聖夜 ある夫婦のひととき。
「今日は聖なる夜だな」
「ふふっ、急にどうしたの?」
黒曜石の岩壁に反射する金属の煌めきと、見上げた湯けむりの向こう側の星の輝き、肩を寄せ合った2人は絶え間なく注がれる温泉の水音に耳を傾けながら目を合わせた。
「あの赤い星がファニーだ」
「そう?じゃあピエールは?」
「その右側にある白い星かな」
ピエールが星空を指さし、頬を寄せながら夫が2人に例えた星を探して彼女が眉を寄せる。
「あの2つの星のこと?
間に雲がかかってるよ」
「少し前までの俺たちだな」
「雲が晴れるまでは別々の国…」
そう呟くと、彼女は夫から頬、肩、指先の順に離れ悪戯っぽく夫の顔を見つめて微笑む。
ふいに星空と同じように2人の間に湯けむりが立ち昇る。
「見えなくなっちゃったね」
彼女が残念そうに呟く。
「あの時もそうだった。
もう一度謝らせてくれ
仕方なかったとはいえ
本当にすまなかった」
湯けむりの向こう側で愛しい妻の赤毛が俯くように傾いた。
「迎えに来てくれるって信じてた」
少し責めるような口調。反論はせず、次の言葉をじっと待つピエール。
「信じてたのになぁ」
堪らず妻の元へ歩み寄ろうと体を向けると水音が上がる。
「そんなに早くは来なかったよ」
その言葉に伸ばした手を止め唇をかむ。
「そう言えばあの時も確かお風呂を出てすぐだったかな」
「…なんの話だ?」
「コードさんが迎えに来た時」
「――まさか!!」
「後ろから口を塞がれて…
あなたの遣いだって
指輪を見せられて…」
「待ってくれ!まさか…」
「離された時思わずパシンって。
指輪握ってたままだったから
思ったより力入っちゃった」
「待ってくれ…その…」
「家の外に出てからも大変。
周りには軍人さんがいっぱいいて、
夜通し移動してお城に着いたの」
「苦労を掛けてすまなかった」
「あ、雲が晴れたみたいだよ?」
湯けむりの向こう側に星空を指さす妻の手が見えた。
見上げた空にあの雲はもういない。
湯に少し足を取られながらも、ピエールが倒れるように妻を抱き締めると大きな水音ともに飛沫が上がる。
「迎えに来てくれた」
髪を撫でながら何度も頷いた彼は名残惜しそうにしながらも妻と共にもう一度星空を見ようと仰向けになった。
「間にもう一つ星があるな」
「…セレナさんと同じ翠色」
「彼女とは何もない!」
「彼女とは?」
「信じてくれ!ファニーだけだ!」
「ほんとかなぁ?」
拗ねた口調ながらも、彼女は指先を絡め、肩に顎を乗せ、額を頬に付けて耳元で囁いた。
「うそ。信じてるよ」
そう言うと優しく頬に口付けてから隣に寄り添い仰向けになった。
「聖なる夜なんだよね?」
「ああ、そうだ」
「綺麗な星空…
ほんとにそうかもね」
「今決めたことがある」
「…?」
「この星に誓おう」
「どの星?」
「目に見える全ての星にだ」
「何を誓うの?」
「もう離さない。
これからは一緒に旅をしよう」
「楽しそう…
じゃあずっと一緒にいられるね」
湯気の白に包まれながら、
赤と金が交じり合うように重なると
湧き出る水音と、波紋。
星空だけでなく、
地底の星も2人を祝福していた。




