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時空のバザール 番人

「時空のバザール」――そこは、昨日と明日がシフォンケーキのように重ねられ、消費期限の切れた銀河が叩き売りされている場所。

ドラキチは「未来の自動たまご割り機」を買おうとしていた。だが、彼がその契約書にサインしようとした瞬間、バザールの熱狂が凍りついた。


空間が、まるで古い羊皮紙が破れるような音を立てて裂けたのだ。裂け目の奥から、ゆっくりと「それ」は現れた。

『時空の番人』。

見た目は執事風の男だが、身に纏っているのは布ではない。それは「過ぎ去った放課後の夕暮れ」や「来なかった待ち合わせの時間」を織り交ぜた、切なすぎるほど美しい時間の奔流だった。

彼の瞳は、セピア色の過去を懐かしむように慈しみ、一方で、まだ見ぬ未来を「生意気な新入り」と拒絶する冷徹な絶対零度を宿していた。

「……不届き千万。未来の商品に手を出すとは、時空のインフレを加速させる気か」

番人の声は、空間そのものが愚痴をこぼすように重々しく響いた。彼が指先をパチンと鳴らすと、周囲の時間がジャムのように粘り始めた。ドラキチの視界の中で、リンゴが種に戻り、また花を咲かせるという高速ループ攻撃が襲いかかる。

だが、ドラキチは動じなかった。

「番人さん、お言葉ですが。消費者契約魔法は、いつだって消費者の味方なんですよ」

ドラキチの指先が、ネオンサインのような淡いピンク色に発光する。

「消費者契約魔法:契約条件、上書きOverwrite!」

彼が放ったのは攻撃呪文ではない。時空ポケットに新たな特約を書き加える、極めて慈愛に満ちた「修復機能」の付与だった。それは、暴走する未来の可能性を無理やり引き抜くのではなく、丁寧にアイロンをかけるように現在いまの秩序の中に織り込んでいく魔法。

「この契約は、歪んだ時空を整え、未来の輝きを今の安らぎに変えるためのもの。……どうです、三方良し(売り手・買い手・宇宙)でしょう?」

眩い光が、厳格な番人を優しく包み込んだ。荒れ狂っていた時間の波が、まるで昼下がりの猫のように丸くなり、喉を鳴らし始める。

番人はしばらく沈黙していた。その肩から、何世紀分もの凝り固まった緊張が、ふっと抜ける。

「なるほど……お前の契約は秩序を保つものだったのか。許そう」

番人は笑った。

「よかろう。お前の契約には、時間への敬意リスペクトがあった。……許そう」

その言葉が響いた瞬間、バザールに柔らかな風が吹いた。裂け目の奥で震えていた「忘れられた時間たち」が、安堵したようにキラキラと輝き、再び棚の上で静かに眠りにつく。


●平和な帰還

夕闇が琥珀色の蜂蜜のように街を染め上げる頃、次元の狭間から一人の男が這い出してきた。名はドラキチ。

彼がくぐり抜けてきた『時空のバザール』は、因果律と在庫処分が複雑に絡み合う混沌の市場だ。そこから無事(かつ予算内で)生還した彼のリュックは誇らしげに膨らんでいた。

「ふぅ……。今回も、いい契約ができた」

ドラキチは満足げに独り言を漏らし、リュックを撫でた。中には、奇妙な同居人がひしめき合っている。

まず、触れるたびに指を真っ黒に染める『古代の魔法書』。どれだけ時が流れても、書かれた文字のインクが「永遠に乾かない」という、保存泣かせの一品だ。これを開くたび、著者の執念とインクの湿り気が、歴史の重みを物理的に訴えかけてくる。

次に、あまりにも平凡すぎて逆に神々しい『現在の靴べら』。誰かの生活の脂が染み込み、驚くほど手に馴染むそれは、未来でも過去でもない「今」を履き違えないための、ささやかなお守りだ。

そして一番の戦利品。未来の知識さえ追いつかない、ピカピカと明滅する『超次元ガジェット』。電池という概念すら存在しないこの世界で、それはただただ「そこに在る」ことでオーパーツとしての威厳を放っている。恐らく、太陽光よりも高次元の何かを喰らって動いているのだろう。


ギルドに戻ると、受付嬢のマクラが彼を出迎えた。彼女は、ドラキチの手にした品々を見て、呆れたように笑った。

「ドラキチさん、本当にお得なことしか考えてないですね」

ドラキチは肩をすくめ、リュックを軽く叩いた。その中の魔法書とガジェットが、カチャリと心地よい不協和音を奏でた。

「それが俺の生き方だからね。世界は剣で変えるには広すぎる。だが、適切な価格と正しい契約があれば、手の届く範囲くらいは整えられるのさ」

窓の外では、夕暮れが街を包み始めていた。消費者契約の光は、今日も彼の暮らしを照らしている。彼は知っている。自分が持ち帰ったのは、ただの掘り出し物ではない。それは、不当な搾取を許さず、等価交換の向こう側にある「納得」を勝ち取った証。それは、戦わずして世界を整える者の、静かな誇りであった。


●時空ポケットと、暮らしの余白

朝の光が、窓辺のカップに静かに差し込んでいた。

ドラキチは、湯気の立つドラ茶を一口すすりながら、机の上に置かれた漆黒のポケットを見つめていた。それは、時空のバザールで契約した「時空ポケット」。見た目は何の変哲もないポケットであるが、「どの時代のアイテムでも瞬時に呼び出せる」未来のガジェットである。

彼は指先で時空ポケットの表面を軽く撫でた。すると、空気がわずかに震え、目の前に一冊の本が現れた。それは、滅びた文明の魔法書。過去の知恵が、今この瞬間に届いたのだ。

昼には時空ポケットから最新の魔法ガジェットを取り出し、洗濯物を一瞬で乾かした。夕方には、未来の調理器具でオムライスをふわりと仕上げた。時間の壁は、もはや彼の暮らしにとって障害ではなかった。

だが、便利さの中に、ふとした静けさがあった。過去の品には、誰かの手の跡が残っていた。未来の品には、まだ誰にも触れられていない孤独があった。そして現在の品は、彼の手の中で、過去と未来をつなぐ橋になっていた。

ある夜、ドラキチは時空ポケットから古びた懐中時計を取り出した。それは、未来の商品として登録されていたが、どこか懐かしい音を刻んでいた。彼はそれを机に置き、静かに呟いた。

「時間って、使うものじゃなくて、感じるものだったんだな」

時空ポケットは、彼に便利さを与えただけではなかった。それは、時間との関係を再構築する道具であった。過去を尊び、未来を想い、今を丁寧に生きるための消費者契約。そしてドラキチは、今日もまた、ポケットを開く。何かを手に入れるためではなく、何かを思い出すために。


次回予告

ドラキチの次なる冒険の舞台は「夢幻の市場」。そこでは、訪れる者の心の中を映し出す商品が販売されるという。彼が手にする商品は果たして――!?



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