精霊の力②
裂け目の奥から現れたのは、緑がかった皮膚と突き出た牙を持つ巨躯のオークだった。
血走った目を光らせ、岩壁に手をつきながらじりじりとこちらを窺っている。
シェルティは紫の尾を一度だけぱたりと揺らし、艶のある溜め息を漏らした。
「あの鼻は好かんわぁ」
興味なさげに視線を逸らし、退屈そうに爪を舐める。
――鼻?豚みたいな鼻が嫌なの?
その一方、ノエルの肩のトラヴァスは、黄金の瞳を爛々と輝かせて牙を覗かせている。
私に抱かれたヤクモも尻尾をばたばたと振り、子供のように目を輝かせていた。
丁度いいから腕比べって…
ピエールはどうするつもり?
「……力比べ、か。
訓練ではなく実戦だぞ?」
「そういう顔しないの。ほら」
ノエルは軽く肩をすくめて笑った。
――やらせるつもりなんだ。
でも私も見てみたいかも。
「……いいだろう」
彼は短く息を吐くと、意を決したように腰の剣に手を掛けた。
後ろからセレナが彼の背に声を投げる。
「安心していいわよ。もしもの時は私が癒やす。…あなたがケガに気付くより、ずぅっと早くね」
彼は振り返らずただ顎を引いて応えた。
一歩、また一歩と地面を踏みしめ、巨体のオークへと距離を詰めていくピエール。オークの巨影は低く唸り声を上げ、じりじりと裂け目から身を乗り出してきた。
濁った瞳をぎらつかせ、雄叫びと共にピエールに向け巨腕を振り下ろした。
――危ない!
だが、彼に焦りはなかった。
拳が落ちる瞬間、冷静に逆側へと身を滑らせると、オークの拳は虚しく岩を叩いた。
「――遅い」
短く呟き、体勢を崩した巨体の首筋へ鋭い突きを突き込むと、オークは呻きとともに巨体を一歩、二歩とよろめかせて、やがて崩れ落ちる。
「……す、すごい……!」
一瞬の出来事に私は思わず息をのんだ。
ノエルが目を丸くして口笛を鳴らした。
「やるじゃない……見直したわ。
ちゃんとした軍人だったんだねぇ」
その時、倒れたオークの胸部がぼんやりと光り始め、体の奥から火が灯るように淡い輝きが広がり、やがて一点へ収束する。
「あれが……核……?」
私は初めて目にする現象に釘付けになって尋ねた。
「触れてみなよ。魔力を持つ者相手には、核は姿を現す。どんな反応するか…見ておくべきよ」
ノエルの言葉に思わず唾を飲み込んだ。
目の前には倒れたオーク。
膝をついて巨体を覗き込んだ。
目の前で淡く脈動する紫光は、生き物の鼓動のように見え、指先を近づけると核はふわりと震え、わずかに光を強めた。
「……っ!」
咄嗟に手を引こうとしたらセレナから声がかかる。
「大丈夫よ。触れて」
――やるしかない。
私はそっと核へ指を伸ばした。
次の瞬間、核はほんの一瞬光を放ち消えていった。
「え……? 消えた……?」
「そこに転がってるわよ。」
地面に転がったのは、殻に覆われた小さな実のような核。
掌に拾い上げると、淡く光の脈動を繰り返しながらやがて落ち着いた。普通の石のようだが、紫の輝きだけが残っている。
ピエールも隣に身を屈め、指先で核に触れるとセレナが横目で核を見ながら
「核は魔力に“触れる”ことで初めて物質として残るの。市場にも出回るし、取引もされるわ」
「まぁ、魔物の種類次第で値段はピンキリよ。オーク程度なら―、一晩お腹一杯飲み食いできるぐらいの価値かな」とノエル。
「……食事、一食分?」
思わず首を傾げた。
「そういうこと。核が山ほど手に入ればまとまったお金になるけど、並のハンターだと生活費稼ぎがせいぜいね」
セレナがまとめるように言った。
そんな中、トラヴァスがぴょんと腕に飛び乗ってくると
「なぁなぁ、それちょっと貸してみ?」
私が戸惑いながら核を差し出すと、
トラヴァスは前足で抱え込み、
鋭い牙でがりっと齧りついた。
次の瞬間――硬質な核は砕け散り、
細かな光の粒となって弾ける。
砕けた破片は宙に散る間もなく、
トラヴァスの口元へ吸い込まれた。
「ぷはぁっ……!
悪くないねぇ。おーきにな」
尻尾をひと振りしながら、満足げに喉を鳴らすトラヴァス。
その身体の輪郭が、ほんの一瞬だけ淡い稲光を帯びたように見えた。
「……食べた……の?」
「食べたっていうより、取り込んだんだよ。精霊にとっちゃ核は最高のご馳走だからね。ごめんね。トラヴァスが食べちゃって。でも次々出てくるよ。ほら」
騒ぎに反応したのか、岩の裂け目から出てきたオークの咆哮が岩場に響き渡り、姿を現した三体が一斉に突進してくる。
――無理っ!三体もいるなんて。
「じゃ、次アタシね。
お手本を見せてあげる」
そう言ってノエルが指先を軽く振ると、突風が巻き起こり、最前の一体が風の壁に弾かれて足を取られた。
二体目は小さな竜巻に絡め取られ、宙で身動きを封じられる。
三体目は雷鳴とともに走った稲光に撃たれ、筋肉を痙攣させて膝を折った。
「――拘束の見本、ね。」
ノエルの声は余裕に満ちていた。
「次、行くわよ。」
そう言うと彼女は風の壁をさらに押し出すと、弾かれたオークの巨体が宙を舞い、岩壁へ激突して潰れる。
竜巻に囚われた一体は上空へと吹き上げられ、絶叫とともに叩き落とされ地に沈んだ。
最後の一体には、雷光が二度、三度と叩き込まれた。焼け焦げた匂いを残し、巨体は崩れ落ちて動かなくなる。
三体を一瞬で葬ったノエルは、軽く振り返ると得意げに片眉を上げて私を見た。
「……すご……」
出番ちょっとだけやん!!
…やっぱ人気ないんじゃない?
なんでや!
感想は?
…ぐぅっ…まだ足らんのか…
ブックマークは?
…んぐ…まだ足らんのか…
レビューは?
…まだ…足らんのか…。
…何とか…何とかならんのか…
次回 三度目の正直!




