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タ・ケ・ル  作者: 高遠響
12/32

龍の伝説 <1>

サッカーの試合を観戦していたトーマと琴音が謎の二人の男に誘拐された! トーマの心の叫びを聞いたタケルは試合をほったらかして、二人の後を追う。二人は車に連れ込まれ、タケルは追う術を無くす。そんなタケルの前に竜介と一平というイケメン・サイキックが現れた。二人に連れられて、タケルはトーマと琴音の後を追う。

 トーマの目が覚めた。鼻の奥が痛いくらいにスースーしている。朝礼で貧血を起こしかけた時のような感覚だった。視界も薄い黄色がかったもやに覆われているようで、はっきりしない。

 何やら振動が伝わってくる。それが何かのエンジンの振動だと気がつくのにだいぶ時間がかかった。

 一体自分はどこにいるのだろう……。何が起きたんだろう……。ぼんやりと考えながら目をこすってみる。

 かすむ視界が徐々に晴れてくるとようやく自分が車の中にいることが理解出来た。車の中? なんで車の中にいるんだろう……。

 ふいに稲妻が走るように先ほどの情景が蘇ってきた。そうだ、自分は見知らぬ二人組の男に襲われて、拉致らちされたんだ。

 トーマは飛び上がった。

 途端に隣に座っていた男に抑えつけられる。

「トーマくん!」

  琴音の声がびっくりするほど近くで響く。はっとそちらを見ると、息がかかりそうな距離に琴音の顔があった。

「わ?!」

「良かった……。ぐったりしてたから、どうなっちゃうのかと思った」

 琴音は湖のような瞳に涙をいっぱい溜めてトーマを見ている。今にも堤防は決壊しそうだ。

「余計な事を喋らない」

 冷たい声が二人を制し、琴音は眉間の辺りに怒りを溜めながらも押し黙った。

 後部座席に二人は座らされていた。二人の両脇には根岸と若い男が座っている。運転席にはまた別の若い男が座っていて、ハンドルを握っていた。

 車は高速道路を走っているようだった。

高い壁の向こう側には濃い緑の木々が見える。随分と山の中を走っている道路のようだ。道路の脇に立っている標識から、トーマと琴音を乗せた車が県境を越えた事がわかった。

「どこに行くんですか」

 トーマは恐る恐る隣に座っている根岸に聞いてみたが、根岸はちらりと視線をよこしただけで答えない。

「……火王村。私の生まれたところ」

 琴音が小さい声で答えてくれた。

「余計な事を喋るなと言ったはずですが」

 琴音の隣の若い男が再び二人を制する。

 琴音は鋭い視線を男に投げつけた。男の顔に一瞬怯えの色が浮かぶ。

「わかってるな、余計な事をするとこの少年がとばっちりを受ける」

 根岸が窓の外を見ながら琴音に釘をさす。琴音は膝の上に置いた両手を固く握りしめながら目を閉じた。

 トーマは少し首を傾けて、前方の景色を見つめた。

 まずは自分が置かれているこの状況をなんとかしっかり理解しなくては……と、トーマは頭をフル回転させる。緊急時であればある程、情報を集めて、冷静に分析しなくてはダメだ。看護師をしている母からいつもそう教わっている。

 この男達が捕まえたかったのは間違いなく琴音だ。そして、この男達が琴音を恐れているということは明らかだった。自分は琴音を大人しくさせるための道具としてここにいる。なんだか情けない気分だ。護るどころか足手まといになっているような気がする。

 しかし何故、大の大人が琴音を恐れるのか。たかが小学六年の女子ではないか。琴音になにがあるというのだろう。そして自分達はどうなるんだろう。もしかしたら殺されてしまったりするのだろうか……。

 トーマは小さく身震いした。じわじわと恐怖が心の中で大きくなっていく。そんな自分の心に必死で言い聞かせる。焦っちゃだめだ。焦っちゃ。希望の光がない訳ではないんだから。

 拉致らちされる時、必死でタケルに呼びかけた事を覚えている。タケルがその声に気付いてくれていたら、もしかしたら警察に連絡してくれているかもしれない。いや、車にひきずり込まれる時、微かにタケルの声を聞いたような気がした。タケルはきっと気付いてくれているはずだ。そして、必ず何か手を打ってくれている。

 大丈夫さ。だって、タケルだもん。あいつならきっと助けてくれる。きっと……。それまで僕はなんとかして自分と琴音ちゃんを守りきらなきゃ……。

 トーマは手のひらににじむ汗をごしごしとズボンで拭いた。


 サービスエリアで休憩することもなく、車はひたすら走り続けた。サービスエリアで琴音に逃げられる事を警戒しているのだろう。とにかく一刻も早く目的地に着きたいようである。

 結局県境を二つ越える事になった。ようやく車が高速を降りたのは三時間以上経ってからだった。

山々の間に田畑があり、道沿いに古ぼけてくすんだ家々がぽつぽつと並んでいる。そんな田舎の風景の中を車はさらに山奥に向かって走っていく。

 まばらだった家もそのうちほとんどなくなり、つづら折りの急こう配の山道が延々と続く。

運転席の男がエアコンを切り、窓を開けた。木々の濃い匂いが冷たい湿った空気と共に車内に流れ込んでくる。重苦しく息苦しかったトーマは少し生き返った思いがした。

 タイヤが砂利を踏む音と、甲高いセミの声が聞こえる。太い杉の幹が並んでいるのでよくわからないが、片側は谷に向かっているようで、かすかに水の音が聞こえた。

 いくつか峰を越えたようだった。

 急に視界が開けた。雲間から射す太陽の光に、薄暗い山道で慣れていた目が痛いくらいだった。一瞬顔をしかめたトーマは窓の外をみて思わずうわっと小さく声を上げた。

 

 山と山の間に川が流れ、川に沿うように緑の田が広がっている。豊かに波打つ稲は小さな緑色の穂を覗かせている。

 幾つかの古い家屋が山の緑に呑み込まれそうになりながら並んでいる。古い立派な瓦屋根に白い漆喰の壁の典型的な日本家屋だ。中には苔<こけ>むした茅葺<かやぶき>の屋根も見える。

日本の田舎の手本のような景色だった。こんな風景はテレビのドキュメンタリーでしか見た事がない。この場所だけ時間が流れていない。そんな印象すら受ける。

 車はゆっくりと集落の中を進んでいく。古い橋を渡り、再び山に向かう道へと進む。その途中に大きな石の鳥居がそびえていた。

 鳥居の手前の空き地でようやく車は停まった。

 根岸に促され、トーマと琴音は車を降りた。

 トーマは鳥居を見上げた。

「ここは……」

「火王村。ここは火王神社」

 琴音が重い口を開く。

「私の……生まれたところ」

「そう、琴音は火王神社の宮司の娘だ」

 根岸はそう言うとトーマの腕を掴んだ。

「さあ、行こうか。これからやらなければならない事は山ほどあるんだから」

 そして顎をくいっとしゃくって二人の男達に合図をした。二人は無言でうなずくと、琴音を挟むようにして歩き出した。

「君にはまだまだ付き合ってもらうよ」

 根岸はトーマの腕を引っ張りながらその後を追った。

 鳥居をくぐると長い石段が続いている。見上げると思わず悲鳴を上げたくなるような長さだ。

 そこを延々と上がっていく。半分くらいのところでトーマは思わずへたり込んだ。が、根岸に無理やりひっぱられ、仕方なく歩き出す。

「町の子はか弱いな」

 根岸がバカにするようにトーマを笑った。トーマは情けない表情で前を歩く琴音を見上げた。三人とも歩みを止める気配すらない。

「……信じられない……」

 トーマははあはあ言いながら歩き続けた。


<続く>

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