6話 下級生の教室があるフロア、そこに行くのもそこそこ緊張するんですよ?
「恋崎くん、あの子?」
「いや、1番前の席に座ってるあの子」
「ふむ。ストレートのボブか。ポイントは高いな」
次の日の昼休み。帰宅部の3人は1年3組を教室後ろドアの窓から覗き見ていた。完全に不審者である。しかも2年生なので余計に浮く。
「それじゃ月宮さん声かけてきてよ」
「恋崎くん、それは、何かおかしいって、思わないの?」
「でも同性の方が話しやすいじゃん?」
月宮さんは視線だけ僕に向け、無言の圧を送ってきた。僕は耐えられなかった。
「それなら池田、キミに決めた」
「バカめ。オタクが知らない女子に話しかけられるわけないだろ」
「でもお前、顔は良いじゃん?」
池田も視線だけを僕に向け、無言の圧を送ってきた。僕は耐えられなかった。
でも大丈夫。僕は昨日、『日本で最も多くの廃部を見届けた高校教師による、新人勧誘の必勝メソッド』なる本を読んできた。途中まで読んで、あれ、結局廃部してね?とは思ったけど、読んだ時間が無駄だったと思いたく無い一心で、読み切った一冊だ。無駄にはならない、きっと。
「わかった。それならあと5分、って待って押さないで。まだ心の準備できてないから、ホント待って」
「あのぉ、先輩方、私達のクラスに何か用ですか・・・?」
急に横から声をかけられ、僕達3人はビクリと大きく体が跳ねる。この3人、初対面に対する免疫が無さすぎる。
声の主を見れば、1年生の女子3人が体を寄せ怯えながら立っていた。考えても見れば、初対面の2年が3人も集まって、こそこそ教室を覗き見ていたのだ。ごめんね怖がらせちゃって。
「えぇーと人を探していて・・・。それでその、なんて言うか・・・」
僕を盾にする様に2人は後ろに隠れているので、仕方なく僕が会話を試みるが、心の準備ができて無さすぎる。
いつも初対面の人と話す時は、ホストだかコンサルだかの参考書から言葉を引っ張ってくるのだが、それには前もって準備が必要なのだ。
シミュレーションしていない会話がスラスラとできるようであれば、あんな本読んでいない。
こんなことなら、白石先輩達を連れて来れば良かった。格好をつけて、OGである先輩たちの力は借りたくない、なんて言ったのは誰だよ。・・・あれ、僕だ。昨日の自分を殴りたい。
「誰か、呼んできましょうか・・・?」
「お願いします・・・。あそこの前の席にいる茶髪の人です・・・」
怯える後輩に気を遣われた。思わず敬語出ちゃうし、先輩としての面目はどこへ行った。
「あぁ、小桜さん・・・。わかりました。呼んできます」
僕の指さす先を見ると、彼女達の雰囲気が明らかに変わった。疎ましさ、とでも言うのか。彼女達の気持ちは知る由もないが、小桜さんに対する冷たさだけは確かに感じ取れた。
「なんだか厄介な問題を抱えてそうだな」
「うん。涼風さんが勧めたの、そう言うこと、なのかも?」
彼女達の雰囲気の変化は、2人にも伝わっていた。それほどまでに露骨な変化だったのだ。
程なくして、呼び出しに応じた小桜さんが教室の外に出てくる。そして僕の顔を見ると──────。
「あっ、元ホストの・・・」
────── 一歩後ずさった。
「ちょっと待って、僕は別に元ホストじゃないからね?」
「そうですね」
もう一歩、距離が開いた。
「急に、ごめんね。それと、恋崎くんが、ごめんね」
「いえ、大丈夫です」
月宮さんを見ると警戒心が薄れた様だ。
「・・・・・・」
そして池田のキャラTを見て、再び警戒の色が濃くなった。
やはり人選を間違えた。
「あのさ。ここじゃなんだから、場所を変えない?あ、お昼もう食べ終わってる?」
「えぇ、もう食べ終わってますが」
「それなら社会科準備室に来てくれないかな。コーヒーとか紅茶とか飲めるし」
そう、昨日の紬先輩のリクエストから、ティーパックを持ってきているのだ!持ってきたの月宮さんだけど。
「え、それって校則違反じゃ」
「大丈夫だって。校則違反だったら先生達に取り締まられてるって」
「まぁ、たしかに・・・」
正確には高岡先生がこっそり持ち込んでる物で、僕達はそれをこっそり飲んでいるだけなのだが。いや、紅茶に関しては立派に校則違反か。
「大丈夫、ちょっとだけ、話、聞いて欲しい、だけ、だから」
「はぁ、それくらいなら良いですけど」
月宮さん相手の時は小桜は、いくらか態度が柔らかくなる。
そこに付け入る様な勧誘。騙してるわけではないが、若干の罪悪感を感じる。
小桜さんを連行、もとい案内する道中、チラリとスマホに目を落とす。教室に戻る時間を考えると、話ができるのは10分弱。その僅かな時間で、僕達は彼女をその気にさせなければならない。・・・やっぱり人選間違えたな?
月宮さんが淹れてくれたコーヒーと紅茶を囲む僕達は、3対1と面接さながらの席次だ。
ちなみに小桜さんはコーヒーより紅茶派でした。
「僕は2年の恋崎好人。この間はなんか、ごめんね」
「私の名前は小桜佳乃です。こちらこそ、最後は逃げるように立ち去ってしまい、すみませんでした。改めて、あの時ははありがとうございました」
「お礼ならあの時に貰ったし、改めて言って貰える程のことはしてないよ」
小桜さんは、緊張していた糸が解けたように、クスリと笑った。
「やっぱり、ちょっと大人っぽいですね」
それは教室で見た、あの後ろ姿から感じた気配とは、まるで異なる笑顔だった。
「私は、月宮麗華。恋崎くんとは、クラスメイト。よろしく、ね」
「俺は池田秀治。恋崎とは・・・友達?いや、同じ部活にいるだけか?」
僕に聞かないで欲しい。でも確かに友達って呼べるほど、僕も池田も仲が良いわけではないが・・・まぁそんなことはどうでも良い。
「それで早速なんだけれど。小桜さんって何か部活に入ってるかな?」
「いえ、何も入っていませんが。もしかして部活の勧誘ですか・・・?」
露骨に警戒された。まぁ確かに部活の勧誘なんだけど。
それでも彼女の反応は、部活が面倒くさいとか、時間がないとか、そういう話ではない気がする。
クラスメイトの彼女に対する態度。いや、それよりも前、あの日のノートを運んでいた時から、引っかかってはいたのだ。
「勧誘と言えば勧誘なんだけれども、なんと言うか、あれがアレで・・・」
ダメだ。言葉が出てこない。正確に言うなら、自分の言葉にできない。
帰宅部の理念は白石先輩達の想いだ。僕がそれを語ろうとすると、どうにも浅くなるイメージが拭えない。
やはり人選ミスか。いや、そもそも白石先輩達の言葉であったとして、小桜さんにそれは届くのだろうか?
「小桜ちゃん、もしかして、あまり、クラスに馴染めて、ない?」
あまりにど直球すぎません?そう言う話は、もうワンクッションかツークッションか置くべきではないの?『元検察官の現役東大生が語る、まだ遅くない人生との対話』に書いてあった「対話の始まりは牽制から」に反しているけど、大丈夫そ?
「私も、こんな感じ、だから、1年の最初は、馴染めて、なかった」
「え、そうなの!?」
「・・・どうして、恋崎くんが、驚くの」
僕の記憶では去年、みんなにめっちゃ囲まれてた様な気がするんだけど・・・。あれ、でもイメチェン前は囲まれてなかったか?
ダメだ。終始馴染めてなかった、僕目線の記憶は、全く頼りにならない。
「だけど、帰宅部と、先輩達、それから・・・」
楽しそうに語る月宮さんと、目が合う。
「頼りなくて、ちょっと抜けてる、どこかの誰かさん、のおかげ」
「ちょっと待って。もしかして、最後にディスられてるのって、僕のこと?」
「さぁ?」
月宮さんはからかうように首をコテンと傾ける。僕は何かをした覚えはないんだけれども?少なくても、褒められるようなことはしていない。
「待てよ。恋崎と月宮さんって去年からの付き合いなのか?もしかして、俺ってすごくアウェイな空間にいるのか?」
「大丈夫だよ池田。僕もお前も、どこにいたってアウェイだから」
「それは、そう、なのか・・・?」
池田がバカで助かった。危うく貴重な部員を失うところだったぞ。
「そうですか・・・。でも私のことを話すには、みなさんとの信頼関係が足りませんね」
まぁ、確かにそう言われれば、その通りすぎる。思春期の悩みなんて、普通は人に明かしたりしない。僕にだって覚えがある。中学の壮大でささやかな、僕の反抗期だって誰かに何を話したわけでは無い。
「でも、頼りなくて、ちょっと抜けてる、そんな先輩が、優しく背中を押してくれるなら」
小桜さんは不敵な笑みを浮かべる。
「ちょっとだけ信じてあげても、いいですよ?」
なるほど、後輩属性と小悪魔スマイルは相性がいい。多分、大体の男の子は抗えない。ならば僕だって、無駄な足掻きはしない。無駄はないに越したことはない。
だけど、この予感めいた感覚は、確信に近いものがある。だから心の底から言える。
「大丈夫だよ。きっと楽しい高校生活になるから」
「はい、信じます」
小悪魔スマイルはどこへやら。小桜さんはそれは楽しそうに、そして嬉しそうな満面の笑みを浮かべた。
今はまだ、ただの部活の後輩だけど、きっといつか、彼女のことを教えてくれるだろう。願わくば、その時には帰宅部が彼女の居場所になっていてくれればいいな。
こうして僕達は、人生で初めての後輩と、念願の4人目の部員を手に入れたのだった。
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翌日、僕はいつもより、少しだけ早く登校していた。意味はない、ただ浸っていたんだ、達成感ってやつに。
そう、やり切った。僕はやり切ったのだ。不可能だと言われた、池田の復帰。そして当てのない新人勧誘。見事にやり遂げた。あぁなんて清々しい朝なんだ。
「どしたの?恋崎くん。いつもより3割マシで顔がふやけてるよ」
顔がふやけるとは、どういう事だろうか。ドザエモンよろしく、水死体のような顔とでも言いたいのかな?
だけどいいのだよ。今の僕の清々しさ、これに比べれば水死体の1つや2つ、なんてことないさ。
「あぁ、おはよう若山さん。僕はね、今達成感に浸っているんだ」
「あー昨日行くって言ってた、帰宅部の新人勧誘?上手くいったんだ。すごいじゃん!」
はっはっはっ。背中を叩くのはやめてくれ。なんだかむず痒いから。ホント。
「あ、それでさ恋崎くん。昨日の放課後、麗華ちゃんと会った?」
「会ったも何も、新人の入部届を提出したり、歓迎会的なことしてたし、放課後は帰宅部全員一緒だったよ」
何故か仮部室で勉強(雑談)をしに来ている白石姉妹を交えて、6人でファミレスに繰り出していたのだ。まるで陽キャの様な、そんな放課後を過ごす日が来るなんて。達成感に浮かれていなければ、きっと耐えられなかった・・・。
「あれれぇ?おかしいなぁ」
「どうしたの?小学生探偵みたいなセリフなんか言って」
「昨日の5時くらいかな、中庭で麗華ちゃん他のクラスの人と話してての、見かけたんだよね」
小学生探偵、スルーされちゃった。あれれーおっかしいぞー?
「昨日は4時過ぎには学校出てたし、人違いじゃない?」
「ううん、絶対見間違えてなんかないよ」
「でも月宮さんはずっと僕達と一緒にファミレスにいたし、物理的にありえないよ」
そう、ありえない。だから胸の中にわだかまるこの不安も、きっとただの杞憂なんだ。
「でもめっちゃ笑顔で話してたから、ビックリしちゃって、すごーく印象に残ってるの」
心臓がドキリと大きく脈打つ。何となく感じていただけの不安が、具現化されていくようで。
それを否定しようと口を開きかけた時、ドサリと、物が落ちる音がした。
音源であろう、地面に落ちたバックの横には、表情が表に出にくいはずの、月宮さんがいた。
若山さんですら、すぐにわかってしまうほど、それほどまでに顔が青ざめていた。
「うそ・・・」
その言葉は、朝の喧騒の中で、何の音にもかき消されることもなく、僕の耳に届く。
そして月宮さんは、意識を失い倒れ込む様に体が大きく傾いた。
大袈裟かもしれない。それでも横にはロッカーだって、机だってある。当たり方が悪ければ、怪我するかもしれない。
だから僕は、届けと願いながら、全力で彼女に手を伸ばした。人の為なら迷わず自分を傷つける。いつしか白石姉妹に言われた、そんな言葉が頭をよぎる。
我ながら、お人好しにも程がある。内心で悪態づきながら、彼女を抱える様に地面に倒れ込む。
窓の外の蝉も、教室のクラスメイト達のざわめきも、隣で名前を呼びかける若山さんの声ですら、どこか遠い。
頭を打ったのかな。あれ背中も痛い。もしかして、全身あっちこっち打ったかな。それでもまぁ、後悔は無い。
みんな騒いでいるけれど、別に死にはしないだろう、そう楽観しながら僕は意識を手放した。




