ギルドにて ~ハンターたちの世間話~
昼時を少し過ぎた頃、冒険者ギルドの食堂はハンターたちで賑わい、ゆったりとした空気に包まれていた。
長机の上には空になった皿とジョッキが並び、受付のカウンター奥では、今日も大量の報告書が積み上がっている。
壁際の掲示板には、新しい依頼書がいくつも貼り出され、それを眺めては
「あー、またウルフ退治か」
と溜め息をつく声。
外から吹き込む風が紙をふわりと揺らした。
「やれやれ、昼に帰ってこれる依頼ってのはありがたいな」
「まったくだ。夜通し森を歩くのはもうごめんだ」
重い鎧を脱いだ男たちがテーブルを囲んで笑う。
隣の席では、短弓を背負った若いハンターが報酬袋を指で転がしながら、
「今日は少し奮発できそうだなぁ」と笑みを浮かべる。
それぞれが小さな談笑を交わし笑い声が断続的に響く中、一人がふと呟いた。
「そういえばよ、“スプライトクインテット”って解散したんじゃねぇのか?」
その一言で、場の空気がわずかに動く。
テーブルに肘をついていた連中が顔を上げ、
「ノエルのトコか」
「あいつ以外は引退したろ」と
興味を引かれたように声が重なった。
木の椅子が軋む音とともに、
昼下がりの雑談がゆっくりと
「噂話」へと形を変えていく――。
◇
ノエルは、赤髪をざっくりと後ろでまとめている。
燃え立つ炎のようにも、枯葉を撫でる夕陽のようにも見えるその色は、
彼女の気性そのものを映していた。
大きく切れ長の瞳は鋭く、確かな自信が宿る眼差しだ。
口元はいつも笑っているようで、挑発と余裕が混じった笑みを浮かべる。
戦場を知る者らしく、日に焼けた肩には細い傷が幾筋も走っているが、それすらも装飾のように見え美しい。
魔法使いなのに鍛え上げられた身体は、女性らしい曲線を保ちながらもしなやかで無駄がない。
戦場では凛々しく、酒場ではざっくばらんに笑う。そのギャップこそが彼女の魅力だった。
◇
「2,3日前に依頼受けて出てったの見たぜ。新しくパーティー組んだんじゃねぇのか?」
「こないだの新人パーティーの酒豪の女の子も拾ってったらしいぞ」
「いや、あれは“拾う”じゃなくて“強制的に面倒見る”だ」
「面倒見いいんだか、お節介なんだか…性分だな」
「だが魔法はすげぇぜ。噂じゃ竜巻でワイバーン百匹以上まとめて吹き飛ばしたとか」
「百匹!? おいそれもう軍隊だろ!」
「一仕事終わったら、ケロッと“おつかれ~、飲みに行く?”って肩叩いてくるんだよ。その笑顔がたまんねぇ!」
「ツンからデレの切り替え速すぎて、風圧感じるレベルだな」
「笑顔ねぇ…確かに見た目だけならピカイチじゃねぇか?」
「お、始まったぞ……」
「淡い赤髪に出るとこ出て長い脚、あの立ち姿……戦うより物語にでも出てくれりゃ、俺買うわ」
「いや、あれは絵には収まらねぇ。動いてこそ映えるタイプだ」
「……お前、詩人か?」
「こないだ砦の迷路から見上げた時は惚れ惚れしたよな?」
「あんな恰好で戦場に立つとか正気じゃねぇよ。あの軽装だぞ?肩にちょこっと金属付いてるだけだ。」
「そりゃあの体のラインで全身鎧なんか着たらもったいねぇって話よ!腰がいいんだ腰が!こうキュウッとしててよ」
「昔ナンパしてた奴、三人ほどまとめて飛ばされてたなぁ」
「戦場以外で戦闘不能にされたのかよ」
「まぁでも、仕事は認められてんだよな、みんなに。こうやって軽口は言ってても悪口は聞かねぇ。言ったら最後、全員が“世話になったろ”って黙らされるからな」
「結局、ノエルはギルドの良心なのか?」
「いや、良心というより……暴風の化身だな」
「うまいこと言ったな。いつもどっかで誰かが吹き飛ばされてんだ」
◇
ソファは、どこか風のような少女だった。
短めの茶髪は動くたびに軽やかに揺れ、まるで彼女自身の性格を映すように、自由でまっすぐだ。
瞳は澄んだ焦げ茶。笑えば一気に表情が明るくなり、見ている者の心をほぐす。
小柄で体付きはまだ華奢だが、手や腕には日々の訓練で生まれた筋がわずかに浮かぶ。
笑顔は太陽そのものだが、怒るときは意外と頬を膨らませる。
嬉しいときも悔しいときも表情に出やすく、それがまた彼女の愛嬌となっていた。
誰にでも親しみやすく、真っすぐで、どこか危なっかしい。
そんな彼女を放っておけないのは、ギルドのハンターの共通認識だ。
◇
「…酒豪の女の子って、砦の戦いの時にノエルの横で一緒に土壁作ってた子か?」
「なんだよ。気になんのか?」
「バカ言ってんな。ありゃまだガキだろ。背なんか俺と並んだら顔見えねえぞ」
「小便臭さはあるがよ。ありゃ化けるぜ。まず目がでけぇ」
「背がちっちぇえのも含めて見た目は可愛いけどな…」
「お~い、こいつまた始まったぞ……」
「ソファちゃんか?あの目がやたらキラキラした茶髪の?」
「めちゃくちゃ礼儀正しいよな」
「この間ギルドで“お腹すいた~”って真っ先に厨房向かってたぜ」
「ははっ、やっぱそこ子どもだな」
「いや、逆に好感あるわ。俺も討伐のあと腹減ってんだよな」
「見てると元気出るよな」
「そうそう。あの笑顔見てると“今日もやってやるか”って気分になる」
「お前、まさか惚れたんじゃ――」
「ち、違ぇよ!あの子、うちの娘より年下だぞ!」
「じゃあもう“ギルドの娘”ってことでいいんじゃねぇか?」
「どっちかってとノエルが姐さんなら、ソファちゃんはギルドの妹だ」
「ただ武器は妹の域じゃねぇけどな」
「武器なんか持ってたか?あ、杖か?」
「“ダンナ”の武器庫から頂いたみたいなんだがよ。なんとフレイルだよ、フレイル! しかも先っぽが魔物の核のレア物だぞ!」
「この前館の広場でブンッてやったら、壁ぶっ壊したって聞いたぞ」
「マジか。どんな新人育ててんだよ、ノエル姐さん」
「いや、むしろ姐さんが止めに入る側だったらしいぞ」
「それで止まるんか?」
「止まらんかったらしい」
「だよな」
ギルド内に笑いが広がる。
◇
セレナは夜に咲く華のような女だった。
緑色の長髪がゆるく波打ち、光を受けるたびに艶を増す。
その髪を無造作にかき上げる仕草ひとつが、周囲の空気を静める。
瞳は妖しく濡れ、視線を合わせた者は、そこに吸い込まれるような錯覚を覚える。
肌はきめ細やかで温かみを帯び、勢いよく盛り上がる双丘は夢幻的な深い谷間を作る。
彼女がゆるやかに歩くと、どこか官能的なリズムを刻み彼女が通るたびに男たちは息を止め、微笑めば空気が和らぐ。
◇
「じゃあその2人でパーティー組んだのか?」
「んなわけねぇだろ!ここに居て分かんねぇのかよ!」
「何キレてんだよ?」「あ?」
「あぁ~?外でやれ外で!ってこの流れで分かったろ?」
「………セレナか!?」
「マジか!」
「あれ?そういえば奥にいねぇ」
「いつもなら止めに入るからな」
「まさかあの恰好で外出てんのか?」
「ノエルどころじゃねえ…服着てんのかってレベルだからなぁ」
「あれで風魔法使いなんだよな?」
「歩くだけで風の流れ変わるんじゃねぇか?新人の頃横通られただけで心臓止まるかと思ったわ」
「俺なんか、挨拶された瞬間、依頼書逆さに読んでた」
「それはお前がバカなだけだ」と笑いが起こる。
「俺こないだの砦で治療してもらったんだよなぁ」
「おい!誰かコイツ埋めちまえ!」
「待て待て待て、話聞いてからでも遅くねぇ」
急に殺気立つ男たちに睨まれさっきの男がエールをあおって言った。
「いや、目をやられたんで見えてはないんだがな。気付いたら聞こえた音がすげぇんだ」
「で?」
「男どもの呻き声が甘いんだよ!それもそこら中からだからよ。あぁ、俺死んだのかって思ったらよ。水音が聞こえたんだ。あれは脳に響く水音だな」
「…で?」
「声が聞こえたんだよ。『我慢してね。すぐに楽にしてあげる』って」
「……で?」
「急に頭が暖かく柔らかい何かに埋められ…甘酸っぱい匂いに包まれ…その…吐息がよ…」
「…今すぐコイツ埋めてこい――」
「まっ!待て!俺より最近来たあの男だ!アイツ今の3人に囲まれて一緒に出てったの見たぞ!」
「埋めるのは待て…どういう事だ?」
「アイツだよ!金髪の優男!」
「……それが?」
「さっき言った通りだよ!2,3日前にアリアと話した後一緒に大鹿に乗って出てったよ」
「待て…出てっただと?俺はその大鹿連れて帰って来たのを見たぞ?」
「あのどっかの王子みてぇなヤツか?どっかの貴族とかの坊ちゃんじゃねぇのか?」
「そんなのがギルドに来るかよ」
「…そうだな…どうする?どういうこった?」
「話を整理するとだな。ノエル、ソファちゃん、セレナとそいつでパーティーという事か?」
「えぇ……」
「いや、笑えねぇ」
「そいつ前世は神か何かか?」




