新たな旅路① ハンター生活のスタート
まだ陽が顔をのぞかせたばかりの早朝。
窓の外は柔らかな光に包まれ、空気は少しひんやりとしている。
寝ぼけ眼をこすりながらも、私は布団を跳ね飛ばした。
昨夜から何度も確認した装備一式を再確認しながら、衣服を着こむ。
外に出れば、同じように寝ぼけ眼をこすりながらも集まった仲間たちが手を振っている。
「おはよう!」
声は普段より大きく弾み、まだ朝靄の残る道を歩き出す。
「元気ねぇ。ちゃんと眠れたの?」
セレナの問いに飛び切りの笑顔で返す
「ばっちり!絶好調だよ」
「今日から依頼受けて、帰って依頼受けて~の繰り返しだよ?分かってんの?」
「それに憧れてハンターになったの。よろしくお願いします」
ノエルの問いに頭を深々と下げながら返す。
「新しい武器はどうだ?手に馴染んだか?」
ピエールの問いには一気にテンションが沈み込んだ。
「「やっぱり」」と一同の呆れ顔。
「でもいいの!練習して使いこなすんだから」
と顔を上げ、私は前を向いた。
イツカからの報酬として訪れた武器庫で見つけた物。
種類で分けるならフレイルだが、どうやら違うらしい。
本来は棒の先に鎖を繋ぎ、その先端には重く硬い鉄球―。
でもこれは違う。
両側が武器として機能するように握りがあって、棒の先には鎖じゃなく銀色の糸。
これはSランク相当の巨大蜘蛛の糸で持ち主の魔力に反応して伸縮する。
揺れているのは鉄球じゃなく、淡い光を帯びた魔物の核。
核は鉄ほどの重さも固さも持たず、見た目は不安定で頼りない。
でも振り回せば、内に秘められた魔力が火花のような輝きを散らして打撃以上の存在感を放つ。
―はずなのに…。
「試し振りして暴走してたわね。棒としては良さそうだけど…」
「館の壁ブチ抜いてたよねぇ。あれ棒だけでもできるかな?」
「あのせいで他の報酬はうやむやに…。棒だけなら俺も欲しいが…」
「棒、棒言わないでよ。絶対使いこなすんだから!」
そう叫びながらギルドの扉を開けて私は真っすぐ掲示板へ向かった。
木製の大きな板が壁一面に据え付けられ、紙の束や羊皮紙が所狭しと貼り付けられている。
酒場の笑い声と食器の音を背に、ハンターたちは腕を組んで見入ったり、仲間と相談したりしている。
【初心者向け】薬草〈月影草〉の採取依頼、【長期募集】南方村への定期護衛任務(商隊同行)、【緊急報告】魔物核の密売に関する情報提供求む、【個人依頼】愛犬〈ブラン〉捜索(依頼人:村の子供)、【緊急依頼】急増したワイバーンの討伐、【危険】街道沿いにオーガ出没、調査および撃退………。
新しい依頼は上に、古いものは下へとずらされ、剥がされた跡が残っている。
紙には血や泥の跡がついているものもあり、依頼の過酷さを物語っていた。
他のハンターに混じって掲示板と睨み合う私を通り過ぎて、ノエルはカウンターのアリアに声をかけた。
「おはよう、アリア!
ゴブリンと~ホーンラビットか、
バルクボアない?
巣は多め、方向固めてね」
「おはよう、ノエル。
食べ物の注文みたいね。
食堂はあっちよ?」
そう言いながらもペラペラと依頼書の束に目を通すアリア。
「あるわよ。ゴブリン、
巣多め、こっちはホーンラビットね」
「いや、乗ってくんなよ!
…ありがとね。
これ全部持っていきま~す。
伝票よろしくね~」
「いってらっしゃ~い。
気を付けてね」
2人のやり取りを見ていた私はたまらずノエルのもとへ歩み寄る。
「何さっきの?あんなんでいいの?」
「い~のい~の。ゴブリンとかホーンラビットとか、ここの連中こんなの誰も選ばないんだから」
「私はホーンラビットを先に行きたいわ」
「大型のウサギ…だったよな?突撃してくる…」
「どうしてそっち先がいいの?セレナ」
「美味しいの。食料は現地調達できそうね」
「それ賛成~。ソファとピエール頑張ってね!」
騒がしく笑い声を上げながら突然入ってきて、依頼を受けて出て行った私たち。
残されたギルドのハンターは、声をかける間すらなく、ただ目で見送るだけであった。
◇◇◇
風に揺れる草原は波のようにうねって、ところどころに顔を出す灰色の岩場が島のように点在してる。
空は高く、雲はゆったりと流れて陽光は柔らかに降り注いでいた。
街道脇に止めた馬車―ゴルドホーンエルクの曳く―の屋根の上でノエルが手に持った果物にかぶりつきながら口を開いた。
「依頼書だとこの辺りね」
「この辺りの岩場がそうでしょうね」
ノエルの隣にはセレナ。2人は精霊を抱きかかえ穏やかな空気を楽しんでいた。
「あの!寛いでるところ悪いんですけど!依頼はどうするんですか!?」
私の問いかけにノエルは気怠そうにしながら答えた。
「見えてる岩場あるじゃん?
あそこから、ウサギ出てくるから!
ソファの腰くらいのヤツ。
それを、頭殴って、気絶させるの!」
「???」
「見てれば分かるわよ。右から順番ね。
ピエール。今の意味分かるわよね?」
指名を受けたピエールは手を上げて了解の意を示し、木の棒を構えた。
私は全く意味が分からないんだけど?
「準備できたみたいね。
ソファは良く見とくのよ。
ピエール~、行くわよ~」
声を掛けると同時に小さな雷を岩場に打つノエル。
小規模な土煙が晴れると確かにいた。サイズも言う通りだ。
草むらをかき分け四足の獣が低い唸りを上げて土を蹴り一直線に突進してくる。
ピエールは退かず、ただ木の棒を構えた。
獣が飛びかかる瞬間、身をひらりと横にずらすと棒が風を切り、獣の脇腹をかすめる。衝撃は与えず、ただ流すように受け流した。
二度、三度と獣は怒り狂って突進してきた。
そのたびにピエールは踏み込みを変え、棒の角度を調整し、獣の勢いをいなしながら間合いを測っていく。
「よく見ておけ、ソファ」
短く言葉を投げながら、次の突進に合わせる。
今度は棒をわずかに構え直し、獣が頭を下げた瞬間、すかさず振り下ろす。
鋭い一撃が額に命中し、鈍い音を立てて獣は地面に倒れ込んだ。
木の棒とは思えぬ正確さと重みのある一撃。
ただ力任せに振ったんじゃなく、獣の勢いそのものを利用した技だった。
「あら、ダンスみたいね。お見事」
「えぇ余興やなぁ。
もう一遍同じことできはる?」
セレナとシェルティが興味深そうに訊ねて風の魔法で拘束していたホーンラビットをけしかけた。
一直線に突進してくる獣に向き合うと、二度、三度と身をひらりと横にずらし、獣の勢いをいなすと四度目の突進に合わせ、先程と同じように額に一撃。
獣は地面に倒れ込んだ。
「いいじゃん!まさにお手本ね!
じゃあ次ソファ。
魔法使っちゃダメだからね~」
そう言うと風の魔法を解いてホーンラビットをけしかけた。
四足の獣が地を蹴り、突進してくると逆手に持った武器を握りしめて、ぎゅっと歯を食いしばった。
――くる…!
恐怖と緊張で体は固く、視線は獣ばかりを追ってしまう。
武器を振り上げたものの、勢いを殺すどころか真正面から受け止める形になった。
ガンッ! と衝撃が腕に走り、思わず後ろへよろける。
体勢を立て直す前に獣が二度目の突進。
「ひゃっ……!」
慌てて横に飛び退くが、フレイルの先は空を切り、獣の体をかすめることすらできない。
心臓が跳ね、頭の中は真っ白になっていく。
三度目の突進で反射的にフレイルを振り下ろした。
狙いは頭……のつもりだったのに力みによって軌道がずれ、獣の肩口に当たって弾かれる。
ドン、と突き飛ばされて草の上に転がるが必死に立ち上がって再び棒を握る。
…全然、できない…
――手は小刻みに震えていた。
それでも諦めずに棒を構え直す。
技なんかない。「立ち向かおう」とする意志だけが、今の私の武器。
獣は容赦なく再度突進してきた。
その瞬間、横から飛び込んだ影があった。
「下がれ!」
ピエールの声。棒を構え、獣の突進を流すように受け流すと、頭部に正確な一撃を加えて追い払った。
「獣を見すぎている。勢いを利用するんだ。頭を狙わず、流れを読むんだ」
再びの突進。
震える足を踏み込み、フレイルを構えて今度は獣の体全体の動きを見た。
迫る衝撃に合わせて、思い切って横へ避けて振り下ろすと
――かすかに獣の背を叩いた。
ズシン、と重い手応え。完全には効いていない。
でも初めて「当てた」。
荒い息を吐きながら、ほんの少しだけ笑みが零れる。
ピエールは頷いて短く言った。
「今のだ。次はもっと深く入れろ」
失敗の連続。助けを得てもまだ小さな一歩。
戦いは、まだ始まったばかり。
「今の良かったんじゃない?」
「ピエールのフォローがいいのよ」
「夕方までに形になるかなぁ?
トラヴァス!
あっちの岩場もやっちゃって」
指示を出すノエルたちの声が聞こえた。
「ええけど、大丈夫かいな」
トラヴァスが指示を受けたのか雷光が飛んできた。
土煙の向こうには三体のホーンラビット。
近くの私たちを確認したのか、すぐさま突進してくる。
「また来る……!」
「最後の動きを忘れずに。今度は連続だな。」
そう言ってピエールは自分は少し下がって私を前に出した。
一体目。
飛びかかってきた獣に向けて必死にフレイルを振り下ろす。
狙いは甘く、獣は体勢を崩しながらもまだ立ち上がる。
「止めは俺がやる。次から目を離すな。」
すぐさま横からピエールの棒が閃き、額に正確な一撃。獣は沈み込んだ。
「次は流れを殺さず、横に捌け」
短い指示が飛ぶ。
二体目。
少し慣れて来たのか獣を恐れずに身をかわせた。
避けながらフレイルを振り、獣の肩を叩いた。
完全には効かないが、倒れるまでの時間を稼ぐには十分。
そこへピエールが追撃を入れ、仕留める。
三体目。
今度は目を逸らさず、突進のタイミングを見極めた。
――今!
横に滑り込みながらフレイルを振り下ろし、獣の首元に当て、鈍い音とともに獣が転倒。今回は彼は手を出さなかった。
「よし、やれるじゃないか」
荒い呼吸の中、膝をつきそうになりながらも必死に踏ん張る。
恐怖はまだ消えない。
それでも、確かに手応えがあった。
ピエールの助けを借りながら私も一体を撃退した。
完璧じゃなくても、
――私にも倒せた。
「いい感じいい感じ!
最後良かったよね?」
「慣れて来たって感じかしら?
足が震えなくなってきたわ」
そう言いながらノエルとセレナがこちらへ近付いてきた。
「もう一体ほどソファ1人で対応させてみたいんだが…」
「鬼か!ヘトヘトじゃん。まぁいいけどさ」
ピエールの要望を受けて近くの岩場へ雷光を放つノエル。
土煙が晴れて出て来たのは6体のホーンラビット。
そのままこちらに気付くと唸り声を上げ一斉に突進してきた。
「ぎょうさんでてきたなあ」とシェルティ。
「シェル。お願いね」とセレナ。
「はいはい、一体だけ残せばええんやね」
そう言って尻尾を振ると薄紫の光が弧を描いて宙を駆けた。
ひゅん、と風を裂く音が響き、滑らかに軌跡を描きながら残光を尾のように引いていく。
放物線はやがて緩やかに曲がり、まるで意思を持つかのようにホーンラビットの首元を捉えた。
――息を切らす私の前に、最後の一体が唸り声をあげて立ちはだかるが、3人は後方で手を出す様子もない。
何度も転んでは弾き飛ばされた。
腕は痺れ、足は重い。
繰り返し教え込まれた言葉が頭の中に響く。
――勢いを殺すな。恐れず横に流せ。
獣が地を蹴り、突進してくる。
目を閉じちゃ駄目だ。
視線を逸らさず、獣の全身を捉える。
「……来い!」
間合いに入った瞬間に横へ滑るように踏み込み、フレイルを振り下ろした。
乾いた音。衝撃が手に走る。
狙いは正確に獣の頭部を捉えていた。
獣はよろめき、そのまま倒れ込んだ。
「や、やった……」
声が震える。
倒れた獣を前に、心臓は激しく高鳴っている。
それでも確かに、一人で仕留めた。
後ろから拍手の音。
振り返れば3人が満足そうに微笑んでいた。
私のハンターとしての戦いは、ようやく一歩目を刻んだ。
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…倒せたぁ。
ホーンラビット→ウサギ?
何体倒せたんだろう?
ちょっと長くて…疲れたぁ…
でも皆、最後まで見守ってくれてありがとう。




