ゴーレムとオムライス
陽の光が市場の屋根を透かして、色とりどりの布地や果物に柔らかな陰影を落としていた。ドラキチはその中を、肩の力を抜いた歩調で進んでいた。彼の目的は、ただ「便利そうなもの」を探すことだった。冒険に出なくとも、この世界を少し楽に、楽しくしてくれる何か。それが彼のささやかな願いであった。
石畳の路地にひしめく露店からは、燻された革の匂い、焼きたてのパンの香ばしさ、そしてどこか爽やかな魔法の残り香が漂い、絡み合う。ドラキチの足元では、埃と魔法の粒子が小さな渦を巻き、まるでこの市場自体が生き物のように息づいているようであった。
その路地を抜けた先に、ひときわ雑然とした魔法道具店があった。ドラキチの目は、きらびやかな魔法の品々に吸い寄せられていた。宙に浮かぶランタン、触れるだけで傷を癒す絹の布、果ては「恋心を増幅する」と謳う怪しげな香水まで。その店は欲望と好奇心を刺激する宝の山であった。
店主は、年齢不詳の男。片目にモノクルをかけ、口元には意味深な笑みを浮かべている。その笑みは、何かを知っている者のそれだった。
「お客さん、これなんかどうです? 『自動掃除ゴーレム』。見た目はアレですが、働き者ですよ」
男が指さした先には、金属と粘土が混ざったような質感の小さなゴーレムが、じっとこちらを見つめていた。その姿は、どこか不格好で、しかし愛嬌のある顔をしていた。目はビー玉のように澄んでいて、どこか哀愁すら漂っている。
ドラキチは指先を軽く動かした。空気が震え、消費者契約魔法が発動する。透明な羊皮紙のような光のスクリーンが空中に浮かぶ。そこに書き込まれる特典の文字列。
「無料メンテナンス1年付き」
「掃除機能に加えて料理アシスト機能追加」
さらには、小さな文字で「所有者の気分に応じて最適な動作を調整」とも書かれている。ドラキチの胸に、好奇心と期待がぽっと灯った。魔法の品は高価だが、このゴーレムは彼の乏しい財布でも手が届く範囲だった。
「……料理もできるのか。いいじゃん」
彼は購入を決めた。店主は満足げに頷き、ゴーレムは、まるで新しい主を喜ばせるかのように、かすかな振動を発した。
帰宅後。小さな古びた木造の家はドラキチの生活の痕跡で溢れていた。小説や歴史書が並ぶ本棚、使い古された鍋、窓辺に干された洗濯物。この小さな家は、ドラキチの城であった。
その中でゴーレムは黙々と床を磨いていた。その動きは滑らかで、まるで舞踏のようだった。ゴーレムの手際は見事で、床の板目がみるみるうちに輝きを取り戻していく。ゴーレムの小さな動きが、家の中を満たす穏やかな魔法のように、静かに響き合っていた。
「ほう、やるじゃないか」
ドラキチはソファに腰を下ろし、感心したように頬を緩めた。しかし、ゴーレムの驚異はそれだけではなかった。掃除を終えたゴーレムは、キッチンへと向かい、まるで長年の料理人のように鍋やまな板を手に取り始めた。卵を器用に割り、トマトを刻み、ケチャップの瓶を器用に開ける。やがて、部屋中にオムライスの香ばしい匂いが広がった。ゴーレムが皿に盛りつけた黄金色のオムライスは、ふわふわの卵に包まれ、まるで絵本の中の料理のようだった。
ドラキチはスプーンを手に、ゴーレムが差し出した皿を見つめた。黄金色のオムライスに、ケチャップで描かれた小さなハート。細やかな気遣いが、ドラキチの胸を温かくした。彼は一口食べ、目を閉じた。卵の柔らかさ、トマトの酸味、ほのかなバターの香り――それは、まるで誰かに愛されているような、懐かしい味であった。
窓から差し込む夕陽が、部屋を琥珀色に染め上げる。ゴーレムは静かに次の仕事を始め、ドラキチは大きく笑った。
「冒険なんかしなくても、この世界、案外楽しいな」
窓の外では、遠くで剣の音が響いていた。誰かが世界を救っているのかもしれない。だが、ドラキチにとっての救いは、今ここにあった。
磨かれた床と、ふわふわのオムライス。そして、静かに働くゴーレムの背中。それは、彼だけのささやかな幸福だった。ドラキチは食卓に置かれたオムライスの皿を空にし、満足げに息をついた。スプーンを置く音が、部屋に小さく響く。
「いやはや、こいつは本当にいい買い物だったな」
ドラキチはゴーレムを一瞥し、つぶやいた。ゴーレムは無言だったが、その目――小さなガラス玉のような瞳――が一瞬、柔らかく光ったように見えた。ドラキチの言葉を理解し、ほのかに喜んでいるかのようだった。




