に薄く笑みが浮かんだ。

「君は学者肌のようだね」

「はあ」

「あれは、火を吐く龍だ」

「火を吐く……」

 トーマは暗闇の中で目を光らせている龍を見つめた。むくむくと持ち前の好奇心が湧きあがる。が、

「残念だけど歴史の勉強はここまで。来なさい」

 根岸がぐいっとトーマをひっぱった。

 社務所の裏手にまわると比較的新しい作りの民家の玄関に辿りつく。

 中に入ると広い土間があった。土間をそのまま突っ切ると裏庭に出る。苔の生えた大きな庭石や石灯籠に、緑色に濁った小さな池、綺麗に手入れをしたら立派な日本庭園だろう。が、まめに手入れされている様子はなく、雑草があちこちで生い茂り荒んだ印象がある。

 庭の奥には小さな土蔵がある。トーマと琴音はその土蔵の中に放り込まれた。

「しばらくここで待ってなさい」

 根岸は無情にそう言い放つと扉を閉めて、外から鍵をかけた。

 暗闇と静寂が二人を包み込む。

 物騒な大人がいなくなったという安堵感からトーマはほうっと大きな溜息をついた。

「なんだか妙な事になっちゃったなぁ……」

 小さく呟く。こういう時はとにかく自分が置かれている状況をきちんと把握しなくちゃ……。

 土蔵の中はかなり薄暗いが真っ暗という訳ではなかった。上の方にある幾つかの天窓から外の光が入ってくる。

 棚がいくつも壁際に並んでいる。そこには黒く変色した木の箱や、油紙で包んだ巻物がずらりと並んでいた。この神社の長い歴史を証明するものなのだろう。きっとものすごく貴重な、価値のある物ばかりに違いない。

 床は板張りで、歩き回ると時々ぎしぎしと音がする。

 真夏だというのにとても涼しい。閉じ込められた今が夏で良かった。冬だったら凍えてしまいそうだ。

「子供の頃、悪い事したらしょっちゅうここに閉じ込められた」

 琴音は入口近くにある黒いスイッチを弾いた。天井からぶら下がっている裸電球にぽっと灯りが灯る。

「すごい……なんか、ものすごく古いって感じ」

 トーマの家には裸電球などと言う代物はない。

「時間が止まってるみたいだ」

「止まってるのよ」

 琴音は寂しそうに呟くと床の上にしゃがみこみ、棚にもたれた。トーマもその隣に座る。

 二人は黙りこんだまま天窓を見上げた。光の筋がまっすぐ射し込んでくるのが見える。セミの声が土蔵の漆喰に沁みるようだ。

「ごめんね……。ヘンな事に巻き込んじゃった」

 ぽつりと琴音が言う。

「……うん」

 トーマは頷く。しばらく考えていたが、恐る恐る口を開いた。

「……なんでこんな事になったのか、話してもらえる……よね?」

 琴音は目を閉じると、深い溜息を一つついた。そしてゆっくりと語り始めた。


<続く>

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