第9話 村からの招き
畑で採れた野菜を籠に入れて村へ持っていった日、エリナは思わぬ歓迎を受けた。市場に並ぶ露店の間を通る子どもたちは「森のお姉さん!」と叫び、母親たちはにこやかに野菜を受け取る。エリナは顔を赤らめながらも、その温かな反応に胸が満ちた。
村長タリオは彼女を広場に招き、急遽小さな宴を開いた。簡素な長机に並べられた素朴な料理は、豪華な王都の晩餐とは違う豊かさを持っていた。人々の手仕事と時間が織りなす味わいがあって、エリナはその一つ一つを噛み締めた。
「我らの村に、風変わりな客人が来てくれた。祝杯を!」とタリオが言う。拍手が湧き、子どもたちが駆け寄る。エリナは戸惑いつつも、自然と笑みがこぼれる。王都での「無能」という烙印はここでは意味を持たず、彼女はただ一人の女性として歓迎された。
宴の間、年寄りたちの昔話が始まる。かつてこの村は森の精霊に守られ、豊かな実りを得ていた。だが人間が森を荒らし、精霊は力を失っていったという。タリオは静かな声で言う。「お嬢さん、もしよければ、この村の‘保護者’として、森と村の調停をしていただけぬか」
その申し出はエリナの胸に重くのしかかった。王都での立場を失った彼女にとって、役割を与えられることは何よりもありがたい。しかしそれは同時に責任でもあった。エリナはしばらく沈黙したのち、ゆっくりと頷いた。「私はこの村で学び、共に生きたい。できる限りのことは致します」
その日から、エリナの生活は変化する。単に畑を耕すだけでなく、村の行事に顔を出し、病気の手当てや食料の保存方法を教える。村人たちは彼女の知識や手際の良さに感心し、次第に信頼を寄せるようになった。子どもたちはエリナの周りに群がり、苗の世話を手伝いたいと申し出る。彼女は子どもたちに種の植え方を教え、簡単な薬草の使い方を伝える。
こうして生まれたのは単なる仕事の輪ではない。エリナは村の一員として受け入れられ、互いに助け合う関係が築かれる。議論や衝突もあるが、それは共同体が成熟する過程であり、エリナはその中心で学び、リーダーシップを育んでいった。
とはいえ、外界の噂は止まらない。村の祝祭やエリナの功績が話題になると、旅人たちが村を訪れ、遠くの噂話を運んでいく。やがてその噂は王都にも届き、好奇心と懸念が混じった声となって反響する。
ある朝、子どもが森で遊んでいると、ふと精霊の光を見たと報告してくる。村人たちは戸惑いながらも、その出来事を興奮気味に話題にする。エリナはそんな子どもに優しく頭を撫で、「怖がらなくていいのよ」と言って笑わせた。その無邪気な笑顔が村の心をさらに和ませる。
村に滞在する時間が増すほど、エリナの内面には確かな自信が育っていった。王都で切り捨てられた過去は完全には消えないが、この村での日々が彼女の心に新しい軸を与えていた。彼女は自分の存在価値を外部の評価ではなく、日々の行為のなかで見つけることを学びた。
その変化に伴い、村人たちもまた変わっていく。幼い者たちはエリナの周りで育ち、年寄りは彼女を頼りにする。こうした関係はやがて「森と村をつなぐ橋」へと発展する。エリナは名実ともに村の生活の一部となり、彼女の選んだ道が正しかったことを噛み締めるのだった。