竜の市場 会員証
「……貴様、本当に戦わないな」
ヘッドは呆れ果てた表情を隠さなかったが、その目には明らかな満足の色が浮かんでいた。力任せの戦いではなく、知恵と工夫で試練を乗り越えたドラキチの姿勢が、かえって竜族の価値観に触れたのかもしれない。
「見事だ、人間よ。その『賢い消費行動』、我ら竜族にも劣らぬもの。この印を授ける」
こうしてドラキチは、見事「竜の印」を手に入れた。ドラキチの目的は達成された。ついに、伝説の財宝が眠るとされる「竜の市場」への入場資格を得た。
「さてと、市場ではどんな『お買い得商品』が見つかるかな」
ドラキチは、満足げに「竜の印」を懐にしまい、新たな買い物に胸を躍らせるのであった。賢い消費者にとって、この世はいつだってバーゲン会場なのだから。
ドラキチが竜の印を掲げると、ヘッドが巨大な扉を開き、ドラキチを市場へと案内した。そこに広がっていたのは、想像を絶する光景だった。市場は、地底深く、古代の火竜が棲む巨大な空洞に築かれていた。足元を彩るのは石畳ではなく、精巧に磨き上げられた金貨と宝石のモザイクである。その輝きは、迷い込んだ者の理性を容易に焼き切るほどに鋭かった。
「すごい……これが竜の市場か!」
市場には、ドラゴンたちが出品した伝説級のアイテムが並んでいた。
まず目を引くものは、眩い雷光を放つ「竜王の剣」。一振りすれば不都合な真実ごと敵を両断し、裁判の判決さえも書き換えるという禁断の兵装である。
その隣には、淡い紫の光を湛えた「無限の魔法の石」が鎮座していた。これは契約書に署名する際、尽きることのない魔力を供給し、どれほど複雑な注釈も読み解く集中力を与えるという。
さらに、深紅の布地が生き物のように蠢く「ドラゴンの翼のマント」。これを纏えば、地上に縛り付ける不動産の呪縛から解き放たれ、いかなる高層塔の日陰からも瞬時に脱出し、自由な空へと飛翔できるという。
「どれも至高の逸品だ。だが……」
ドラキチは口角をわずかに上げた。その微笑には、数多の「だまし売り」を看破してきた修羅の余裕が滲む。
「……これらを手に入れるための『代価』が、金貨だけで済むとは思えんな。契約書の裏面には、光を遮る隣地の建設計画のごとく、極小の文字で恐るべき制約が記されているに違いない」
ドラキチが市場を歩き回っていると、大気の震えと共にヘッドが再び再び姿を現した。
「選ばれし人間よ、貴殿の審美眼には敬服いたす。此度は特別に、我が市場の至宝……『竜の市場会員証』を授与しようではないか。この証があれば、お得な価格で商品を購入できる」
ヘッド鈍い黄金の光を放つ鱗状のプレートを差し出した。ドラキチは消費者契約魔法の詠唱を開始した。
「――現れよ、消費者の盾。契約の真実を白日の下に晒せ。『消費者契約魔法Consumer Contract Magic:適合性確認』!」
刹那、会員証の表面に、隠蔽されていた古代文字が浮かび上がった。
【特権:全商品三割引き】
【特権:付与される魔力点は通常の倍なり】
ドラキチの瞳が鋭く輝く。
「全商品三割引き……。さらに付与ポイントが二倍だと? これはこの市場における絶対的優位、いわば経済的聖域の確立ではないか!」
周囲の商人たちが、その破格の条件にどよめきを隠せない。ヘッドは満足げに頷き、その場を去っていった。
だが、ドラキチの追及はそこで終わらない。ドラキチは知っていた。あまりに甘美な果実には、往々にして「不利益事実の不告知」という毒が潜んでいることを。彼は消費者契約魔法でさらに深い解析を試みる。
「……ふむ。幸いにして、この契約に『解除を妨げる不当な条項』は見当たらぬ。むしろ、この圧倒的な還元率こそが、私の異世界生活を盤石なものとする福音となろう」
ドラキチは会員証を高く掲げ、市場の奥深くに鎮座する「伝説級アイテム」の陳列棚へと足を進めた。かつては手の届かなかった、神殺しの魔剣や、無限に湧き出る美酒の樽。それらが今や、三割引きという神の慈悲を纏って彼を誘っている。
「これさえあれば、もはやこの世界の物価に怯える必要などない。私はこの特権を、正当なる権利として行使しよう。そして、この市場の伝説を買い尽くし、我が拠点を至高の安息の地へと変えるのだ」
こうして、ドラキチは、竜の市場という迷宮において「最強の顧客」という名の覇道を歩み始めた。彼の背中には、適正な契約によって得た富と、それによってもたらされる快適な異世界生活への不敵な決意が満ち溢れていたのである。
次回予告
竜の市場で得た力を手に、ドラキチの次の目的地は「時空のバザール」。そこでは、過去と未来が交差するアイテムが売られているという――!?




