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石ころ令嬢

作者: アーク

足元まで届く不吉だと恐れられる灰色の髪と、黒い瞳。


ついでに言えば大きな声を出したり、第三者に触れなければ他者に認識されないと言う性質を持つシェリル・クロウ伯爵令嬢はぼんやりと窓の外に見える中庭を見ていた。

中庭には、双子の妹のリナリーとその婚約者のアルトリウスが談笑している。


「わたくしも、若草色の髪と菫色の瞳をした、普通の伯爵令嬢だったら婚約者がいたのかしら?」


母のマデリンはシェリルが生まれて直ぐに不吉な姿と不気味な性質を持つ娘を嫌ってシェリルを離れに追いやった。

父は、職務の合間を縫ってシェリルに会いに来ては「これはクロウ伯爵家に掛けられている呪いだから、シェリルは悪くない」とクロウ家に纏わる昔話をしてくれた。


8代くらい前の、当時の王太子が婚約披露の夜会で婚約者の令嬢に対して婚約破棄を宣言し、とある子爵令嬢を妃にすると宣言した。

その令嬢はエルフの国の血を引いていて、美しい白い髪と紅玉(ルビー)の様な瞳を持っていて、博識で、物腰柔らかで、「彼女が王太子妃ならば間違いない」と皆が納得する程の令嬢だった。

それを王太子は「真実の愛を見付けた」と言って切り捨て、「子爵令嬢に対して陰湿な虐めを行った」と証言の裏付けも取らずに断罪して、魔力の器でもある長い髪をザンバラに切り、魔物も多い国境付近に身一つの令嬢を置き去りにしたのだと言う。

「嘆きの令嬢」と演劇にもなっているその令嬢は、魔物に襲われて命を落とした。


その時、呪いを掛けた、と言われている。


恋愛脳の王太子(アホ)は国王に見限られ、せめてもの情けで王妃の実家であるクロウ伯爵家に預けられた。

女傑と評判の祖母に扱かれ、耐えきれなくなった元王太子は伯爵領からこっそり逃げ出し、王都に戻る最中で野盗に襲われて命を落とし、「こんな筈じゃなかった」と泣き喚く子爵令嬢は赤子を産み落として、産後の肥立ちが悪く亡くなった。


クロウ家の当主が引き取ったその子供は、シェリルと同じ髪色と瞳の色、そして、同じ性質を持っていた。

以後、クロウ家の長子は必ずその特徴を持って生まれて来ると言う。


不吉の象徴を持つ令息や令嬢と縁談を望むもの等皆無であり、父の姉ライザも爪弾きにされていたそうだ。

ライザおば様はシェリルと同じ離れで暮らしていて、日々呪いを解く為の研究をしている。


シェリルも、その手伝いをしている。


アルトリウスは元々、シェリルの婚約候補として父が見付けて来た相手だがマデリンが「リナリーの婚約者にこそ相応しい」と言い、「シェリルは死んだ」と説明しているのを聞いた。

父は「すまない」とシェリルに謝罪したが、母を怒らせるよりは諦める方が丸く収まるから気にしないで欲しい、と言った。


そんな日々に変化が訪れたのは、アルトリウスが離れを訪れた時だった。


「窓からいつもこちらを見ていたのは、キミかな?」


シェリルは目を丸く見開いた。


だって、シェリルは大きな声を出したり、相手に触れたりしなければ、存在に気付かれない様な性質を持って生まれて来たのだ。

窓から眺めていたとしても気付かれないだろうと思っていたのに、この人はシェリルに気付いていたと言うのだろうか?


「僕はアルトリウス・カレウス。本来はシェリル・クロウ伯爵令嬢の婚約者候補として来た者だ。


―――キミが、そのシェリル・クロウ伯爵令嬢かな?」


まさかそこまで気付いていたとは、とシェリルは驚きながら頷いた。


「良かった。違ったらどうしようかと」

「母やリナリーは、わたくしが死んだと説明したと思うのですが」


「嗚呼、それか」とアルトリウスは「確かに、1度は騙されたよ」と言った。


「おかしい、と思って、ね。


彼の王太子の血筋は、長子に不吉の証と性質が現れる、と言うのは誰でも知っている。


―――ただ、少し調べれば、長子が命を落としていればその子供が持っていた不吉の証と性質が弟妹に引き継がれる、と言う事が分かっているからね」


それは初耳だった。


「それから、シェリル伯爵令嬢。...リナリーが、キミの事を教えてくれたんだよ。呪術に詳しいカレウス公爵家の僕ならば、姉を幸せにしてくれるのではないか、とね」


アルトリウスの真っ直ぐな瞳が、こちらを見ている。

解析魔術の陣が展開され、シェリルの周りには黒い靄の様なものが渦巻いていた。


「この靄が呪いだよ。でも、対して力は無い。アイツの子孫なんて皆不幸になればいい、と言う呪いならクロウ家の人間全員に同じ呪いが出ていないとおかしいんだ。

王太子の婚約者だったと言う令嬢が込めた呪いは、王太子と子爵令嬢が死んだ時点で成就している」

「では、何故我が伯爵家の長子には呪いが現れるのですか?」


「思い込み、だよ」


アルトリウスが黒い靄に呪文を唱える。


「自分達は、嘆きの令嬢を裏切った王太子と同じ血を引いている、何か咎があるに違いない、と言う一族全体の思い込みが呪いになって現れているんだ」


靄が霧散すると、「はい、呪いは解けたよ」とアルトリウスは笑って言った。


「灰色の髪と黒い瞳が不吉だと言われているのは、この国ではあまり見ないからだ」


国境に近いカレウス公爵領では良く見る色だよと言われてそういうものかとシェリルは納得する。


「この手の呪いは家から離れるのが一番だ。


―――シェリル・クロウ伯爵令嬢。僕に着いてきてくれるかい?」





そうしてシェリルは、アルトリウスと共にカレウス領に移り住んだ。


シェリルの持つ性質は、「色々役に立つから、それはそのままにしておいた」とアルトリウスは言った。

ただ、離れで暮らしていた時と違い、自分の意志で性質をコントロール出来る様になったので誰かに気付いて貰うために大きな声を出す必要も、誰かに触れる必要も無くなり、アルトリウスを含めて暖かな人々に囲まれて平穏に暮らしている。


「どうしました、アルトリウス様」

「アーサーで良いよ。―――何、キミが持っていた()()1()()()()()に気付いたマデリン夫人が『ウチの娘を返せ』と執拗いくらいに手紙を送って来ているだけだよ」


シェリルは「他人に気付かれない」性質の他に、もう1つ性質を持っていた事をカレウス領に来てから知った。


「わたくしを10数年、死んだものとして離れに追いやって、都合の良い事ですね」

「リナリーは、キミと双子と言う事もあって『結ばれれば繁栄が約束されるがその代わりに短命になる』性質を持っているからね」


シェリルの持つもう1つの性質は、『岩石の様にどっしりとした、健康体と長寿が約束される』と言うものである。

シェリルがカレウス領に移り住んでから、今まで病気ひとつしなかった母は若かりし頃と同じ病弱な身体に逆戻りして苦しんでいるそうだ。


「帰りたいかい?」

「いいえ。わたくしはアーサー様のお傍にいます」


アルトリウスが持っていたもう1つの手紙はリナリーからのもので、近いうちに婚約者とカレウス領に移り住む事が描いてあった。


後に、カレウス領は大きく繁栄し、ふたりの娘を失ったクロウ伯爵領は衰退し、王家直轄になったと言う。

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