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1話 友達がいないのは、努力がまだ身を結んでいないだけなんです。

 春も終わり、それどころか初夏も終わりを迎えた7月。

 開け放たれた窓からは昼時の生暖かい風が吹き込んでくる。昼食後、そんな風に吹かれながら窓の外へ視線をやる。グラウンドで遊ぶ生徒の声とボールを蹴り飛ばす音、窓の内側に溢れる教室の喧騒、そのどれもが心地良い。

 普段は鬱陶しくすら感じる音を遠く感じる頃、訪れる微睡まどろみへ身を任せるように、僕は机についた腕に頭を乗せ目を閉じる。

 まさに至福の———。


「ねぇ、恋崎くんと麗華れいかちゃんってどんな関係なの?」


 そう語りかける彼女は若山わかやま紅葉もみじ、今年の4月に転校してきた転校生。

 3ヶ月足らずでクラスに馴染み、クラスでも友達の少なさに定評のある僕にすら気さくに話しかけてくる。

 誰にでも優しくて、いつでも元気で、どこでも輝いている。

 それが若山紅葉で、僕と比べると人間レベルが遥かに上の存在だ。


 これから気持ちよく眠ろうとする脳を無理やり稼働させ、声の主へ目を向ける。


「どう、と言われても。友達、でもないし・・・。クラスメイト?」


「そんな風には見えないけどなぁ。麗華ちゃんの気持ちがわかるのって、恋崎くんだけなんでしょ?」


「むしろ何でみんなはわからないんだよ」


「だって麗華ちゃん全然表情変えないし、気持ちを全然表に出さないし。ねぇ、麗華ちゃんはどうなのさ?」


 そう言って若山さんは隣の席に座る麗華ちゃんこと、月宮つきみや麗華へ顔を向ける。

 誰にでも愛想がなくて、いつでも物静かで、どこでも平然としている。

 それが月宮麗華で、外見がギャルっとしてて、そのギャップが良いと一部の界隈で評判な女の子。

 加えて言うなら、彼女もまた僕と比べて遥かに人間レベルが高い。


 いや、人間レベルって何だよ。

 何したら上がるのか、教えてくれよ。


 月宮さんはずっと手元の本に落としていた視線を上げ、そのまま僕へ向けた。


「友達の定義ってなに・・・?どこから友達になる?何をしたら友達になるの?」


 話を聞いていたのか聞いていなかったのか、よくわからなかったが、どうやら聞こえてはいたようだ。


「友達の少ない僕がわかるわけないだろ」


「少なくても、いるならわかる・・・はず?」


「おっと月宮さんそこまでだ。そこから先は僕が見栄を張ったことがバレる」


「恋崎くんはどうしてそんな風な、しょうもない嘘をつくのさ」


「馬鹿なことを言うなよ。嘘じゃないって。見栄だよ」


 弁明を試みるも、呆れ顔の若山さんは白々しい視線を向ける。

 あとこれってしょうもなくなくない?

 あれ、友達いないことってそんなにしょうもないことなのん?


「もう見栄でも嘘でも、なんでもいいよ。それじゃどうして2人はいつも一緒にお昼ご飯食べてるの?」


「一緒にご飯を食べる、その定義ってなに?」


 最近気づいたことだが、月宮さんが物事の定義を尋ねる時は、目の前の面倒ごとから逃げようとする時なのだ。ちなみに大体それで逃げれている。


「例えば場所を要点とするなら・・・。教室で食べている人達全員、一緒にご飯を食べていることになる」


「そして時間を主軸とするなら、世界中の不特定多数の人達と一緒に食べていることになる、と」


 飲み込みのいい若山さんは言葉を続け、それに月宮さんは静かに頷く。

 こうなったらもう逃げ切ったようなものだろう。

 それにこれは一緒にご飯を食べているのではない。僕達には昼ご飯を食べに行く場所がないだけだ。学校という閉鎖的な空間の中で、唯一与えられた自分だけの空間。それが自分の席なのだよ。まだまだ甘いね、若山くんは。


「つまり見方を変えたら、私達は毎日孤独な日々を過ごしているってこと?」


 なんのつまりなんだ。何をどうしたらそうなるんだ。

 ツッコミたくてしょうがない思考ロジックだが、これは藪蛇感がすごい。


「大体、合ってる」


 月宮さんは流すと決めたようだ。

 ならば僕もこの流れになろう。


「なるほどな・・・?」


 納得したような、してないような、そんな微妙な返事をする若山さんはまだ思案顔。

 これは、まだ逃げきれていないのかもしれない。


「いや、それおかしくない?」


 勘のいいガキは嫌いだよ。謎の思考ロジックはどこへ行った。そのロジックがわからない分、軌道修正の仕方もわからない。


「やっぱり変だよ。普通は友達でもない人と隣の席でご飯食べたりしないって」


「若山さんちょっと待って、それ以上はいけない。僕の鋼のメンタルも削れるんだ。いつかすり減って粉末になっちゃうんだからね」


「え、私何か変なこと言っちゃった?」


「変だよ変。大いに変で大変だよ」


「あれ?でも変なのは恋崎くんで、でも私も大変で?それじゃ月宮さんはなんなのさ!」


「そうだよ!月宮さんはなんなのさ!」


 何だか楽しくなってきた。けどこれって何か変なことになってる?いいや変じゃない!やっぱり変か。


「私は、変じゃない。世界で一番、まともな乙女」


「おぉ、月宮さんはワールドチャンピオン・・・」


「あれ、じゃ恋崎くんはワールドチャンピオンの隣でご飯を食べてるの?」


「ということは、もしかして僕ってすごい恵まれた高校生なの?」


「そう、恋崎くんは、とても恵まれている」


 月宮さんは満足げに少し胸を張った。表情は読み取りにくいが、ドヤ顔だ。みんなにはこれがわからないらしい。


「あれれ?月宮さん、少し自慢げ?もしかしてドヤ顔してる!私わかっちゃった!」


 若山さんはわかっちゃったらしい。わかっちゃった若山さんは月宮さんの手を握り、ものすごく嬉しそうに跳ねている。色々跳ねている。


 人の気持ちがわかると言うのは、そんなに嬉しいものなのだろうか。今まで人の気持ちがわからない、と言うことがなかった手前、若山さんの気持ちが、僕にはわからなかった。そんな矛盾が少しだけ胸に引っかかる。


 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響く。もはやルーティーンとなっていた昼寝ができなかったせいか、いつもより少し頭が重い。窓の外から聴こえる蝉の声は、窓の中の喧騒は、やはり鬱陶しい。心地良かったはずの薫風は、いつの間にか吹き止んでいた。


@


 その日の放課後、なんだかまっすぐ帰る気になれず、僕は中庭に設置されたベンチに座っていた。木陰にあるベンチは、日に日に気温を増している屋外でも比較的に過ごしやすい。


 ふっと視線を上げると、教室が集まるB棟から職員室のあるA棟を繋ぐ渡り廊下が視界に入る。そこを両腕でノートを抱えた女生徒が少しふらつきながら歩いていた。上履きの色からして一年生、クラスの人数分のノートを抱えているようだが、1人では頼りない。

 普通は2人とかで運ぶものではないだろうか。紙って意外と重いんだよ?

 そんなことを考えている間に、彼女は見事に躓きノートを盛大にばら撒いていた。小さなため息と共に立ち上がり、彼女の元へ向かう。僕は困ってる人を放っておけない優男なんだ。なのに、どうして友達がいないんだ。世の中の人は、見る目がなさすぎる。


「大丈夫ですか?手伝いますよ」


「ありがとうございます。でも大丈夫です」


 顔も上げずにノートを集める彼女を放って立ち去る、なんてことはもちろんしない。優男だし。

 ちなみに後輩相手に敬語になってしまうのは、初対面の女子に日和ったとかでは断じてない。初対面なんだから敬語は普通のことなんだ。むしろこれは大人の男として当然の———これ誰に対する言い訳なんだ?

 断られてはいるが無断で足元のノートを拾おうとすると、彼女の手が触れた。触れたと知覚する頃には彼女の手は素早く引かれ、胸元でもう片方の手に抱かれていた。

 もちろん、それまでに彼女が拾っていたノートは再び地面へ舞い落ちた。


「すみません。でも放ってはおけないので」


 ノートから視線を彼女に戻すと、若干取り乱していた。同じノートを拾おうとしたために起きた接触。だから恥じらうことはないのだが。


「えっと、あの、こちらこそ、親切にしていただいたのにすみません・・・」


「ノートを拾おうと思ったのは、謝って欲しいわけではないんですよ」


「あ、すみま、じゃなくて、ありがとう、ございます」


「どういたしまして」


 ここでにっこり笑顔。これがハリウッドスターも読んでると噂の、元外資系企業のコンサルで現カリスマホストが書いた『明日からあなたもスターに!人を繋ぐ101のコミュニケーション』の131項目目『ドキッ人助けのついでにラブズッキュン!あなたの高感度爆上げトーク!』を参考にした話術だ。高感度爆上げ、最高じゃないか。

 内容はズッキュンとかドッキュンとか、抽象的な表現が多くて意味がよくわからず、一切頭に入らなかったが、台詞回しとポイントだけは覚えた。会話は台詞の積み重ねなのだから、それだけで十分だろう。というかカリスマホストには謎の当て字や造語の解読をさせられる、こっちの身にもなって欲しい。いや、途中で解読諦めてるんですけどね。

 というかタイトルに101のコミュニケーションって書いてるのに、131項目ってなんだよ。ちなみに全部で199項目あった。後1つ頑張れなかったのか。


「なんだか、ちょっと大人っぽいですね・・・。先輩って感じです」


 そう言って微笑む彼女は夕焼けのせいか少し赤らんで見える。なんと言うのだろうか、青春感を大いに感じる。なぜだか照れ臭い。

 ともあれ、出だしはまぁまぁのようだ。ならば更に畳み掛けるとするか。


「そんなことないですよ。僕は君の笑顔が見たかっただけなんですから」


「はい・・・?」


 おっと何かを間違えたようだ。

 先ほどまでの青春感はどこへやら、彼女の笑顔は少し歪み一歩身を引いて、つまりドン引きされてる。


「ごめん今のなし、忘れて。全部元外資系企業のコンサルで現カリスマホストが悪いんだ」


「はぁ・・・」


 彼女の口元が引き攣る。


「だから、ほら、ハリウッドスターもみんなやってるし?」


「そうでしたか・・・」


 彼女の目に警戒の色が滲む。


「つまりだね、ズッキュンでドッキュンで、好感度が爆上げなんだ」


「そうですか。ありがとうございました。それでは私は失礼します」


 めっちゃ早口で、めっちゃ素早く、彼女はノートを拾い上げ、おまけにめっちゃ早足で去っていった。

 なるほど、これがディスコミュニケーション。恐らくだが少し上がった好感度は、地下深くへ埋没してしまったのではないだろうか。

 コミュニケーションの難しさを痛感しながら、僕は天を仰だ。右手に残されたノートを胸に抱きながら。


「職員室で鉢合わせ、したくないなぁ」


 一冊ノートが足りないという状況、それはきっと穏やかなものではない。

 先ほどの彼女はもちろん、担任の先生も探すことだろう。該当の生徒は呼び出され、そこにないはずのノートを探して教室中探すことだろう。ならばこれも放っておくことなどできようはずもない。

 そう自分に言い聞かせて歩き始めた僕の視界の端に女生徒の影が入り込む。


「こんな時間に恋崎くんを見かけるとは珍しい。今日は何かいい事でも起きるのかな」


涼風すずかぜさんじゃないか。この時間まで残ると会えるんだね」


 彼女は涼風凛香(りか)。キリッとした目元にキリッとした声。隣のクラスで2年なのに風紀委員長。と言えば聞こえがいいが、端的に言うと怒ってるように見えるのだ。もちろんそれは顔立ちだけであって、去年クラスメイトとして過ごした限り、彼女が怒ってるところを僕は見た事がない。

 実の所、風紀委員になったのもみんなが言うことを聞きそうとか、そんな理由で去年に風紀委員に推薦され、今年も継続している様子。更に今年は元風紀委員長が面白半分で長の座を押し付けた、なんて話も聞こえてくる。


 そんな彼女だが、こう見えても去年はそこそこ仲良くしていた。みんなはちょっと怖いとか何とかで若干距離があった。その距離感がなかった分、相対的に仲が良かったのだ。つまり相対的なお友達だ。

 僕に言わせてみれば、怒ってないことがわかってるのに、みんなが怖がる理由が分からない。ちなみに月宮さんも物怖じをしない性格であるため、僕と同じく相対的なお友達だった。


「去年はよくつるんでいたのに、なんだか久しぶりだね」


「クラスが変わっちゃったからね。授業中にやってた絵しりとりだって、今はやる相手がいないから私は暇だよ」


「授業中なんだから勉強をしなさいよ、勉強を」


「なにそれ、恋崎くんにだけは言われたくないセリフ大賞受賞だよ」


 なんて不名誉な大賞なんだ。というか僕が勉強をしてない、みたいな言い方はやめて欲しい。昼寝したり小説読んだり、後はこっそりペン回しの練習をしてるだけであってだな。あれ勉強してたか?


「絵しりとりか、懐かしいなぁ。放課後も僕たち3人でよく・・・あれ、みんなすぐ帰ってたか。もしかして僕たちあまり仲良ない?」


 なるほど、これが相対的なお友達か。

 いや、でも不思議三人衆とか言われてたもんな。不思議の国のギャル月宮さん、不思議の国の風紀委員涼風さん、不思議な存在恋崎、みたいな感じで・・・あれ、もしかして僕だけ別枠か?というか悪口かこれ?1人だけ不思議の国ですらないし。マジか。


「また変な思考回路で落ち込んでるんでしょ。去年のこと思い出して、不思議三人衆ネタで自分だけ変なことになってる、とかその辺?」


「うっわ、なんで分かるの?」


「そう顔に書いてあるからね」


 そう言うと、涼風さんは人差し指で軽く僕の額を弾く。なんだかすごくむず痒いんで辞めて欲しい。イケメンだけに許される事だと思ってたけど、涼風さんなら許されるんだなぁ。あれ、涼風さんかっこいい、ステキ・・・。


「君たちは2人同じクラスだからいいでしょ。私なんて、やっぱり人付き合い苦手だから本当に暇だよ」


「他の人にもこうやって接してあげればいいのに。そうすれば涼風さんなんてモテモテでしょ」


「やだな。私がこんな風に接することが出来るのは、君と月宮さんだけだよ」


 去年聞いたが涼風さんは人と話す時かなり緊張してしまうとかで、結果表情がこわばり目つきも相まって他人からは怒っているように見えるのだそう。


「何それ新手の告白?僕たち3人で家族になる?」


「すごく魅力的な提案だけど、恋崎くんに月宮さんはあげられないな」


「わかる。僕が親だったら絶対に認めないね」


 彼氏なんてお父さん絶対認めませんからね。最低限年収1000万でエリート銀行マンでなければ、検討の余地にすら値しない。あとイケメンで話が面白くって、月一くらいで一緒に遊んでくれる人がいいなぁ。世界中の観光地にも連れて行って欲しい。あれ、僕って実は友達が欲しいだけか?


「そんなことは置いておいて、恋崎くんはこんなところで何をしていたのかな?」


 そんなことらしい。置いておかれるらしい。


「ちょっとした行き違いがあってね。後輩をドン引きさせたあげく、拾ったノートを返し忘れただけだよ」


「ちょっとした行き違いだけで、人はドン引きをしないものだよ」


「正確に言うならドン引きされた上で逃げられた」


「仮にも風紀委員長の前で、風紀を乱すのはやめてもらえるかな」


「風紀を乱したのは涼風さんの前ではないし」


「屁理屈も理屈とは言うけれども・・・。私は恋崎くんの行く末が心配だよ」


 下級生をドン引きさせたら、同級生に哀れまれた気がする。まったく僕が何をしたっていうんだ。


「そうだ涼風さんがこのノートを届けてよ。今あの後輩ちゃんに会うのは、流石に気まずいし」


「確かに私達の後輩を困らせるわけにも、変人に怯えさせるわけにもいかないしね。いいよ、私が持っていってあげる」


 ついでに有る事無い事、いろいろ吹き込んであげるよ。涼風さんはそう言いながら、僕からノートを受け取り歩き出した。


「有る事も無い事も、吹き込まないで欲しいんですけど」


「それは無理な相談だね。まずは誰も気にしないのに、ペン回しができないことを気にしてる。とかその辺言いふらしてあげるよ」


 マジかあれバレてんのか。

 職員室へ向かう彼女の背を見送った後、ベンチへ戻り腰掛ける。なんだか今日は疲れた。帰る前にやっぱり少し休もう。

 さっきまでは日陰だったはずのベンチには、校舎の窓から西陽が差し込んでいた。眩しい。だけど瞼を閉じていても尚感じる、その光は不思議と疎ましくはなかった。


 そうだ、何を焦っていたのだろう。胸に引っかかっていたあの思いは、別に大したことじゃない。誰もが自然に感じ、誰もが自然と受け入れていることなんだ。みんなと同じように、ぼくも受け入れてしまえば、それでいいじゃないか。

 差し当たり、もう少しこの眩しさを楽しでいよう。だって僕の高2の夏は、まだ始まったばかりなんだから。

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