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婚約破棄されたので、自由気ままに生きようと思います  作者: RISE
婚約破棄と新しい道の始まり
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第5話 畑を耕す手

森の朝は早い。

小屋の窓から差し込む光は、王都の朝よりもずっと澄んでいて、冷たい空気を揺らしながら広がっていた。

昨日、村の人から譲ってもらった鍬を手に、私は小屋の裏手へ向かう。

空き地に足を踏み入れると、土の匂いが立ち上り、しっとりとした柔らかさが靴底に伝わってきた。

ここが、私の新しい暮らしの基盤になる。

「エリナ様、本当にお一人で畑を作るなんて……」

ミアが鍬を見ながら心配そうに言う。

「一人じゃないわ。ミアがいるもの」

「そ、そういう意味ではなく……」

私は微笑み、鍬を振り下ろす。

ざくり、と土が割れる音。

それだけのことなのに、胸が熱くなる。

「……できた」

「まだ一掘りですよ」

ミアが苦笑する。

「ええ。でも、最初の一歩は大事なの」

鍬を握る手に力を込め、土を返し続ける。

体力には自信がなかったけれど、不思議と身体は動いた。

王都で「無能」と言われ続けていた私の手が、確かに土を耕している。

それだけで心が満たされていく。

「……ふうっ」

息をつき、額の汗を拭う。

日差しは柔らかいのに、額から汗が滴るほど夢中になっていた。

「エリナ様、休憩なさってください。水をお持ちします」

「ありがとう」

水を口に含むと、冷たさが全身に沁み渡った。

その時だった。

――ふわり、と。

耕した土の中から、小さな光が立ち上った。

まるで蛍のように、土粒の隙間から浮かび上がり、ひとひらの花びらの形を作る。

それは淡い緑の輝きで、すぐに消えてしまったけれど……確かに見えた。

「……今の、見た?」

「ええ。光が……土から?」

ミアの声は驚きに震えている。

私だけの錯覚ではなかった。

「もしかして、この森の噂……」

村人が言っていた精霊。夜に走る光。

あれは迷信ではなく、本当に何かが息づいているのかもしれない。

けれど、不思議と恐怖はなかった。

むしろ胸の奥が温かくなっていく。

「ようこそ」と囁かれたような感覚。

昨日も感じたあの優しい声だ。

「……大丈夫。森は私たちを受け入れてくれてる」

そう呟き、私は再び鍬を振り下ろした。

土を耕し、石をどかし、根を取り除く。

時間はかかったけれど、日が傾く頃には小さな畑らしい形が出来上がっていた。

「ここに種を蒔けば……」

荷物の袋から取り出したのは、道中で買った野菜の種だ。

人参、玉ねぎ、豆類。保存が効き、生活に必要なものばかり。

一粒一粒を土に落とし、そっと覆う。

その手つきは自然と丁寧になった。

かつて庭で花を植えた時と同じように。

でも今は、あの時よりもずっと真剣だ。

「芽が出るでしょうか」

ミアが覗き込む。

「きっと出るわ。この森なら、ね」

私は笑った。

種を撒き終えると、二人で桶を持ち、小川まで水を汲みに行く。

森の水は冷たく澄んでいて、光を反射してきらめいていた。

その水を畑に撒くと、土の匂いが一層濃くなる。

「これで、今日の仕事は終わりね」

「エリナ様、本当に……楽しそうです」

「楽しいわ」

私は素直に頷いた。

「王都では、何をしても無駄だと笑われた。でも、ここでは全部が必要になる。無駄なんてひとつもない」

ミアがじっと私を見つめる。

その瞳は少し潤んでいて、やがて静かに笑った。

「……私、エリナ様にお仕えできて幸せです」

「ミア……ありがとう」

その言葉に、胸が熱くなる。

私は一人ではない。

婚約破棄され、居場所を失った私に、こうして支えてくれる人がいる。

そして、森がその歩みを後押ししてくれている。

夕日が畑を照らし、土の上に橙色の影が落ちる。

芽吹きはまだ見えない。

けれど私は確信していた。

ここから、新しい生活が芽を出すのだと。

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