第13話 王都からの影
朝の市はいつもより静かだった。村は外来の訪問者の噂でざわめいていたが、その日はどこか張り詰めた空気が漂っていた。遠くに馬の蹄音が聞こえる。人々は顔を上げ、道の方を見やる。やがて一台の馬車が村の入口に差し掛かり、王都の紋章を掲げた役人が村へと足を踏み入れた。エリナは畑仕事を中断し、ミアとともに村の広場へ向かった。
役人は年若く、しかし表情は硬かった。書類を慎重に扱い、村長の前で堂々と公文書を差し出す。そこには簡潔に「王太子の元婚約者、エリナ・グランフィールの所在確認と召還要請」という文言があった。文書そのものは冷たく、手続きの臭いがした。
タリオは文書を受け取り、読み上げると顔色を変えた。村人たちはざわめき、母親たちは子を抱き寄せる。エリナは書簡を手に取り、文字を目で追う。字面に書かれた命令は単純だが、その重みは村の未来を揺るがすには十分だった。
「我が王家の手続きにより、当該者を一時召還すること」
役人は時折冷たい断定口調で告げる。法の力は確かに強く、村の抵抗が容易ではないことを示唆した。タリオは即座に反論を試みたが、役人は「上よりの命である」とだけ言い残し、その場に留まって結論を待つと言って去らなかった。
村は動揺した。誰もがエリナを助けたいと考え、だがどのようにすれば王の命に逆らわずに守れるのか模索した。若者たちは森の境界を固め、老若男女が見張りを強化する。エリナ自身は焦ることなく、静かに行動を呼びかけた。彼女は村人たちの顔を一つ一つ見て回り、自分の決意を伝える。
「私はここにとどまる。王都の命令がどうあれ、私は子どもたちの命と村の暮らしを守る」
その言葉は静かだが揺るがない。村人たちの目には決意と敬意が浮かんだ。タリオは深く頭を下げ、村の集会を宣言する。村は夜通し話し合い、できる限りの防護策を整えた。
一方で、王都のやり方は厳格だ。役人は連絡を取り上げ、指示待ちのために滞在した。噂は王都の内で様々に消化され、好意的な解釈もあれば、危惧を含む説明もあった。王太子の家周辺では、エリナがどのように公の場で扱われたかが話題に上り、ある者はその行為を恥と見なし、またある者は王家の判断の是非を論じた。
村の抵抗は平和的であった。人々は法律に触れぬ範囲でエリナを守り、訪問者に対しては礼を尽くしながらも毅然とした態度を取った。エリナは馬車での連行を望まず、自ら王都へ出向く選択肢もあると示した。役人は驚きつつも、その態度に一抹の敬意を抱いた。
夜、村の広場で集会が行われ、祭りで使った赤い布が静かに燃やされた。人々は未来をどうするか語り合い、子どもたちは眠りについた。エリナは茂みの影から出て、精霊たちの光を見上げる。光はゆっくりとしたリズムで祝福し、同時に警告を与えるように揺れた。
遠く、王都の影は確かに近づきつつある。エリナは深く息を吸い込み、自分の選択が及ぼす影響を受け止めた。しかし同時に、彼女は信じていた。村人の絆、精霊の導き、彼女がここで紡いできた日々の確かさを。どのような風が吹こうとも、彼女はここで立ち続ける覚悟を胸に秘めている。




