花咲く君の横顔
しばらく短編百合小説ばかり投稿しようと思います
春の終わり、風はやわらかくて、どこかくすぐったい。
そんな季節が私は好きだ。花が咲いて、風が香って、思い出が色づく。
でも、それよりもっと――あの日の君が、好きだった。
ふとした瞬間だった。
教室の窓際、光に照らされた君の横顔を、私は何の気なしに見つめていた。
揺れる髪、静かに瞬く睫毛。風に乗って微かに香ったシャンプーの匂い。
そのとき、心が跳ねた。
言葉にできない音が、胸の奥を叩いた気がした。
あれが「ときめき」ってやつだったんだろうか。
違うかもしれない。でも、私にとっては、あれがすべての始まりだった。
昔から君とは仲が良かった。
いつも一緒に帰って、同じように笑って、同じように泣いて、似たようなことに怒って。
「親友」って、周囲からはそう呼ばれていた。
でも、私はもう「親友」なんて言葉で片付けられる距離にいたくなかった。
君の笑顔は、春の花みたいに儚くて綺麗だ。
それに気づいてしまった瞬間から、私はもう普通ではいられなかった。
気持ちは、隠そうと思えば思うほど、心の中で暴れ出す。
笑った君を見るたびに、胸が苦しくなる。
近づけば近づくほど、触れたくなる。
でも触れたら、壊れてしまいそうで――こわい。
だから私は今日も、君の横顔を盗み見ることしかできない。
*
あのときもそうだった。
君が、誰かと楽しそうに笑っていた。
別にやましいことなんてない。君はいつも誰にでも優しいし、笑顔を向ける。
でも、その「優しさ」が、時々私を傷つける。
私だけに向けてほしい、って思ってしまうのは――きっと、いけないことなんだろう。
恋って、こんなにも勝手なんだなって思う。
独りよがりで、言葉にすれば空回りして、
伝えれば何かが変わってしまうような、そんな怖さに支配されて。
だけど、怖がってるだけじゃ、何も始まらないことも知ってる。
季節は、待ってくれない。
花が咲いて、散って、また咲くように。
この想いも、ちゃんと咲かせてやらなきゃって、思う。
*
放課後の教室は、やけに静かだった。
机と椅子の影に差し込む夕陽が、まるで時間まで染め上げるようだった。
私は、窓辺で本を読んでいた君に声をかけた。
「……ねえ、千景」
君が振り返る。
その笑顔に、また心がざわつく。
でも今度は、逃げなかった。
「この前の話、覚えてる?」
君は少し首を傾げて、「どの話?」と返してきた。
私は言葉を選びながら、それでもまっすぐに見つめた。
「“誰かを好きになるって、どんな気持ちなんだろうね”って、言ってたじゃん」
「ああ……うん、覚えてるよ。どうしたの?」
私は一度深呼吸をして、目を閉じる。
そして、ほんの少し笑いながら言った。
「……たぶん、いまの私がそうなんだと思う。
気づいたら目で追ってて、笑ってると嬉しくて、
誰と話してるかでちょっとだけ嫉妬して……バカみたいにさ」
少し沈黙が落ちる。
けれど、君は笑わなかった。
ただ、静かに私の言葉を聞いてくれていた。
「ねえ、千景。私さ――
君の笑顔が、好きなんだ。花みたいで、優しくて。
だから……その笑顔が私だけに向いてたらいいのにって、思っちゃうんだよね」
言ってしまった。
もう後には戻れない。
でも、どこか心が軽くなっていた。
千景はそっと立ち上がり、私の横に並んで窓の外を見つめる。
沈みかけた夕陽が、ふたりの影を伸ばしていた。
「……ねえ」
「ん?」
「そういうふうに言われると、意識しちゃうじゃん」
その声は、少しだけ照れていた。
私は、思わず笑った。
千景も、同じように笑った。
まるで春の風が、またふたりの間を通り抜けたような気がした。