泥団子の秘薬
「それは大変なことになったわね、マクラさん。その『秘薬』、ただの河原の泥を丸めたものだよ」
ギルドの受付嬢マクラは、泣きはらした目で机に置かれた黒い塊を見つめていた。
「だって、業者の人が『これさえ飲めれば、王都の舞踏会で注目の的!今買わないと一生の損!』って……。給料三ヶ月分の金貨五十枚も払っちゃったんです……」
マクラが解約を申し出ても、業者は「魔法契約は絶対」「自己責任」の一点張り。
「安心しなさい。この世には消費者契約魔法がある」
ドラキチはマクラを連れ、不敵な笑みを浮かべる悪徳商人の店へと乗り込んだ。
「ひっひっひ、一度結んだ契約は神でも破れんよ」
商人が勝ち誇ったように契約書を突き出したその瞬間、ドラキチの目が鋭く光った。
「甘いな。貴様の作ったその契約書……致命的な『穴』がある」
ドラキチは魔導書を開き、朗々と詠唱を始めた。
「虚偽の効能、不当な勧誘、そして何より……交付された書面に、肝心の『解約方法の記載』と『担当者の氏名』が欠落しているッ!」
ドラキチが指を突き出し、叫んだ。
「発動せよ! 消費者契約魔法――『書面不備』!!」
その瞬間、業者が持っていた契約書が青い炎に包まれ、ボロボロと崩れ落ちた。
「な、なんだと!? 私の鉄壁の契約魔法が……!?」
「書面の不備は契約の不成立を意味する。さらに、その泥団子を秘薬と偽ったのは『不実告知』だ。おまけに……」
ドラキチはさらに追撃の魔法を重ねる。
「追い打ちの『不退去』! 消費者が帰れと言っているのに居座り続けて勧誘した罪も重いぞ!」
「ひええええ! わかりました、返します! 金貨、全部返しますから!」
商人は泡を食って金貨の袋を差し出した。
無事に取り戻した金貨を手に、マクラは目を輝かせた。
「すごいわ、ドラキチさん! まるで伝説の大賢者みたい!」
「ふん、賢者などではない。私はただの、消費者の味方だ」
ドラキチは格好良く背を向けたが、ふと立ち止まって付け加えた。
「マクラさん。次に何か買う時は、判子を押す前に私を呼びなさい。鑑定魔法より、私の『契約内容点検』の方が確実だからな」
●不動産だまし売り
「ドラキチさん、またお困りの方が!」
翌日。ギルドの受付には、昨日の涙が嘘のように晴れやかな顔をしたマクラと、その後ろでガタガタと震える初老の男が立っていた。
「ドラキチ様! 助けてくだせえ! 村にやってきた悪徳不動産魔術師集団を名乗る連中に、先祖代々の土地を騙し取られそうなんです!」
初老の男はリンゴ農家と名乗った。
「どんな手口ですか」
悪徳不動産は「この土地の隣に、王都直送の高級スイーツ店ができる。今のうちに土地を担保にローンを組んで投資すれば、あんたは億万長者だ」と持ちかけてきたという。しかし、契約書にサインをした直後、実は隣にできるのが「スイーツ店」ではなく、「巨大なドラゴン専用の公衆便所」であることが判明した。
「そんなものが隣にできたら、リンゴは臭くなるし、地価は暴落だ! 解約したいと言っても、『契約書には「公共施設建設の予定あり」と書いてある。嘘はついていない』と……!」
ドラキチは冷ややかな笑みを浮かべた。
「なるほど。不利益な事実を故意に告げず、耳当たりの良い言葉だけで契約を急がせる……。古典的だが、悪質な不利益事実の不告知です」
ドラキチはリンゴ農家を連れ、村の広場に建つ豪華な天幕へと向かった。そこでは、シルクハットを被った男が、村人たちに怪しげな土地権利書を配っていた。
「さあさあ、契約を! この土地は将来、王都以上の大都会になりますぞ!」
「そこまでだ、不当勧誘のスペシャリスト君」
ドラキチの声が響き渡る。男は顔をしかめた。
「消費者契約魔法使いか。だが、無駄だ。契約書には魔法的な『強固な封印』が施されている。本人の意志でサインした以上、神ですら介入できん!」
「神に頼るつもりはない。俺は消費者契約魔法に頼る」
ドラキチが魔導書を天に掲げると、周囲に法的な数式が展開された。
「契約の目的物に重大な瑕疵、あるいは価値を著しく損なう隣接地の情報を隠蔽して販売する行為……。これは契約の根幹を揺るがす欺罔行為である!」
ドラキチの指が黄金に輝く。
「くらえ! 消費者契約魔法・拡張奥義――『取消権』!!」
その指先から放たれた光が、ジョーが持っていた契約書を直撃した。すると、契約書に書かれていた「公共施設」という曖昧な文字が書き換えられ、「ドラゴン便所(激臭)」という真実の姿が浮かび上がった。
「な、何!? 隠蔽していた魔法文字が強制開示されただと!?」
「さらに追撃だ! 『原状回復の義務』! 支払った手付金を即座に返還せよ。さもなくば、お前のギルドライセンスに『業務停止命令』の刻印を刻むぞ!」
ドラキチが放つ圧倒的な消費者契約魔法のプレッシャーに、男は腰を抜かした。
「ひ、ひいいい! 返します! 土地も返却、手付金も倍返しだあああ!」
男は魔法の絨毯に乗って、地平線の彼方へと逃げ去っていった。
村に平和が戻り、リンゴ農家は涙を流して感謝した。
「ありがとうございますだ! これでリンゴを守れますだ!」
「不動産は動かぬ資産だが、悪徳業者はそれを巧みに動かそうとします」
こうして、異世界の平和(と財布)は、今日も一人の消費者契約魔法使いによって守られた。




