契約喰らいのゴースト
「ふむ。不利益事実を隠蔽するどころか、存在そのものを不利益に置換しているわけか。悪趣味だが、手続きとしては興味深い」
ドラキチはある作戦を思いついた。
「契約が好きなら、俺の契約魔法でお得な提案をしてみよう」
ドラキチはポケットから「戦利品」を取り出した。それはギルドの報酬でもらった割引券である。
ドラキチは、おどろおどろしい魔力の霧へと歩み寄り、慇懃無礼な態度でゴーストに話しかけた。
「おい、書記官殿。そんな薄汚い『だまし契約』の残りカスを啜って満足しているのか? 向上心のない魔物には、消費者契約魔法の鉄槌が下るのが世の常だぞ」
ゴーストの怨念の声が響く。
「モット……契約……ヲ……」
「ならば、極上の提案がある。」
ドラキチは、あたかも国家間の平和条約でも締結するかのような重々しさで、割引券と砂時計を掲げた。
「これを契約しないか?他の契約を食べるよりもおいしい無限割引券をあげるぞ。美食家を自称するなら、今の小銭稼ぎのような詐欺より、はるかにお得だとは思わないか?」
ゴーストが戸惑うように、その半透明な指先をクーポンに伸ばした。その瞬間、ドラキチが消費者契約魔法を発動した。
「公序良俗に反する利息の制限、および行動制約の付与!」
「さあ、署名は不要だ。これで君も満足だろ?」
ゴーストが割引券に飛びついたその瞬間、塔の魔力が安定を取り戻し、消失現象がピタリと収まった。
「お、俺の剣が戻った!」
「契約書が……まともな文字になったぞ!」
消えていた宝剣、幻となっていた防具、そして何より人々の「信頼」という名の目に見えない資産が、ドラキチの指先一つで市場へと還流してきた。
喝采に沸くグランバザールで、ドラキチは満足げに肩をすくめた。
「やはり、最後に勝つのは誠実な契約だな」
その喧騒の中、人混みを割って現れたのは、黄金の刺繍で埋め尽くされた仰々しい正装に身を包んだ、グランバザールの最高統括管理者、通称「黄金のガバナー」であった。彼は、背後に控える護衛の騎士たちを制し、ドラキチの前で膝をつくほどの勢いで深々と頭を下げた。
「おお……おお! 奇跡の消費者契約魔法使い殿! 貴公がこの市場を、崩壊の淵から救い出してくださったのか!」
ガバナーの震える声が、市場の拡声魔法に乗って全域に響き渡る。
「あのまま『契約の怪異』が放置されていれば、この歴史あるグランバザールは、文字通り『存在しない概念のゴミ捨て場』として閉鎖、いや消滅するところでした。貴公は我ら商人すべての守護聖人、いや、真のカスタマー・サクセスだ!」
ドラキチは、その称賛を受け流した。
「いや、俺はただ、不当な契約が商いの流儀に反すると言っただけだ。それに……」
彼はちらりと、ガバナーが手に持っている、まばゆい光を放つ一枚のカードに目を向けた。
「……助けた後のアフターサービスが充実していると聞いていたからな」
ガバナーは察したように顔を上げ、恭しくそのカードを捧げ持った。それはミスリルとオリハルコンを練り合わせ、さらにドラゴンの瞳の欠片を埋め込んだ、見る者がひれ伏すような輝きを放つ特製カードであった。
「感謝の印として、我がグランバザールの建国以来、三人目の授与となる『グランバザール終身優待券』を差し上げます。これを提示すれば、当モールにおける全商品の価格は、貴公が『納得』するまで改定されるでしょう。そう、たとえ原価を割り込もうとも、魔法の経済法則がそれを補填いたします!」
ドラキチは消費者契約魔法の鑑定眼でカードをチェックした。
「効果:全店舗での支払い時に『お得感』が極大化される。また、伝説級のレアアイテムが優先的にバックヤードから供給される」
「……ふむ。悪くない契約だ。不利益事実の告知漏れもなさそうだな」
ドラキチの口元に、この日一番の愉快な笑みが浮かんだ。
「これでまた、世界中の『お得』を享受できるというわけか」
夕日に染まるグランバザール。かつての混乱はどこへやら、英雄として称えられるドラキチは、早くも優待券を握りしめ、最も高級な「魔力エンジン搭載型・全自動背中掻き棒」の店へと、スキップせんばかりの足取りで消えていった。
ドラキチの背中を見送りながら、ガバナーは戦慄とともに呟いた。
「……我々は、とんでもない男を味方につけたのかもしれない。この街の在庫が尽きるのが先か、彼の欲望が満たされるのが先か……」
こうして、異世界の経済は一人の「だまし売りを許さない男」の手によって、今日も賑やかに回り続けるのであった。
次回予告
ショッピングモールの騒動を解決したドラキチの次の目的地は、異世界で最も神秘的とされる「幻のバザール」。そこには、消費者契約魔法では扱えない禁断の商品が眠っているという噂が……!?




