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初めての星の話

「ようこそ! 天文部へ」

中に入ると、本やファイルがずらりと並んでいた。見覚えのある地球儀や世界地図、よく分からない紙の束なんかも置いてある。篠崎は地球儀をもう一度見て、なるほどと思った。でも、とりあえず聞いてみることにした。

「ねえ、えっと、海野さん?」

「はい! 何ですか?」

「もしかしてなんだけど、この部屋は物置き的な感じだったりするのかな?」

地球儀には可愛らしいクマの絵がついた布がかけられている。以前、社会の先生が持ってきた地球儀にも同じような布がかけられていた。

「そうなんですよー。天文部がきちんと活動してた時はちゃんと部室だったらしいんですけど、部員が少なくなってから半分は物置き状態らしいです。とりあえず活動はできるので困ってないんですけどね」

あまりにも扱いが雑すぎやしないか。まあ、活動に影響が出ていないならいいのだろうか。海野は奥の机に荷物を置く。海野にならって篠崎も隣に荷物を置いた。すると、突然視界が明るくなった。海野がカーテンを開けたのだと音で分かった。そして、信じられないことに海野は窓のカギに手をかけようとしていた。

「ストップ! もしかして窓を開けようとかしてないよね?」

「? 開けようとしてます。問題ありますか?」

「だって、寒いでしょ」

「関係ないです。いや、むしろこの時期だからこそ換気が必要なんですよ。それとも先輩は花粉症なんですか?」

「いや、花粉症じゃないけど、でも」

「はい。花粉症じゃないなら換気します」

抵抗もむなしく海野によって窓が開けられた。風が小さな音を立てて部屋に入り込んでくる。寒い。ふわっと金木犀の香りがして、思わず、顔をしかめる。

「はー、涼しい。やっぱり冬の空気はいいですね」

信じられないことを言い放つ海野に反論する。

「いや、寒いの間違いだ。冬の空気がいいのには賛同するけど」

「もう、分かってないですね。冬の澄んだ空気を表現するなら、絶対寒いより涼しいの方がきれいさ的に合ってると思うんですよね」

よく分からない持論を聞かされながらも、もう窓が開いてしまったことに変わりはないと篠崎は諦めた。

「少しだけなんで我慢してください。もう少し経ったら閉めるので」

そう言って海野はスムーズに床に腰を下ろした。なるほど。床で話すスタイルなんだね。海野にならって篠崎も床に座る。ニスが塗られていない床がぎしりと小さく音を立てる。目線が低くなってから、もう一度部屋の中を見渡してみると、やっぱりどこか懐かしい感じがした。この中学校の教室はニスが塗られたきれいな床が多いが、こんな部屋も残っているのだなと考えていると、海野が不思議そうにこちらを見ている。

「どうしたの?」

「いや、先輩こそどうしたんですか? この部屋なんか変ですか?」

辺りをきょろきょろしていたので海野にはそう映ってしまったようだ。

「いや、どことなく懐かしい感じがする部屋だなと思って」

「いいですよね。この雰囲気! なんか秘密基地感ありません?」

「なんとなく分かるよ」

「ですよね~。こんな素敵なところで星の話ができるなんて幸せです!」

「まだしてないけどね」

「もう、今からするって考えるだけでもワクワクするってことですよ! というか、そうですよ! 星の話するんですよ!」

んー、まずは何から話そうかなーと海野が目をつぶって悩んでいる隙に篠崎は決行しようと立ち上がる。しかし、立ち上がるだけで、床はギシリと音を立てる。なんて空気の読めない床なんだと、先ほどまで好感を持っていた床に悪態をつく。当然海野は目を開けて眉を寄せ、こちらを見る。

「何してるんですか?」

「いや、もう十分かな?と思って?」

不自然に疑問符を繰り返し、窓を指さす。すると、海野が小さく笑いだす。

「いいですよ。もう十分換気できましたし。私一人なら帰るまで開けてるんですけど、篠崎先輩が寒さで風邪ひいちゃいそうなので」

笑い事じゃないぞ。とりあえず身の安全を確保してから、床に座る。すると、それを待っていたのか海野が話し出す。

「先輩は好きな星はありますか?」

「好きな星ね、オリオン座とかかな」

星に詳しくなくても、あの砂時計の形をした星座はつい冬の夜空を見上げて探してしまう。

「いいですよね。狩人オリオン」

「狩人?」

「?はい」

「……どう見ても人には見えない」

星好きの海野に言って気を悪くしないかと不安になったが、そうでもないらしい。篠崎の言葉に海野が笑う。

「ふふっ。そうですよね。私も調べるまではまったく人には見えませんでした」

そう言って、海野は鞄から出したノートにオリオン座を書いていく。おなじみの三つの星をかいた後、砂時計の四つ角をかく。うん、これがどうやって人に? そう思っていると、砂時計の上側に知らない点をいくつも打っていく。そして、線で結んでいく。定規を使っていないのに海野の線はきれいだった。

完成したのか、ノートをこちらに向けてくれる。

「これがオリオン座です。省略しちゃった部分もありますけどね」

ふむ。砂時計に二本何かが生えていた。

「なるほど、これが腕?」

「はい! オリオン座ってどうしても砂時計の形に目がいっちゃうんですけど、この部分も含めてオリオン座なんです」

なるほど。腕の間には頭があって、あれ?

「じゃあ足はどこ?」

「んー、そこはご想像にお任せします」

「心の目で見るしかないのか。昔の人は本当に想像力が豊かだ」

「そこが素敵なんじゃないですか」

そう言って先ほどかいたオリオン座に何かを付け足していく。

「まだ何か生えるの?」

「違いますよー。冬の大三角形です」

「あ、それは聞いたことあるよ。オリオン座の一個の星が三角形の頂点の一つになってるって」

「流石ですね~。そうです。オリオン座のベテルギウスと、シリウスとプロキオンっていう三つの星からできた三角形を冬の第三角形と言います」

なんだか、数学の授業を聞いているみたいな気分になってくる。

「そのシリウスとプロなんとかも何かの星座の一部なの?」

「ご明察です。シリウスはおおいぬ座の一部、プロキオンはこいぬ座の一部です」

そこから海野の星座談義が始まる。話が進むにつれ、海野のノートは埋まっていき、篠崎も不思議と海野の話を真剣に聞いていて、気づけば一時間ほど経っていた。

「そろそろ、帰りましょうか」

海野がそう言って立ち上がる。

「そうだね。今日は話をしてくれてありがとう」

海野が照れたように笑う。

「どういたしまして」

職員室に鍵を返しに行って外に出ると、もう外は暗く星が見えていた。


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