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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

花咲く君の横顔

作者: 櫻川大縁

しばらく短編百合小説ばかり投稿しようと思います

春の終わり、風はやわらかくて、どこかくすぐったい。

そんな季節が私は好きだ。花が咲いて、風が香って、思い出が色づく。

でも、それよりもっと――あの日の君が、好きだった。


ふとした瞬間だった。

教室の窓際、光に照らされた君の横顔を、私は何の気なしに見つめていた。

揺れる髪、静かに瞬く睫毛。風に乗って微かに香ったシャンプーの匂い。


そのとき、心が跳ねた。

言葉にできない音が、胸の奥を叩いた気がした。


あれが「ときめき」ってやつだったんだろうか。

違うかもしれない。でも、私にとっては、あれがすべての始まりだった。


昔から君とは仲が良かった。

いつも一緒に帰って、同じように笑って、同じように泣いて、似たようなことに怒って。

「親友」って、周囲からはそう呼ばれていた。

でも、私はもう「親友」なんて言葉で片付けられる距離にいたくなかった。


君の笑顔は、春の花みたいに儚くて綺麗だ。

それに気づいてしまった瞬間から、私はもう普通ではいられなかった。


気持ちは、隠そうと思えば思うほど、心の中で暴れ出す。

笑った君を見るたびに、胸が苦しくなる。

近づけば近づくほど、触れたくなる。

でも触れたら、壊れてしまいそうで――こわい。


だから私は今日も、君の横顔を盗み見ることしかできない。



あのときもそうだった。


君が、誰かと楽しそうに笑っていた。

別にやましいことなんてない。君はいつも誰にでも優しいし、笑顔を向ける。

でも、その「優しさ」が、時々私を傷つける。

私だけに向けてほしい、って思ってしまうのは――きっと、いけないことなんだろう。


恋って、こんなにも勝手なんだなって思う。

独りよがりで、言葉にすれば空回りして、

伝えれば何かが変わってしまうような、そんな怖さに支配されて。


だけど、怖がってるだけじゃ、何も始まらないことも知ってる。

季節は、待ってくれない。

花が咲いて、散って、また咲くように。

この想いも、ちゃんと咲かせてやらなきゃって、思う。



放課後の教室は、やけに静かだった。

机と椅子の影に差し込む夕陽が、まるで時間まで染め上げるようだった。


私は、窓辺で本を読んでいた君に声をかけた。


「……ねえ、千景」


君が振り返る。

その笑顔に、また心がざわつく。

でも今度は、逃げなかった。


「この前の話、覚えてる?」


君は少し首を傾げて、「どの話?」と返してきた。

私は言葉を選びながら、それでもまっすぐに見つめた。


「“誰かを好きになるって、どんな気持ちなんだろうね”って、言ってたじゃん」


「ああ……うん、覚えてるよ。どうしたの?」


私は一度深呼吸をして、目を閉じる。

そして、ほんの少し笑いながら言った。


「……たぶん、いまの私がそうなんだと思う。

 気づいたら目で追ってて、笑ってると嬉しくて、

 誰と話してるかでちょっとだけ嫉妬して……バカみたいにさ」


少し沈黙が落ちる。


けれど、君は笑わなかった。

ただ、静かに私の言葉を聞いてくれていた。


「ねえ、千景。私さ――

 君の笑顔が、好きなんだ。花みたいで、優しくて。

 だから……その笑顔が私だけに向いてたらいいのにって、思っちゃうんだよね」


言ってしまった。

もう後には戻れない。

でも、どこか心が軽くなっていた。


千景はそっと立ち上がり、私の横に並んで窓の外を見つめる。

沈みかけた夕陽が、ふたりの影を伸ばしていた。


「……ねえ」


「ん?」


「そういうふうに言われると、意識しちゃうじゃん」


その声は、少しだけ照れていた。


私は、思わず笑った。

千景も、同じように笑った。


まるで春の風が、またふたりの間を通り抜けたような気がした。

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