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夢幻の市場

時空のバザールから戻ったドラキチは、ギルドの仲間たちに自慢げに掘り出し物の『無限に冷えたままの魔法瓶』と『絶対に絡まない魔導イヤホン』を披露していた。

「見てくれよ、この輝き。定価の三割引、さらにポイント五倍を狙い撃ちした戦果だ。これぞ『賢い消費者の聖戦』の証だよ」

マクラが興味津々で尋ねる。

「ドラキチさん、次はどんな場所に行く予定なんですか?」

「んー、さすがに次元酔いしたよ。少し休みたいけど……まあ、タイムセールと限定品がある場所なら、地の果てでも、あるいは概念の裏側でも馳せ参じる所存だね」


その時だった。窓の外から、銀色の鱗を持つ「速達飛竜レター・ドラゴン」が弾丸のような速さで突っ込んできた。ドラキチの鼻先で急停止した飛竜は、一枚の封筒をペッと吐き出すと、クールに去っていった。

封を切った瞬間、芳醇で甘い香りが溢れ出した。それは桃のようでもあり、初恋の記憶のようでもある、ひどく暴力的なまでに「良い匂い」だった。

中から現れたものは、星屑を散りばめたような羊皮紙。そこには、読み手の視線に合わせて踊るような流麗な文字が並んでいた。

「夢幻の市場へようこそ――。

ここでは、訪れる者の心に呼応した商品が並びます。

あなたが本当に欲しているのは、黄金の剣ですか? それとも、失われたあの日々の続きですか?

ただし、ご注意を。すべての契約には、等価なる試練が伴います」


ドラキチはその内容に首を傾げた。

「心に呼応した商品?それって、自分の欲しいものが出てくるってことか?……ってことは、俺が昨日からずっと悩んでいる『性能は最高だがデザインが絶望的にダサい防御指輪』の、オシャレバージョンとかが出てくるってことか?」

マクラが青ざめた顔で、その手紙の端を指差した。

「ドラキチさん、浮かれている場合じゃありません! この『試練』という文字、赤インクじゃなくて、呪術的に圧縮された『不幸の予兆』で書かれていますよ。これ、行ったら最後、魂のローンを組まされるタイプじゃないですか!?」

ドラキチは不敵に笑った。

「どれだけ市場が幻想的だろうと、店主が神様だろうと悪魔だろうと、そこにあるのは『契約』だ。不当な抱き合わせ販売、情報の非対称性を利用したぼったくり、そして『試練』という名の法外な手数料……。すべては消費者契約魔法で、クーリングオフしてやるさ」


●夢幻の市場への入り口

「親愛なるドラキチへ。湖のほとりで靴を三回鳴らせ。さすれば、君の財布の中身よりも重い何かが動き出すだろう」

そんな怪しげな手紙を信じて、ドラキチは森の奥深くへと足を踏み入れていた。目の前に現れたのは、鏡のように静まり返った湖だ。ドラキチが手紙の通りに靴を三回鳴らすと、突然、水面がソーダ水のようにはじけ、金銀の飛沫が舞い上がった。


「うおっ、演出が派手すぎんだろ……」

光が収まると、そこには空間を強引に切り取ったような、不格好な『扉』が浮いていた。扉をくぐった先は、重力すら二日酔いを起こしそうな不思議な場所だった。

見渡す限り、ミルクに溶かした真珠のような白い霧。その中を、八百屋や古本屋、あるいは「使い古された夢の専門店」といった看板を掲げた店々が、浮き島のようにふわふわと漂っている。

「……えーっと、すいませーん? 注文いいですか?」

ドラキチが虚空に向かって声をかけると、霧がぐるぐると渦を巻き、シルクハットを被った人物が現れた。

「ようこそ、夢幻の市場へ。私は管理者、フンニャ。以後、お見知りおきを」

フンニャは、重力に逆らって優雅に一礼した。その仕草は、高級レストランのギャルソンのようでもあった。

「この市場は、君の『喉から手が出るほど欲しいもの』を勝手に出荷するシステムでね。ただし、支払いは金貨じゃない。……君の心の一部だ」

「え、何それ怖い。ぼったくりバー?」

ドラキチが身を引くと、フンニャは目を同時に細めて笑った。

「失敬な。これは『心の試練』だよ。自分自身のドロドロした本音とか、押し入れに隠した恥ずかしい記憶とか、そういうのと正面から向き合ってもらう。その結果、君の心が『私はこれを受け取るにふさわしい!』と叫んだら、商品はお持ち帰りだ」

「試練、ねぇ……」

ドラキチは頭を掻いた。正直、自分自身と向き合うなんて、賞味期限の切れた牛乳を飲むより勇気がいることだ。だが、ここまで来て手ぶらで帰るのも、なんだかシャクである。

「まあ、とりあえずやってみるよ。俺の心なんて、のぞいたってホコリくらいしか出てこないだろうけどさ」

ドラキチは軽く頷き、一歩前へ踏み出した。その瞬間、足元の霧がカラフルな色に染まり始め、市場の奥底から、彼自身の記憶の匂いが立ち上ってきた。

「いい返事だ。では、開店オープンといこうじゃないか」

フンニャがパチンと指を鳴らす。

物語は、ドラキチの想像を絶する「内面への大掃除」へと突入しようとしていた。


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