悪徳不動産魔術師集団
ドラキチの消費者契約魔法は、ギルドの間で瞬く間に話題となった。
「おい、聞いたか? 消費者契約法の魔導士がキング・スライム討伐ギルドの詐欺案件を秒で解決したらしいぜ」
「私も助けられたわ! あの『絶対痩せる秘薬』、実はただの泥団子だったのよ! 解約不可って言われたのに、ドラキチさんが『書面不備』で一発解除してくれたの!」
「ドラキチさん!お助けください!『夢のマイホーム錬金術』の契約を交わしたのですが、家が建つどころか、毎日金の延べ棒を掘りに行かされています!」
彼女は泣きながら、光り輝く契約書を差し出した。
「この契約書には『契約不履行の場合、永久に労働を課す』と書かれていて…」
ドラキチは契約書を見た。
「ふむ。これは『優良誤認表示』と『事業者の不実告知』に該当しますね。しかも、この契約書、細かい字で『当方都合により作業内容が変更される場合がございます』とありますが、これは『重要事項の不利益変更』に当たります」
そして、ドラキチは契約書に指をかざし、消費者契約魔法の呪文を唱え始めた。言葉が紡がれるたびに、契約書の文字が淡い光を放ち、やがて塵となって消えていく。
「これで契約は無効です。業者には全額返金と慰謝料を請求しましょう」
女性は呆然と立ちつくした後、歓喜の声を上げた。
新たな依頼人が駆け込んできた。
「助けてくれ、ドラキチさん! 勇者予備校の『一括100万ゴールド・全属性魔法マスターコース』を契約しちまったんだが、教科書がただの落書き帳だったんだ!」
ドラキチは口角をわずかに上げた。
「なるほど。消費者契約魔法クーリング・オフの出番ですな。相手のギルド名は?」
「ダーク・スマイルです」
その名を聞いた瞬間、ドラキチは指先で魔法陣を描いた。
「ほほう、あの悪徳商法で有名な暗黒ギルドですか。彼らは契約書に『解約した者は呪われる』という特約を付加しているはずですが、それは公序良俗違反で無効です」
ドラキチは魔導書を勢いよく開いた。
「出でよ、『不実告知の断罪』!」
ギルドの部屋がまばゆい光に包まれる。ドラキチの放った魔法は、物理的な破壊ではなく、相手の銀行口座(魔法金庫)から強制的に返金分を転送する光だった。
「どんなに強力な禁忌魔法よりも、正しく記載された『重要事項説明書』の方が強いのです。さあ、次は返金されたゴールドで、まともな杖でも買いましょう」
ドラキチの存在は、ギルドの倫理観にも大きな波紋を投じた。これまで自己責任とされてきた魔物討伐やアイテム取引の契約トラブルに、消費者保護の目が向けられるようになった。ギルドマスターらは、ギルドが紹介する契約の内容を以前よりはるかに厳しくチェックするようになった。悪質な契約を結ばせる業者に対して、ギルドが一丸となって制裁を加える動きも出始めた。ギルド間の競争は、単なる武力や財力だけでなく、「いかに健全で公平な契約を結べるか」という新たな側面を持つようになった。
ある日、マクラが血相を変えて飛び込んできた。
「ドラキチさん! 今度はギルドの職員寮が危ないんです! 謎の集団が『この建物は強度不足だ。今すぐ隣の最新魔塔に住み替えないと、地震魔法一発で崩壊する』って住民を脅して回ってるんです!」
「……なるほど。不安を煽って契約を迫る手口か」
現地では悪徳不動産魔術師たちが、住民たちに怪しげな水晶玉を見せていた。
「ほら、この水晶に映る未来を見てください。この寮は明日にも崩れます。ですが安心してください。こちらの最新魔塔なら、耐震魔法も完璧。今なら、お持ちの土地と等価交換……いえ、少しの追加金だけで住み替えられます!」
不安に駆られた住民たちが、次々とペンを手に取ろうとしている。その最前列には、契約書を突きつけられ震える老夫婦の姿があった。
「待て。その水晶玉に映っているのは『未来』ではない。ただの幻術だ」
ドラキチの冷徹な声が響く。
「誰だお前は!」
悪徳不動産魔術師の一人が叫ぶ。
「消費者の盾、ドラキチだ。貴様ら、よくもまあこれだけ並べ立てたものだ。耐震不足の根拠となる『構造計算書(魔導鑑定書)』を提示してみろ。できないだろう? なぜなら、この寮の強度は王宮基準を満たしているからな」
「うるさい! 我々が危険と言えば危ないのだ! これはビジネスだぞ!」
悪徳不動産魔術師たちは一斉に呪文を唱え、巨大な「契約結界」を張り巡らせた。この中では、悪徳不動産魔術師の言葉がすべて真実として脳に書き込まれる。
「無駄だ。そんな理不尽な結界、消費者契約魔法が許さない」
ドラキチは魔導書を最大出力で解放した。ページが高速でめくれ、黄金の文字が宙を舞う。
「恐怖を植え付けて契約を迫る行為、さらに物件の品質について虚偽の情報を流布する行為……。これらは『困惑』による取消の対象である!」
ドラキチの魔力が、龍の形となって昇り立つ。
「奥義――『不当条項一斉パージ』!!」
黄金の龍が術師たちの契約結界を食い破り、住民たちの手にあった契約書を次々と白紙に戻していく。
「な……!? 我が魔術師集団が誇る『強引な勧誘(ゴリ押し)』が、こうも簡単に……!」
「トドメだ。貴様らが売ろうとしていたその最新魔塔、実は『日当たり良好』と謳いながら、来月にはさらに高い魔塔が目の前に建つ計画になっているな? 重要事項の不告知……二重の意味でアウトだ!」
ドラキチが放った消費者契約魔法の一撃が魔術師たちを吹き飛ばした。
「覚えてろよー!消費者契約魔法の隙間を突いてやるからなー!」
彼らは叫びながら、煙のように消えていった。
静まり返った現場で、マクラがぽつりと呟いた。
「ドラキチさん、不動産って……魔物より怖いですね」
「魔物は倒せば終わるが、契約は一生ついて回るからな」
ドラキチは愛用の魔導書を閉じ、ふっと空を見上げた。
「マクラさん。もし将来、俺が『この壺を買えば幸せになれる』と言い出したら、迷わず魔法で吹き飛ばしてくれ」
「えっ、ドラキチさんでもだまされることがあるんですか?」
「……いや、俺はただ、『クーリングオフ』の有効性を身をもって証明したいだけだ」
ドラキチは少し照れくさそうに笑うと、夕暮れの街へと消えていった。ドラキチの戦いは終わらない。この世に「だまし売り」の火種がある限り、消費者契約魔法の使い手は何度でも現れるのだ。




