その水は誰が
勢いで書いてしまいました。
AIさんに協力してもらってます。
合わない方はブラウザバックを推奨します。
本来むかしに作ってた長編の一部でしたが、失ってしまいました。
「なるほど。平民のわたしは “卑しい” と? だから貴族さまには、ただ従っておれば良いと」
わたしは、セブライド・ドミ・アルカンジェル王子の背後に立つ男に向けて、鋭く詰問した。
王子に目を向け、言外にあなたも同意見か、と視線で問う。
わたしの厳しい眼差しに、まだ国政に携わっていない、王立学院の学生である王子は、普段こういった論争にはあまり関わらずにいるのか、動揺して微かに首を横に振り、わたしを見つめた。
わたしは、たった一ヶ月前、この王都にたどり着いた旅の薬師、レインブル。……光魔法もこっそり併用して作った魔法薬を売って、次の旅の路銀を必死で稼いでいるからか、割とあっさり評判が良くなった。『よく効く薬を売る』と。
その腕を買われたのか、昨今、民の間に流行りかけの「流行病対策」に、王子自らが名乗り出た、と。
第二だか第三だか知らないが、王太子殿下向けに、己の有能さをアピールしたいのだろう。
この国には、相続争いはないんだろうか?
「なるほど、貴賤思想は騎士殿だけであると」
王子の背後の男──グレイディーア卿は男爵家出身の護衛騎士らしい。このほど王子の側付き護衛を試験的に任され、意気込みだけで鼻息荒くわたしの宿泊宿に現れた──は、王子の仕草を見て、何やら喚いている。
思慮が浅いなあ。王族付きは無理だろう?
そもそも、王子自身が交渉しているわたしに向かっての、許可なき発言だし侮蔑だ。疫病対策に困っているのはそっちじゃないのか。
わたしは、グレイディーアには先ほどの一言を聞いた直後に音声遮断結界を張ったので、聞き苦しい喚き声は一切届かない。
「貴方は」
グレイディーアに向けた視線は冷え冷えとして、結界の中にいる男もビクリと固まった。こちらからの声は届くのだ。
「毎朝、毎昼、毎夜、何を食べておられますか?」
あまりに前後の会話内容の違いに、王子もグレイディーアも、一瞬ぽかんとして言葉に詰まる。
「王宮の、その、宮廷厨房にて、この男も私も食事は摂るが。私は王族専用の」
グレイディーアの声は届かないので、王子が応じる。
そのついでにグレイディーアの声が聞こえないのを不思議に思い、振り返った王子は、男が喋りまくっている様子なのに声が漏れて来ない様子に仰天した。
「では、お召しになる衣装はどうやって仕立てますか」
未だ厳しい表情で問いかけるわたしに向き直り、王子は素直に答える。
「王族専用の、衣料仕立て工房で誂える」
わたしからの質問の行く先がまだ見えていないのか、王子は首を傾げる。手入れの行き届いたキラキラしい長い髪が、サラリと揺れる。
「その現場にいるのは、たしかに貴族出身のコックや仕立て職人でしょうね」
わたしは再度、グレイディーアを睨む。
「では、食事を作るための原料は? 服を仕立てるための布や絹は? 貴族がこしらえているのですか? 貴族自らが小麦を土に植え、芋を掘り、糸を依り布を作り、スーツやドレスなどに仕立てていると? そこには一切どれも『平民』が関わっておられないと思ってらっしゃる? 貴族はただ指導しているだけで、勝手に “品物” は出来上がってくるものだと?」
わたしの怒りの根底に気づいた様子の王子が顔色を変えた。だが彼は王族なので、迂闊に頭は下げられないのだろう。
「では一度、卑しいと言う “平民なし” の生活を過ごして見れば良いでしょう。体験するのが一番早い」
わたしがパチリと指を鳴らすと、宿の貴族専用応接室内にいた、平民出身らしいメイドや侍従が、慌てていた様子だがフッと消えた。
「わたし自身も “平民” ですのでね。仮にも王子殿下主導の疫病対応など、務まらないでしょう。“卑しい平民” ですからね。高貴なお方には触れる事すらできませんし。流行前の段階ですし、ぜひ、貴方がただけで頑張ってください。ああ、数年後くらいには “卑しい平民” は戻り…… ますかね?」
わたしがそう言うと、王子や背後のグレイディーアも焦ったように立ち上がりかけるが、すでに転移魔法は発動している。
わたしの姿は、室内からアッサリと消えた。
◇
静寂が、落ちた。
先ほどまで人の気配で満ちていた応接室は、嘘のように空っぽだった。
王子はしばらく、その場にじっと座ったままだった。
「……すぐ戻るだろう」
自分に言い聞かせるように、つぶやく。だが、返事はない。
背後で、グレイディーアが舌打ちをした。
「下賤の者どもが、勝手に持ち場を離れるなど──」
その言葉は、最後まで続かなかった。
王子が振り返ったからだ。視線は静かだったが、先ほどまでとは違う温度を帯びている。
「……では、呼べ」
「は?」
「呼べば来るのだろう。貴族に従うのが当然ならば」
グレイディーアは一瞬言葉に詰まり、それでも強引に胸を張る。
「当然です。おい!」
声が空虚に響くが、それだけだ。扉の向こうの廊下にも、どこにもいた『平民の従業員』はもういない。誰も来ないまま、沈黙だけが部屋を満たす。
「……別の者を」
扉へ向かうが、だが開かない。ドアノブの存在は知ってても、『それをひねって回す』動作は知らない。
「……なぜだ」
押しても、引いても、びくともしない。扉や鍵の構造すら、知らない。いつも、開けてもらっていた。閉めてもらってもいた。
「騎士殿」
「は、はい!」
「開けろ」
命じられ、グレイディーアは扉に手をかけ、固まった。
「……鍵が、どこにあるのか」
そもそも、鍵などかけたか? 王子は、何も言わなかった。ただ、静かに視線をグレイディーアに据える。
部屋の中央にある整えられたテーブル。だが、食事はない。座っている王子の前と、薬師がいたところにある、紅茶が入ったカップのみ。ワゴンの上には、替えのポットや水差しもある。あるけれど、使い方が『分からない』。
それすら、『入れてもらって』いた。
「……昼食は」
誰にともなく呟くが、応える者はいない。
王子は、初めて理解した。“用意されている” という言葉の意味を。
誰かが、毎日、何も言わず、当然のように。そこに在るようにしていた。
いつも見ていたのに。何も見えてなかった。
「……水を」
喉が、乾いていた。
「持ってこい」
反射のように命じてから、王子は止まる。グレイディーアも、動かない。
彼自身も動けない。用意される『側』だからだ。貴族としては末端だが、平民のようには働いていないのだ。
「……どこに、ある」
誰も答えられない。当然だ、知らないのだ。
どこに行けば水があるのか。どうすれば火が点くのか。
誰が、何をしていたのか。何一つ、『知らない』。
王子は、ゆっくりと椅子に深く座り直す。その動作だけが、やけに重い。
静寂が、部屋を満たす。そしてぽつりと、呟いた。
「……あれは」
思い出す、あの男の言葉を。
『“卑しい平民” のいない生活を』
喉が、ひどく乾いていた。




