トロールを踏んだ魔導士
「ぎゃあああああ!!」
裏路地におばちゃんの悲鳴が響いた。
「モンスター!!」
「誰かあああ!!」
レオンは頭を抱えた。
「やっぱりこうなるよね!!」
遠くから鎧の音が聞こえてくる。
ガチャガチャガチャ!!
「騎士団です!」
「何があった!?」
数人の騎士が裏路地に駆け込んできた。
そして――
見た。
トロール。
沈黙。
「……トロール?」
騎士の一人が呟く。
だがトロちゃんは襲ってこない。
レオンのすぐ後ろに立ち、じっと周囲を見ている。
「様子がおかしいな……」
「普通なら暴れてるはずだ」
騎士達が警戒しながら剣を抜く。
レオンは慌てて言った。
「違う!待って!敵じゃない!」
騎士達は怪訝な顔をする。
「敵じゃない?」
「トロールだぞ?」
ミリアが小声で言った。
「証明しよっか」
「え?」
ミリアはトロちゃんの方を向いた。
「トロちゃん」
ミリアは手のひらを下に向け、ゆっくり押し下げるようなジェスチャーをする。
「座れ」
言葉と同時に地面を指差した。
トロちゃんは一瞬きょとんとしたが――
ドスン。
巨大な体をその場に座らせた。
地面が軽く揺れる。
騎士団がざわついた。
「今の……」
「言葉と手振りで指示したぞ」
「従ってる……」
その時だった。
トロちゃんがゆっくりと頭を地面につけた。
ズリ……。
服従のポーズだ。
アリスが小声で言う。
「レオン君」
「え?」
「さっきのやつ」
「踏んで」
「ええ!?」
アリスは急いで説明する。
「服従を受け入れる合図だよ!」
「今やらないと混乱する!」
レオンは周囲を見た。
騎士団。
街の住人。
全員見ている。
「最悪なんだけど……」
だがトロちゃんは動かない。
完全に待っている。
「……くそ」
レオンは覚悟を決めた。
ゆっくりとトロちゃんの頭に足を乗せる。
ぐっ。
トロちゃんは安心したように体の力を抜いた。
その様子を見て、周囲が静まり返る。
数秒後――
ざわざわざわ。
「見たか?」
「今踏んだぞ……」
「モンスターを踏みつけた……」
「酷いやつだ……」
「あんなに土下座してるやつを踏みつけるなんて…ヒデェ…」
レオンは慌てて叫ぶ。
「誤解だから!!」
騎士の一人が呟いた。
「……完全に従っているな」
別の騎士も言う。
「トロールがあそこまで大人しいなんて聞いたことがない」
トロちゃんは立ち上がり、レオンの横にピタッと立った。
まるで護衛のようだ。
その姿を見て住人達はさらにざわめく。
「恐ろしい魔導士だ……」
「学院で働く奴はヤベェ奴が多いって聞くぞ」
「アイツもそうなるんじゃ…」
レオンは頭を抱えた。
「違うって言ってるだろ!!」
その後――
街ではこんな噂が広まり始めた。
「聞いたか?」
「トロールを従える魔導士が居るらしい」
「学院の生徒らしい」
「ソイツは泣いて土下座してる奴の頭を笑いながら踏みつけてたって」
「悪魔かよ」
「とんでもない奴だ……」
レオンはまだ知らない。
自分の評判が――
とんでもない方向に広まり始めていることを。




