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タ・ケ・ル  作者: 高遠響
11/32

     <6>

 ちくしょう、試してやがる。タケルは一瞬むっとしたが、一つ大きな深呼吸をすると目を閉じた。

 意識を集中する。もやもやとした頭の中に囁き声のような言葉が響いてくる。

「……パイロ……キ、ネシ、ス?」

 タケルは聞きとった言葉をそのまま反芻はんすうする。なんの事だかさっぱりわからないが、確かにそう聞こえた。

 ひゅう~っと竜介が口笛を吹き、一平が満足げに頷く。

「そう、パイロキネシス」

 タケルは恐る恐る聞いた。

「パイロキネシス……って、何?」

「発火能力保持者。琴音は火を操る」

「火?」

「そう、琴音は精神の力で物を発火させることが出来る。ただし、彼女がその能力を発揮するのは怒りが頂点に達した時だ。烈火のごとく、という言葉があるが、まさにその通り。でも、そういう精神状態での現象だからね、コントロールがなかなかできない。それに彼女がパイロキネシスとしての力を発揮する時は、別人格になっているようでね」

「別人格?」

 タケルは首をかしげる。

「簡単に言えば二重人格、かな。ジキルとハイドって知ってる?」

「……知らない」

「あ、そ」

 一平はかくんっと首を傾け、竜介がぷっと吹き出した。

「そうだな……。君が知っている琴音ってどんな子?」

「え……大人しい、優しい、のんびりした」

 タケルは琴音の色々な表情を思い出した。祭の夜の怯えたような、不安げな表情。アマガエルを手のひらに乗せて、愛おしそうに見つめていた表情。トーマの話に瞳を輝かせている表情。なんの事はない普通の女の子だ。いや、普通の女の子よりもずっと素直な子だと思う。

「そう、だね。でも彼女の中にはもう一人の琴音がいる。それは言ってみれば、炎のような、激しい怒りの塊のような……」

 怒り狂う琴音の姿など想像できない。しかし、思い当たることがあった。彼女が動揺した時に感じる妙な違和感だ。普通の人には感じたことのない妙な感覚だった。

「そう、それは多分琴音の中のもう一人の琴音の気配だろうね」

 一平は運転しながらタケルの心の中の声に答えていく。

「普段はその子は出てこない。でも、彼女が危険にさらされた時や、激しい怒りを感じた時にふいに表に出てくる……」

 心の中に住んでいるもう一人の琴音。タケルにはまったく理解できなかった。自分の中に別の自分がいる。そんな事があるのだろうか。どんな感じなんだろうか。

 窓の外の景色は見知らぬ街の風景に変わっていく。やがて高速の入り口が見えた。まだまだ走るのだろう。

 琴音とトーマを乗せた車はタケルの場所からは見えないが、どうやら一平も竜介も行き先の見当はついているらしい。

 しばらく続いた沈黙を破ったのはやはり一平だった。

「彼女のそんな能力を良からぬことに利用したいと思う大人がいてね……。呪いの炎って話、知ってる?」

「呪いの炎?」

 タケルは首をかしげた。

「何、それ。怖い話? あのさ、俺、自慢じゃないけど、……その手の話、苦手なんだよね」

 思わず顔をしかめてしまう。トイレの花子さんだとか、音楽室のベートーベンが動くだとか、学校の廊下の鏡に吸い込まれるとか、そういう話は嫌いだ。昼間はいいが、夜になると思いだして怖くなる。夜中にトイレに行く時には絶対に洗面所の鏡は見ないことにしているのだ。

「安心しろ。お前みたいな可愛げのない騒々しいガキのところに幽霊なんぞ出やしない。あちらも相手を選ぶ」

 竜介の言葉にタケルはガルルル……と鼻の頭に皺を寄せた。

「怪談じみた話ではあるけどね。最近東京で流れ出した噂、だよ」

 一平が話を戻す。

「東京で若者の焼身自殺が増えているらしい。でも実は自殺じゃなくて、呪い殺されたんだっていう噂だ」

「呪い殺される?」

 タケルは思わずゴクリと喉を鳴らした。呪いなんて言葉は耳にするだけでもヤバい感じがする。

「その噂の出所と、琴音が関係している。……まあ、今はこのくらいにしておこうかな。あんまり詳しく言っても、君の手に余りそうだから」

 困惑しているタケルの様子を見て、一平はにっこり笑った。そして小さな溜息をつく。

「僕らのようにほんの少し他人と違う能力を持つ者は、過酷な運命と向かいあわなきゃならない時がある。琴音は今まさにその真っ只中にいる……」

 にわかには信じられない話だった。要するに琴音はパイロキネシスという超能力者で、その能力を悪用しようとしている人間に追いかけまわされている。そしてこの二人が琴音の身辺警護をしていて、ついでにこの二人も超能力者だという。

 そんなばかばかしい話は聞いたことがない。まるでマンガかアニメの世界だ。しかしタケルにはそんな話でもどこか納得できるところがあった。なぜなら、タケル自身がテレパスなのだから……。自分がテレパスであるという事実を否定する事は出来ない。自分があり得て、他人はあり得ないなどという事はないのだ。

 不安が押し寄せてくる。それは生まれて初めて感じる不安だった。その気持ちを一平は読んだのだろう。ミラー越しにタケルを見た。

「こんな話、急に聞かされたらびっくりして当然だ。悪かったね。大丈夫。トーマくんと君の家族へは僕らの上司から連絡してもらうから。今はとにかく、琴音とトーマくんを追いかけたい」

「うん」

 タケルは小さく頷いた。一平から伝わってくる波動に疑わしいものは感じない。この二人は信じても大丈夫。タケルの本能はそう言っている。タケルの不安はこの二人に対するものではないのだ。もっとぼんやりした、形のない不安。だが、それが何なのか、自分でもよくわからなかった。タケルはこつんと頭を窓ガラスに当ててそのままもたれた。

「俺達、どこに行くんだろ……」

 タケルは小さく呟いた。


<続く>

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