魔法の使い魔サブスク
バザールのさらに薄暗い路地裏、カビた羊皮紙と魔力の残り香が漂う一角で、ドラキチは運命的な(あるいは致命的な)看板に出会った。
『運命の伴侶、実質0ゴールド。初期費用・召喚儀式代、すべて無料』
看板の下には、この世のものとは思えないほど愛くるしい、綿飴に翼が生えたような小獣が籠の中で微睡んでいた。その大きな瞳がドラキチを捉えた瞬間、彼は胸の奥がキュンと鳴るのを感じた。それは「萌え」という名の、最も強力で抵抗しがたい精神汚染魔法だった。
「お兄さん、お目が高い。こいつは『絆』を動力源にする希少種ですよ」
胡散臭いほど白い歯を見せて笑う召喚師が、契約書を差し出す。
「初期費用は本当にゼロ。今なら限定キャンペーンで、契約期間中の『餌代』も実質無料……つまり、お兄さんの財布からゴールドが減ることはありません」
ドラキチは吸い寄せられるように、愛らしい小獣を抱き上げた。温かい。この孤独な冒険路に、温もりがあるだけでどれほど救われるだろうか。だが、彼の指先は無意識に防御術式を編み上げていた。
「……解析展開――『消費者契約魔法Consumer Contract Magic』。この『実質無料』の仕組みを暴け」
視界に表示された青い半透明のウィンドウが、非情な真実をスクロールさせていく。
【契約プラン:永久の絆(240ヶ月縛り)】
初期費用: 0ゴールド。
実質無料の仕組み: 毎月「魔力維持管理費」として10,000ゴールドを請求するが、同額の「バザール限定クーポン(使用期限24時間)」を付与することで、差引ゼロとみなす。
特記事項: クーポンは指定の「高級マナ水(時価)」の購入にのみ使用可能。
解約違約金: 契約期間中の解約には、残りの月数分の「使い魔の精神的苦痛慰謝料」を一括で支払うこと。
「……なるほど。ゴールドは減らないが、毎月強制的に高額な水を買い続けさせられ、その水でしかこいつは生きられないわけか。しかも、解約すれば俺の人生ごと差し押さえられるほどの違約金。まさに『飼い殺し』のサブスクリプションだな」
ドラキチが小獣を見つめると、小獣は何も知らずに彼の指を甘噛みしている。その純粋な温もりが、冷徹な法理学で武装したはずのドラキチの心を揺さぶった。
「……こいつを連れて行けば、俺の懐は一瞬で干上がる。だが、こいつをここに残せば、次はもっと酷い『だまし売り』の犠牲になるかもしれない」
召喚師がニヤニヤと追い打ちをかける。
「どうです? こいつの命、そしてお兄さんの孤独……。月々たった1万ゴールド分のクーポンで、幸せが手に入るんですよ? 安いもんでしょう?」
ドラキチは深くため息をつき、静かに小獣を籠に戻した。
「……悪いな。俺には、こいつを『負債』として愛せるほど、まだ心が荒んじゃいないんだ」
彼は店を去り際、小獣にだけ聞こえるような小声で呟いた。
「いいか、次はもっと法の隙間を突くのが下手な、ただの金持ちに拾われるんだぞ。俺みたいな、真実が見えすぎる男じゃなくてな」
バザールの喧騒に戻ったドラキチの背中は、少しだけ寂しげだった。
「……さて。情に流されそうになった自分への罰だ。次は『返品不可の呪いがかかった伝説の聖剣(格安・訳あり)』でも鑑定して、冷徹な理性を叩き直すとしようか」
●バザールに潜む陰謀
たゆたう銀河の塵が、商魂逞しい妖精たちの嬌声と混ざり合う「幻のバザール」。その極彩色の喧騒の中、ドラキチは、時空の歪みに潜む「見覚えのある猫背」を捕捉した。
「……ふむ。あの、歩く契約違反のような背中は。かつてグランバザールで、禁断の魔石を販売した不届き者ではないか」
彼は幻のバザールでも何か危険な取引をしようとしているようだ。ドラキチは音もなくその後を追った。不審な店主が屋台の隅で受け取ったのは、星々の光すら飲み込む漆黒の質量――巷の魔導士たちが震え上がる禁忌の品『契約破壊の核石Core of Contract Breaker』であった。それひとつで、大陸中の住宅ローン契約から魂の譲渡契約までを無効化し、魔法社会を訴訟の地獄へ叩き落とすと噂される代物である。
「やれやれ。これを見逃せば、明日の朝には世界のバランスが崩壊し、私の貯蓄口座の利息契約まで書き換えられかねん。……非常に、不愉快だ」
ドラキチは優雅に、しかし迅速に「消費者契約魔法」の詠唱を開始した。それは悪徳商法を論理の刃で切り刻む、最も格調高く、最も世俗的な魔術である。
●ドラキチの策
ドラキチはバザールの店主たちを招集し、迅速かつ「お得」な封印儀式を執り行った。
「不滅の封印鎖(二層強化プロモーション)」
店主との巧みな交渉により、「今なら契約特典で強度二倍、さらに防錆加工付き」という破格の条件で調達。核石の物理的抵抗を完全に沈黙させる。
「高次元収納鞄(初月無料キャンペーン版)」
核石を異空間へ放り込むためのブラックホール・バッグ。ドラキチは「紹介コード」を適用し、魔力消費コストを極限まで抑えることに成功した。
「契約維持の烙印(永久保証オプション)」
封印の状態を「クーリングオフ不可」の永久固定とする最終魔法。これにより、核石はただの「少し重い、法律に詳しい文鎮」へと成り果てたのである。
「悪しき契約は、より強固な契約によってのみ上書きされる。……当然の帰結だな」
●バザールの祝福
混沌を未然に防ぎ、市場の健全な商取引を守ったドラキチに対し、バザールの元締めである大妖精は深々と頭を垂れた。彼に授けられたのは、宇宙に数枚しか存在しないとされる『幻のバザール永久招待状(VIP・プラチナ・エディション)』。全品15パーセントポイント還元、さらには時空配送料が常に無料という、経済的合理性の極致であった。
「……ふむ。冒険の目的は世界の救済にあるが、その過程で付与されるポイントこそが、人生の真の輝きと言える」
ドラキチは満足げに招待状を懐に収めると、次なる「掘り出し物(あるいは災厄)」を求め、優雅に足を踏み出した。その背中には、消費者倫理と節約を愛する者だけが纏う、気高い輝きが宿っていた。
次回予告
幻のバザールでの活躍を終えたドラキチの次の目的地は天空のバザール。そこには空飛ぶ島々に広がる異次元の市場が待っている――!




