新たな旅路② 訪れた村からの依頼
空が茜色に染まる頃、訪れた村は中央の広場を起点に放射状に延びて両脇に並ぶ家々は、石を基礎に積み上げ、木の梁や窓枠が規則正しく組み込まれていた。
広場では子どもたちが走り回り、母親に呼ばれて名残惜しそうに家の中へと消えていく。
立ち寄った私たちに村人から好奇と敬意の入り混じった視線が送られた。
村の中心近くに二階建ての酒場兼宿屋があり、簡素な杯の紋章が彫られた看板の建物の中では笑い声と楽器の音が響き、外まで温かさが漏れていた。
「雰囲気のいい村だね。私がいた所より少し大きいかも」
「いい村ね。今日は疲れたでしょう?最後は2,3体なら何とかなりそうだったわね」
「ピエールの教え方!
すっごく分かりやすいの!」
「そうね。見ていて良く分かったわ。気付いてた?いつでもソファのフォローに入れる位置にいたわよ」
「そうなの?後でお礼言わなきゃ」
ノエルとピエールは私たちに酒場で待っているように言い残して、今日の収穫――ホーンラビット―を仕留めた場所へ人手を連れて戻って行った。
「今日の依頼はこの村からだったの?」
「そうよ。ノエルたちが戻れば持ち帰ったウサギさん料理を楽しめるわ」
「楽しみ!美味しいって言ってたもんね。
でも私、あの血抜きはちょっと…」
「今はピエールもいるし、
やり方だけ覚えておけばいいわ」
「ハイよっ!!」
席に着いた私たちの前に冷えたエールが置かれた。
「ありがとう。でもまだ注文してないけど…」
「ホーンラビットを退治してくれたハンターってのはアンタたちだろ?最近ちょっと増えてきて困ってたんだ。これは奢りだよ!」
そう言ってエド豆の塩茹でも机に置いて笑顔を向ける女主人。
「ありがとう。頂くわ」
「おや珍しい。エルフさんかい?男どもが帰ってきたら、す~ぐ料理するからねっ」
手を振りながら厨房へ向かう女主人と入れ替わるように村の子供たちが寄ってきた。
「お姉ちゃんたちがデカウサギやっつけたの?」
「いっぱいやっつけたから、今日は広場でお祭りってママ言ってたよー」
「木が組めたから火つけに来てくれる?」
キラキラした目でこっちを見つめながら次々に話しかけられる。
お祭り?木が組めた?
どうすればいいのか分からないのでセレナに目で助けを求めた。
「火を着ければいいのね?
分かった。すぐ行くわ」
「ありがとう。飲み物と食べ物は持っていくね!」
そう言って子供たちはテーブルの上のものを持って外へと急き立てられると、外の広場にはいつの間にか焚き火の用意があちらこちらに用意され村人たちもぞろぞろと集まり出していた。
「火をつけたらこっちに座って待っててね」
子供たちが指差したのは広場の前の一角。
――セレナはどこ?
どうするのか聞かなきゃ…
って、そこで何してるの?
「じゃあ、皆の中で、誰か火の魔法を使えるコはいるかしら?」
彼女がそう言うと、子供たちは皆出来るよと小さいながらも指先に火を灯した。
――種火とも言えない小さな火。
「凄いわあ。もう少しだけそのままにしててね」
そう言って子供たちの目の前で跪くと彼女はゆっくりと手を広げた。
――子供たちの指先には微かな赤橙の炎の揺らめき。
やがてその火は膨んで炎となり、青、緑、紫、金…
――色を変えて広がってる?
何がどうなってるの?
細い筋が絡み合って織物みたいに形を編み上げ、炎は虹の光をまとった翼を広げた。
尾をうねらせ、首を高く掲げるその姿は、紛れもなく竜。
虹色の光が鱗になって透き通るような輝きに空気が震えた。
小さな灯火は、今や薄闇を圧倒するほどの神秘の存在に変化していた。
竜がひとつ吐息を漏らした。
それが夜空を架ける炎の橋となって用意された木へ燃え移った。
新しい炎の芽生えとともに、竜は闇夜に姿を消した。
「「きれ~!!」」
セレナの生み出した炎の幻想に子供たちはもちろん、広場に集まった人々も目を奪われた。
――当然私も言葉が出ない。
「戻ったわよ~!派手な炎の竜だったねぇ~!」
村の入り口からノエルの声。後ろのピエールも含めて村の男たちも皆言葉もなく立ち尽くしていた。
「大の男が揃ってだらしないねぇ!ぼ~っとしてないでさっさと用意手伝いな!」
酒場の女主人の一声で正気を取り戻した男たちが動き始め宴の準備が始まった。
「大漁じゃないか」「皆で食べても残りがあるよ」「蓄えも十分できるな」「たったの4人でこんなに…」「当分は安心できるねぇ」
解体を始めた男たちが口にする一言一言に頬が緩んだ。
「何ニヤニヤしてんのよ?」
「何だか嬉しくて…
ノエルもニヤニヤしてるよ?」
「うっさい!」
「宴が始まるのか?」
「そうよ。この辺りはエール造りが盛んなの。そんな所へ大量のお肉。飲まなきゃダメ。私たちはゲストってところね」
「やばい!いい匂いしてきた!」
――広場の大きな焚き火からの橙の炎が夜空を照らす。
周囲には長い木の机と椅子が並べられ、数十人近い村人が思い思いに座っている。
中心では串に刺されたホーンラビットが丸ごと何体も炙られ、脂がじゅうじゅうと音を立てて滴り落ち、香ばしい匂いを辺り一面に漂わせていた。
別の台には、ハーブを詰め込んで葉で包み、熱い石の上でじっくり蒸し焼きにされた包み焼き。
香草と一緒に煮込まれた肉のシチューは、大鍋でぐつぐつと泡を立て、村の子どもたちが待ちきれずに木の匙を手に群がっている。
また、細かく裂いた肉は香辛料と混ぜてパン生地に包まれ、焼きたての熱気を漂わせていた。
木の皿に盛られた肉料理が次々と配られ、男たちは豪快にかぶりつき、女たちは笑いながら子どもに小さく切り分ける。
樽から注がれたエールが次々と杯を満たし、乾杯の声と笑い声が重なって夜に響く。
老いも若きも杯を掲げ、炎を囲んで笑い合う。
杯を掲げる声が一段落したころ、広場の隅から軽やかな音が響いた。
木製の笛が澄んだ音色を奏で、太鼓がどん、と腹に響く低音を打ち鳴らす。
次いで弦楽器の爪弾きが加わり、リズムが重なり合って村の空気を一気に沸き立たせた。
狩りの成果を分かち合う宴は、村に生きる者の絆を確かに感じさせる一時となっていた。
「セレナの炎。竜みたいだった!」と、子供の1人が目を輝かせる。
「俺も見た!」「私も!」「あの虹色の火!」「あんなの初めて!」
子供たちが次々に集まり、肉を頬張りながらも、竜を真似して両手を広げて走り回っている。
「がおーっ!」と叫ぶ声に、大人たちの笑いが重なり、広場はさらに熱を帯びた。
「飲んでるかい?
ちょっと邪魔するよ」
そう言ってエール片手にさっきの女主人が席に混じった。
「あたしゃ、カンナってんだ。そこの酒場で宿屋もやってる。アンタたち今日の宿はどうすんだい?」
「まだ決めてなかったんだ~。
部屋空いてない?」
「大丈夫だよ。泊ってきな。
宿代はオマケしとくからね」
「わお!ありがとう!」
「構わないさ!村の邪魔者を退治してくれて、保存食も十分。これで何もしなきゃあ、バチが当たるってもんさ」
豪快に笑い声を上げながらエールを一口、
「それはそうと、ホーンラビットに混じってワイルドボアがいたんだが…」
「さっきウサギ持って帰るときにバッタリとね。ついでにこの村で食べちゃってよ」
「いいのかい?
中々の大物だよ?」
「いいのいいの!
エール樽2つでどう?」
「ハハハッ!気に入った!
それでいいよ!」
「いいわねぇ。飲みながらの旅ね」
相変わらずのノエルと陽気なカンナはウマが合うみたい。
「それはそうとアンタたち、
急ぎの旅じゃないんなら、
いくつか依頼があるんだけどねぇ」
「いいわよ。遠慮しないで言ってみて。」
「この村の向こうに川があるだろう?その奥に森があるんだけど、ゴブリンとオーガが棲みついちまってねぇ」
「オーガだと?被害はないのか?」
「今のところはね。この村のハンターに頼みたいとこなんだけど、前の戦で飛び出してったままだしねぇ」
「ちょうど、ゴブリンの依頼を受けて来てたのでオーガも何とかしてみます!いいよね?ノエル」
「いいわよ~。ソファ頑張ってね~」
「えっ?私?」
「もっちろ~ん」
「助かるよ!話はそれだけさ。今日は好きなだけ飲んで楽しんでってくれ」
そう言ってカンナは席を立っていった。
「ちょっと!ノエル!本気なの?」
「なにが?」
「オーガよ!私1人でやるの?」
「そうだよ~次は魔法使っていいからね」
「大丈夫か?俺も手伝うが…」
「あら?ダメよ?危なくなったらフォローはするけど、手を出しちゃダメ」
ノエルとセレナは本気のようで、ピエールが心配そうな顔を向ける。
「…できるって思ってるって事だよね?」
「オーガくらい何とかしなきゃねぇ」
「同感ね」
――広場ではいつの間にか子どもたちが焚き火の周りに集まって裸足で土を踏み鳴らし、手を取り合い、輪を作ってくるくると回る。
笑い声と歓声が交じり合い、揺れる炎に照らされた顔は、みな赤く輝いていた。
演奏が速くなれば、子どもたちも一層勢いを増して跳ね、弦が高く鳴り響けば、小さな声で歌い出す。
焚き火を囲む輪は広がり、大人たちまでが手拍子を打ち始める。
笛と太鼓と弦が織りなす旋律を聞きながら、覚悟を決めた。
「分かった。やってみる」
「決まりっ」
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「さっきの竜ね、俺の火使ったんだぜ!」「私のも!」
すまないねぇ~旅の読者かい?
子守歌がほしいねぇ。
でないとこの子達寝やしない…何時だと思ってんだい!?




