出会い
「え?」
独り言にしては大きすぎる声だったため、思わず篠崎は横を見る。知らない女の子だった。でも、どこかで会ったような気もした。誰だろう? 彼女はいまだに篠崎を、いや篠崎の鞄を凝視していた。
「それ、木星ですよね?」
彼女は篠崎の鞄につけているストラップを指さしてそう言った。
その瞬間、彼女が誰に似ているのか分かった。小学生のとき、いっしょに惑星ごっこをしたあの子だ。あの子に似ている。でも、きっと本人じゃない。
「聞いてます?」
何も言わない篠崎に耐えかねたのか、もう一度彼女は繰り返す。
「うん。聞いているよ。びっくりしたんだ。急に話しかけられて」
そんなことはどうでもいいというように彼女はじっと篠崎を見る。
「うん。木星だけど、それがどうかしたの?」
先ほどまでの不機嫌な顔が嘘のように、笑みを浮かべて彼女は言う。
「やっぱり! 木星好きなんですか? というより、星が好きなんですか? 宇宙に興味があるんですか? そのストラップってあのプラネタリウムでもらえるやつですもんね。いいですよね、宇宙って。壮大で、キラキラしていて、分かんない謎が多くて、ほんっと、ロマンって感じですよね。分かります。分かりますよ。あの」
キーンコーンカーンコーン、キンコンカンコン。延々と続きそうな彼女の語りを止めたのは、予鈴だった。
「はっ! 授業始まっちゃう。あなたも授業行きますよね? あなたのお名前だけ聞いてもいいですか? あ、私は一年の海野すみれって言います!」
「……僕は、篠崎だよ。二年の」
「篠崎先輩って呼んでもいいですか? また放課後お会いしましょう!!」
そう言い切って、深めのお辞儀をして校舎の方へと走っていった。とても元気な子だ。自分も一年生のときはあんな感じだったのだろうかと考えようとしてやめた。とりあえずチャイムに助けられた。彼女が走り去った後に、ゆっくりと篠崎も教室へと向かった。
普段通りに授業を受け、気づけば放課後になった。どうして、こんなに時間ははやく進むのだろうか。好きなことをしているときほど時間の進みがはやいなんて言うけれど、そうでもない時間だってあっという間に過ぎていっているように篠崎は思う。そういえば、あの子は、また放課後にと言っていたな。どうやって会うつもりなのだろう。まあ、別れの常套句のようなものだったと考えよう。隣のクラスに園田を呼びに行ったが、まだホームルーム中だった。とりあえず校門で待とうと校舎を出るが、見覚えのあるポニーテールの子が目に入る。
大勢の生徒が帰宅しようとしている中で、じっと立ったまま、じろじろと辺りを見回していて、明らかに目立っていた。彼女が探しているのは僕なんじゃないかとも思ったけれど、篠崎は気づかないフリをすることに決めた。こういうのは隠れようとする方が目立つのだ。逆に堂々としていた方がいい。とりあえず、園田には別のところで待っていると伝えよう。そう考えながら、通り過ぎようとしたところで、篠崎先輩!と呼ばれる。やめてくれ。僕は目立つのが嫌いだ。無視するわけにもいかず、篠崎はとりあえず振り向く。そこにいたのは、もちろん彼女だった。あろうことか彼女はこちらを指さしている。こんなの注目してくださいと言っているようなものだ。
「もう。どうして帰ろうとしてるんですか! 朝約束したじゃないですか!」
約束などしていない。しかし、周りからはどう見られているのだろう。仕方なく篠崎は答える。
「僕は約束していない。君が一方的に言っただけだよ」
「それはそうですけど、もう約束みたいなものじゃないですかー」
とんでもない。あんなものが約束になるのなら、世の中は息苦しくて仕方ないだろう。
「ま、いいです! それより朝のお話の続きをしましょう。たしか、木星の話で……」
「ストップ。君ここで話し始めるつもり?」
「?はい」
何か問題でもあるんですかという風に彼女はこちらを見てくる。大ありだ。僕は極力目立ちたくないんだ。
「分かった、君と話そう。でも、外は寒い。ずっと話していたら風邪をひいてしまう。校舎の中で話そう」
口実に使ってみたが、本当に今日は風が強く肌寒い。はいっと元気よく返事をする彼女に、少しうんざりしながらも、二人で校舎の中に戻ることにした。校舎には思ったよりまだ人がいた。これなら、外で話すのとあまり変わらない。どうしようかと悩んでいると、海野が歩き出す。
「先輩、こっちです」
とりあえず彼女についていくことにする。彼女は、廊下をまっすぐ進む。少し歩いて、職員室にたどりつく。こんな場所で話すのか。そう思ったが、
「失礼します。一年四組の海野すみれです。部室のカギをとりに来ました。入室してもいいでしょうか」
なるほど、部室ね。でも、部室に人はいないのだろうか。職員室からパタパタと出てきた海野はこちらに鍵を見せて笑う。
「お待たせしました。それでは、私の部室にご案内しましょう!」
海野は篠崎を先導するように前に出て歩き出す。
「海野さんは、何の部活に入っているの?」
こちらを振り向く。
「天文部です」
鍵についている輪っかを指でくるくる回しながら、得意げに海野は言う。
「それは……、すごいね」
「はい! 普段は、星や惑星のことなんかを図書館の本で調べたりしてます」
「夜に星を見る活動なんかはないの?」
天文部と言えば、学校の屋上で望遠鏡なんかを使って天体観測をやっているイメージだ。
「……実は、まだやったことないんです。顧問の先生も忙しいのかあんまり部室に来ないし」
「じゃあ、部員だけで星を見たりとかしないの? 夜遅くとかは難しいだろうけど、この時期ならもう六時をこえれば星が見えるし」
この時期はいつ夜になったのか気づかないくらい、いつの間にか夜になっている。自分たちで自由に星を見れるだろう。
「もちろん見てますよー。すごいきれいなんですからね。じっくり星空を見たことあります? じっと見てると気づかなかった弱い光の星を見つけたときなんかすごい興奮します」
「双眼鏡? 望遠鏡みたいなの使うの?」
「いいえ。私は肉眼派です」
「でも、望遠鏡使った方がよりクリアに、たくさんの星が見れるんじゃない?」
「それはそうですけど、そのまま星を眺めるのけっこう楽しいですよ」
それは僕も同意だ。何か準備して星を見るのもきっと素敵だけど、ふと見上げた空に星を見つけるのもいい。
「そういえば、部室に他の部員さんはいないの?」
先ほど湧いた疑問を思い出したように口にする。
「部員は、私一人なんです」
それって、部活じゃなくて愛好会なんじゃないだろうか。
「でも、私は天文部に入るのが夢だったんです! 星が好きな人とたくさん話して、天体観測やって、文化祭ではプラネタリウムなんか作ったりして……」
言いつつ、海野は視線を下げる。まったく…、こんなの断れるわけないじゃないか。
「じゃあ、今日は僕と話そう」
「え?」
その言葉に海野が顔を上げる。
「もともとそのつもりで僕をここに連れてきたんでしょ。惑星の話。まあ、僕は本当に詳しくないから、君の話を聞くだけになると思うけど、楽しそうだ」
海野はみるみるうちに満面の笑顔をつくりあげる。この子はこんなに分かりやすい感じで大丈夫なのだろうか。見ていて不安になる。
「じゃあ、何の話から始めましょうか!」
「はい、ストップ。部室に案内してくれるんでしょ? 話はそれからでも遅くないよ」
ここで話し始めるのなら、何のために移動してきたのか分からない。
「もうー。今、絶対話してもいい雰囲気だったじゃないですか」
ぶつぶつと言っている海野を適当に流しながら天文部の部室にたどり着く。海野が鍵を開け、ドアノブを回すと、独特な香りが広がった。なんだか小学校の香りのような懐かしい感じがした。
「ようこそ! 天文部へ」




