金木犀をどうぞ
「お兄ちゃん、ありがとう。お礼にこれあげる!」
両手で何かを包んで、その子はぐっと手を突き出す。篠崎は屈んでから手を広げる。その子は篠崎が開いた手の平にオレンジ色の何かをぱらぱらっとのせた。篠崎は少しの間の後で、女の子に笑顔を向ける。そして、ありがとう、と礼を言った。
その子はどういたしまして、と満足そうに笑って家の中に駆けていった。
横から園田が篠崎の手のひらをのぞき、にやっと笑う。
「よかったな。かわいいプレゼントがもらえて」
篠崎は園田の方を向いて、わざとらしい笑みをつくってみせる。
「僕は金木犀が嫌いなんだ」
「俺は好きだよ」
手のひらに乗った金木犀の花を見ながら彼が言った。
「じゃあ、ゆうにあげるよ」
手のひらを彼の方に向ける。彼はあからさまに顔をしかめた。
「いらねーよ。お前がもらったやつだろ」
「もらいたくてもらったわけじゃないよ」
「じゃあ、最初から受け取らなかったらよかっただろ。あんな笑顔までつくっておいて」
あの場面なら誰だって笑顔を向けるだろう。
「君の教えに従ったんだ。女の子には優しくするものなんでしょ?」
「時には、正直にいらないと断ることも優しさだって知らなかったか?」
「それは先に言っておいてくれないと」
園田はわざとらしいため息をついて横目で篠崎を見て言った。
「俺はお前のそういうところが嫌いだ」
友人にこうも面と向かって嫌いと言われるとは。心外だ。園田に対抗するように胸がいたんでいると言わんばかりに手で胸を押さえてこう返す。
「そういうところって?」
園田は篠崎を見て無駄なやり取りだと感じたのだろう。今度は口角をあげて言う。
「曲がってるところ」
「うるさいよ」
つられて篠崎も普段通りに返す。
「ま、なんにせよ、女の子からもらったプレゼントは大事にするもんだ」
女の子に限るところが園田らしい。男の子からのプレゼントも大事にしろよと言いたかったがやめた。
「こんなのもらって、どう大事にするんだよ」
篠崎は自分の手のひらに載るオレンジ色の花びらを見ながら言う。
「庭のすみにでも撒いとけ」
ポプリにでもするのかと思っていたため、園田の回答に面食らう。
「それは大事にできてるの?」
園田が自信ありげにうなずく。
「もちろんだ。毎日香りをかいで、その子のことを思い出せよ」
確かに庭に撒いていれば、しおれてしまうまでは、強い香りを放ち続けるだろう。存在を主張し続けるそんなところもこの花の嫌いなところだ。
「自分の近くにこの花があるなんて、考えるだけでも気分が悪くなるよ」
金木犀に罪はないが無理なものは無理なのだ。
「嫌いなのは香りだけじゃなかったか?」
そう思っていてどうして毎日香りをかげなんて言ったんだ。心の中で悪態をつきながら、質問に返す。
「嫌いだよ。でも一番は名前が嫌いだ」
「そうか?」
「うん」
香りがすると、無理やりにでも金木犀を意識してしまうから苦手だ。でも、一番は金木犀という名前だ。小さいときのことを思い出すから、嫌いだ。
小学生の頃、惑星ごっこという遊びが流行った時期があった。休み時間になるとみんなで校庭に向かっていって、それぞれが惑星を名乗り、誰が一番強いだのかっこいいだのくだらないことを言って遊んだ。だけど、流行ったといってもほんの一瞬で、太陽役も月役も次々と飽きてやめていった。そして、最後に残ったのが、木星と金星だった。
太陽も月も、地球もなくなったのに、木星と金星だけが存在するその空間は子供ながらにどことなく不思議な感じがした。
「惑星の役をスカウトした方がいいかな?」
「いや、しばらくは僕たち、木星と金星だけでいようよ」
本当はずっと思っていた。木星と金星、僕と君だけで過ごせたらどんなにいいだろう。地球がいなくなったって、太陽と月がいなくなったって、その空間はとても心地よかった。それは、幸せな時間だった。
「俺はけっこう好きだぜ。なんか冬って感じがするしな」
「どちらかというと秋じゃない?」
そう返すと、細けーことはいいのと園田が言う。
「空気が澄んでたら、もうそれは俺にとって冬なの」
「へー、ゆうは冬が好きだったの?」
「ちげーよ。俺はどの季節も好きだけど、その季節を感じるものってなんかよくねーか?」
「さあ、僕はよく分かんないよ」
なんとなく分かる気もするが、金木犀に関しては全く同意できない。
じゃあ、俺が教えてやるよなんて言い始めたゆうの話に適当に相づちをうちながら歩き、いつものコンビニで別れた。




