天空のバザール 嵐の迷路
「幻のバザール」における伝説的な立ち回りから、数日が過ぎた。我らがドラキチの元へ、またしても運命の悪戯が如き、香しい招待状が舞い込んだのである。その羊皮紙は、空気に触れるだけで軽やかに浮き上がろうとする、驚くべき「反重力魔法」の極致。そこに記されていたのは、雲海の彼方、翼を持つ者しか辿り着けぬ聖域――「天空のバザール」への誘いであった。
「天空のバザールは、最も高度な技術と魔導の結晶が交差する、虚空の至宝。地上には決して降りぬ秘宝が、貴殿の審美眼を待っております。……ただし、御覚悟を。その門を叩くには、蒼穹の試練を越えねばなりません」
「試練ねぇ。空飛ぶ宝箱を追いかけるようなものか?」
ドラキチは、鼻歌混じりに旅支度を整えた。彼の脳裏には、まだ見ぬレアアイテムたちが黄金の光を放って整列している。ギルドの仲間たちの「また厄介事に首を突っ込むのか」という温かい(あるいは呆れ果てた)眼差しを背に受け、彼は空の旅へと踏み出した。
●試練の始まり
天空への道しるべを求めて訪れたのは、ギルドマスター・テフチンの元である。彼は、この世の物理法則を鼻で笑うような名船、浮遊船『テフサワ』のオーナーでもあった。
「いいか、ドラキチ。天空のバザールは、冷やかしの客を雲の下へ叩き落とすのが趣味でね。島に辿り着くには、三つの『空の試練』を乗り越えねばならん。魂の準備はできているか?」
テフチンは、古びた羅針盤を磨きながら、殊更に重々しい口調で問いかけた。
「準備? そんなものは、お得な掘り出し物を見つけた瞬間に湧き上がってくるもんさ」
ドラキチは肩をすくめ、自慢のバッグをポンと叩いた。その中には、前回の冒険で手に入れた「いざという時に役立つ(かもしれない)便利アイテム」が、ぎっしりと詰め込まれている。
「何が来るか分からないからこそ、全財産と好奇心を持ち歩くのが消費者の……いや、冒険者の矜持だろ?」
テフチンは苦笑し、テフサワ号の舵を握った。
「よかろう。では、空の機嫌を伺いに行くとしよう。墜落しても、恨みっこなしだぞ?」
轟音と共に、テフサワ号の魔導エンジンが目覚める。船体は重力という名の鎖を断ち切り、白銀の雲海へとその舳先を向けた。かくして、ドラキチの空飛ぶ値踏み合戦――もとい、聖なる試練が幕を開けた。
●第一の試練:嵐の迷路
船体は蒼穹を裂き、高度を稼いでゆく。下界の喧騒が豆粒ほどの小ささになると、周囲の空気は研ぎ澄まされた魔力の粒子を含み、キンと冷え始めた。
テフチンが舵を握り直し、厳かな声で告げる。
「来るぞ、ドラキチ。第一の試練……『嵐の迷路』だ。あの中では、己の最も欲するものが幻影となって現れる。正気を保てねば、魂ごと雲の藻屑よ」
突如、視界を覆ったのは禍々しい黒雲ではなく、目も眩むような黄金色の霧であった。霧の中から現れたのは、巨大な浮遊する棚。そこには、伝説の聖剣や賢者の石、果ては「一生遊んで暮らせる優待券」までが、これ見よがしに陳列されている。
「おぉ、あれは……『限定版・全自動販売機(魔力供給不要)』!?」
ドラキチの目が、消費者の本能で怪しく光る。誘惑の幻影が、甘い声で囁きかけてくる。
「さあ、お手を伸ばして。これさえあれば、君の未来は安泰だ……」
テフチンが叫ぶ。
「馬鹿者、近寄るな! それは実体のない魔力の罠だ!」
しかし、ドラキチは迷わずバッグを漁ると、前回のバザールで叩き売られていた「超強力・曇り止め魔法眼鏡(度付き)」を装着した。
「ふん、鑑定眼を舐めるなよ。……ほうら、値札がついていない。値札のない商品なんて、この世に存在してはならない不純物だ!」
ドラキチが眼鏡越しに一喝すると、黄金の幻影は「無価値」と判定されたかのように、霧散して消え去った。
続いて浮遊船は強烈な風と稲妻が飛び交う空域に突入した。普通なら操縦が不可能な状況だが、ドラキチは船内のショップで購入した「嵐を読む羅針盤」に消費者契約魔法を使って特典「風向き予測機能」と「稲妻避雷効果」を追加する。
「これを使えば道が分かるんじゃない?」
羅針盤が示す通りに進むと、船は嵐を無傷で通過。テフチンが感心しながら叫ぶ。
「こいつ、本当に冒険者か?買い物上手の消費者じゃないのか!」
「まあ、どっちでもいいよね。」
難所を抜けたのも束の間、今度は音のない嵐がテフサワ号を襲う。「沈黙の乱気流」――あらゆる音と振動を奪い、乗る者の平衡感覚を狂わせる虚無の領域だ。
「……ッ!?(舵が効かん!)」
テフチンが必死に叫ぶが、声は空気に溶けて消える。船体は上下の概念を失い、独楽のように回転を始めた。視界が白と黒に反転し、ドラキチの胃袋が逆流の危機を告げる。
「(こんな時は……これだ!)」
ドラキチはバッグから、見た目も怪しい「激辛・竜の息吹キャンディ」を取り出し、無理やりテフチンの口にねじ込んだ。
「ごふぉっ!?……熱い! 辛い! 生きている実感がするぞ!」
強烈すぎる感覚刺激が、魔法的な感覚遮断を打ち破った。脳に直接届く「辛味」という名の生命力が、テフチンに正気を取り戻させた。テフチンは涙目で舵を必死に立て直し、強引に無音の嵐を突破した。




