新たな旅路⑤ デブリーフィング
空が茜色に染まりかけるころ、私たちは村の酒場に帰っていた。
席に着くとすぐに冷えたエールとエド豆の塩茹でを持って来たカンナが切り出した。
「朝出てったばっかりなのに、
もう片付いちまったのかい?」
「ゴブリンの拠点が~、
5、6…全部で7つあったね」
「いくつか古い納屋が壊れちゃったんだけど、構わないかしら?」
「あ~、そりゃあウチの男連中の倉庫だね。木を切るときの道具やなんかがあったかも知れないけど、もうすぐ飲みに来るだろうし、アタシが言っておいてやるよ!」
「助かるわぁ~。あとオーガは1体だけだったみたい。そっちももう大丈夫だから安心してね」
「オーガも片付いちまったのかい?ちょっと飲みながら待ってな。詳しく聞かせておくれよ」
そう言うとカンナは席から離れて奥の厨房へと駆けて行った。
私たちはその間出されたエールで乾杯しながら今日を振り返る。
「全部片付けれて良かったよね」
「ああ。野営していたヤツらは楽だったな」
「森の中ならセレナはまず見逃さないしねぇ」
「あら?森の外でもあれぐらいは普通よ?」
「ハイよっ!!ホーンラビットの香草ローストだよ」
「ありがと。わっ、これ、いい匂い……!」
鉄皿の上で、焦げ目のついた兎肉がジュウジュウと音を立てる。
表面には森の香草が散らされ、肉の間からはとろけた脂が滴り落ちていた。
たまらず口に運ぶと、淡い肉汁が弾けほんのり甘い匂いと香草の苦い匂いが鼻をくすぐる。噛めば外は香ばしく、中は驚くほど柔らかい。
「これはうまい。骨の近くが一番味が濃いな」とピエールが頷くと、
「ウサギ美味しいって言ったでしょう?」とセレナ。
「さすが肉担当」とノエルがからかい笑いが広がる。
「ンぐ。…索敵って、皆も精霊の力を使ってるの?」
「俺は使えない。目だけが頼りだ。丘から見ていた時なら分かるが、今日のソファの立場だと無理だな」
「私は“見る”というより“見えちゃう”かしら?風の流れや匂いで“感じちゃう”の」
「響きがヤラシイっての!でも感覚は同じかな。アタシも“見えちゃう”」
「ハイよっ!!次ボアの竜火串ね」
串に刺した猪肉を、油と炎で一気に焼き上げた豪快な一品。
赤く揺れる油煙の中、肉の表面がカリッと弾け、香ばしい脂の香りが漂い
噛んだ瞬間、肉汁が溢れ出し、舌に残るスパイスの刺激に酒が欲しくなる。
「これは…強い酒が欲しくなるな…」と言いながらピエールがエールを飲み干した。
「ハイ!シャマスのワインだよ。一緒に飲みな」
そう言ってボトルとグラスを置いて行くカンナ。
「ありがたいわぁ。~ん、おいしっ」とセレナがグラスを掲げる。
「コレ甘いねぇ。ピエール、結構強めだよ」とノエル。
「珍しい色のワインだな。…これもうまい」とピエール。
「ハイよっ!!兎肉の白煮とパンだよ。少し落ち着いたかい?」
そう言ってカンナもグラスを持って席に着いた。
「カンナさん。これ、ほっとする味だね」
スプーンを口に運びながら思わず微笑んだ。
ミルクと薬草をベースに煮込んだ優しい味わい。
具にはごろりとした兎肉、甘い根菜、白濁したスープが湯気を立てて、香草ローストの後に食べると、疲れた体に沁みるような優しさが広がった。
「気に入ったかい?この白煮は村の自慢なんだよ」
嬉しそうに笑いながらカンナはグラスを飲み干した。
「さっ!食べながらでいいから聞かせてもらおうじゃないか」
いつの間にか酒場に集まっていた村人たちに囲まれ
戦いの話、旅の冗談と話すうちにまた人が集まり
ゴブリンの焼け跡やオーガの氷漬けの話では、
果実水を持って集まった子供たちが目を輝かせて聞き入った。
「ひぃっ……そんなにたくさん!?」「ソファ姉ちゃん、かっこいい!」「セレナ姉ちゃんの炎の竜の方がキレイだよ!」「ノエル姉ちゃんの雷だって!」「ピエール兄ちゃんなんか木の棒で魔物倒すんだぜ!?」「…オーガの氷漬け、見たいなぁ」「見たい。見たい!」
「…ほんっと信じられない話ばかりだねぇ。こんなに子供たちまで集まっちまったじゃないか。ハイよ!皆でコレ食べな。森の恵みのパイだよ!」
「……これ、デザート?」
とノエルが目を丸くする。
アダムの赤果実と、蜂蜜、刻んだナッツをパイ生地で包み、炉の余熱でじっくり焼いたもの…かな?
切り分けると、金色の蒸気がふわっと立ちのぼり、甘酸っぱい香りが広がると子供たちが一斉に拍手し次々と手が伸びてくる。
子どもたちが即席の笛を吹き、楽器を持った旅人の演奏が始まる。
夜は更け、杯が空になっても笑い声は止まなかった。
私は今日のすべてを胸に刻んでいた。
冒険、狩り、皆の嬉しそうな顔。
これに憧れてハンターになったんだ。
◇◇◇◇
澄んだ空気の中で山の稜線が白く霞み、遠くから鳥の声が響いていた。
朝靄が薄く降りる中、昨夜の笑い声がまだ耳に残ったまま目を覚ました。
身支度を整えて宿の階段を降りるとカンナが大鍋の蓋を開けていた。
「おはようさん。よく眠れたかい?もう皆出てったよ」
「え?もう?」
「ノエルちゃんとピエール君は男共引き連れて状況確認に行ったよ。セレナちゃんは広場で村の病人や怪我人を診てくれてる。…飲むかい?」
カンナが差し出した湯気立つスープを受け取り、湯気の向こうに揺れる陽光を見つめた。
村の人々の声、鳥の羽ばたき、朝の匂い。
――どれも穏やかで、憧れた世界。
「…少し、様子見てくるね。これ、御馳走さま」
そう声を掛けて、食器を置いて外に出る。
広場ではセレナが治癒を行っていた。
「おはよう、ソファ。しっかり休めたみたいね?」
「おはよう。セレナこそ朝から大丈夫?手伝うよ」
「フフッ。宴の夜は転ぶ子が増えるからね。もうこのコで最後よ。ほら、痛くないでしょう?」
セレナが男の子に柔らかく微笑む。その指先には淡い緑光――風と木の精霊の癒し。
「戻った! ノエル姉ちゃんたちだ!」「オーガいなくなったってほんと?」
ノエルは笑いながら子どもたちの頭を軽く撫でる。
「ほんとよ。森はもう大丈夫。オーガはなんと!持って帰ってきたわよ~?」
後ろのピエールが荷を降ろしながら呟いた。
「…言われるままに持ち帰ったが、これをどうするつもりだ?」
村の入り口でピエールと村の男衆たちは氷漬けのオーガを降ろすようだ。
片腕を振り上げ、爪を振り下ろす寸前の格好。
氷は厚く、深く、血潮も怒りも凍りついたまま。すべてが透明の中に封じられ、朝日を受けて銅像のように輝いていた。
「…持って帰ってきたの?なんで?っていうか、頭は?」
――首から上はどこ?
「念のため頭落としといた」
なんでもないというようにノエル。
「え?なんで?ごめん。意味が…」
ますます混乱する私を見てお腹を抱えて笑うノエル。
なんだどうしたと騒ぎを聞き集まった村人たちも氷漬けのオーガを見て絶句する。
――そりゃそうだよね。
首無しオーガの氷漬けだもん。
「なんだいこんなもの!持って帰ってきちまったのかい?」
「あ、カンナ。どう?これ村の入り口に飾らない?」とノエル。
「冗談言わないどくれよ。趣味が悪いったらないよ」
「いやぁ~、確かに趣味は悪いけどさ、これ盗賊避けになると思わない?この村子供多いし、男連中もよく村開けてるみたいだしさ。入り口にこれ飾ってたら、警戒すると思わない?」
「解けちまったらどうすんのさ?」
「さっき試してみたんだけどさ。“これ”多分解けない。念のため頭は落としてあるから解けても大丈夫よ!」
「かっこいいよ!」「ほしいほしい」「怖くない?」「顔がないから大丈夫」
大人そっちのけでオーガの前ではしゃぐ子供たち。
「…分かったよ。置いていきな!」
カンナの一言に歓声を上げる子供たちと引き攣った笑みを浮かべる大人たち。
「…これでこの村での仕事は終わりっ!と」
「準備はできてるぞ」
「ありがと。ピエール。
ソファ~セレナ~行くよ~」
意気揚々とゴルドホーンエルクに乗り込むノエル。
「ちょっと待って!すぐ行くから!カンナさん!お世話になりました」
「せっかちねぇ。あ、カンナさん?何かあったらギルドの“アリア”に私たち指名で依頼をくれればすぐ駆け付けるわ」
慌ててノエルの後を追う私と、子供たちや村人に挨拶を交わすセレナ。
子供たちは走り回り、名残惜しそうにその足元を離れない。
「また来てね!」
「次は祭りの時だ!」
「また竜見せてね」
無邪気な声に、セレナは笑って手を振った。
荷馬車の車輪が軋む。その音に合わせて、人々が一斉に手を振った。
風に舞う埃と乾いた土の匂い。
誰かが鐘を鳴らし、その音が山の向こうに溶けていく。
振り返り、もう一度だけ手を高く掲げる。
見送る皆の笑顔の奥に、少しの寂しさ。
それでも私の胸の奥には、確かに残る温もりがあった。
「―いい村だったね。
また戻ってきたいな…」
皆に聞こえただろうか?
返事はないけど、目を閉じて微笑んでるのは気付いてるよ?
「聞いたよね?」「「聞いた聞いた!」」
「オーガの氷漬けだって」「「見たい見たい!」」
「えっ?見たくないの?」「「なんでなんで?」」
「それと、コメントも欲しいよね?」「「欲しい欲しい!」」
「レビューも見たいよね?」「「見たい見たい!」」
「えっ?くれないの?」「「なんでなんで?」」




