中
ローファンタジー風の恋愛物語、第三話です。
やっと話が動きました。
学校が舞台、というのも分かりやすくなってきたかと思います。
本文では分かりにくい点も出てきているかなと感じますので後日解説兼設定集を投稿予定です。
作者自身まだ学生ですので、至らぬ点も多々あるかと思いますが、何卒よろしくお願いします。
リクエスト等感想で受け付けております。
夢を見た。
目の前には羽を生やした人が立っていて、辺りは真っ暗。
人の顔には影が差していて、誰が立っているのかなんて見当のつけようもなかった。
自分の思考回路すらも曖昧で、頭がうまく回らない。
ただぼんやりと、この世に天使が存在するのなら、目の前の人のような人なのだろうかと思った。
「願いを一つ、叶えてあげよう」
目の前の人は、そう言った。
願いを、叶える。
もとの自分に存在しなかった世界を、運命を今の自分にもたらすだなんて、できるはずもない。
だけど、不思議な浮遊感のせいか、なんだかどんなことでもできるような気がしていた。
俺に訪れなかった運命。
自分には、存在し得なかった世界。
願いなどないけれど、最近考えることがある。
もし優羽がいなかったら、自分はどうなっていただろう。
特に何も考えずに、毎日を過ごしていたのだろうか。
女で話す相手なんて、今のところは優羽だけだ。
もしあいつがいなかったら、男友達とばかりつるんでいたのかもしれない。
物心ついたときから、というよりいつからかも分からないほど長い時間を共に過ごしてきた。
友達というわけではないけれど、それ以上に近く深い関係だと思う。
もし、あいつが存在していなければ。
俺と、交わっていなければ。
俺の世界は、優羽の世界は、一体どうなっていたのだろう。
目の前の影が薄くほほ笑んだような気がした。
ほほ笑みというよりも、もっと深い、自分には言い表せないような感情の揺らぎかもしれない。
「願いを一つ、叶えてあげよう」
先ほどと同じ台詞を繰り返したあと、目の前に立っていた人は居なくなった。
消えた、と認識するのにも時間がかかる程に一瞬で、居なくなってしまったのだ。
そして、数秒遅れて周りの空間も溶け出した。
色が混ざって、溶けて、崩れていく。
目を開くとそこはいつもの天井で、黒い空間も背中に羽の生えた天使も、もうどこにも居なかった。
数回まばたきをしたあと、俺はゆっくりと上体を起こす。いやに現実味のある夢だった。
夢の中で起こったこと自体は現実とはかけ離れている。
だけど、妙にあれは現実なのだと思えてしまって、心地が悪かった。
夢なのだから何が起きてもおかしくはないけれど、内容が内容だ。
あの天使に自分が願ったことが、少し後ろめたかった。
別に、優羽が嫌いなわけではない。
半生を共にしてきた相手がいなかったら、なんて少しでも思った自分がなんだか嫌だった。
カーテンのすき間から外をうかがえば、月はまだ頭上に浮かんでいた。
まだ起きる時間ではない。もう一度寝ようと枕に向き直る。
勢いよく倒れ込んでも、疲れも眠気も全く襲ってこなくて、寝付けなかった。
目をつむっても、先ほどの夢が脳裏をよぎって、結局、朝まで眠れない時を過ごした。
「はい、ホームルーム始めるぞー」
先生の一言で生徒は皆着席する。と、いっても静かになったわけではない。
離れた席同士でも声を張り上げたやり取りが行われている。
先生はそんな喧騒にはもう慣れっこのようで、出席簿の角で肩をたたきながら出欠を取り始めた。
「相澤ー」
「はい」
「入江ー」
「はーい」
「江藤ー」
「はーい」
次々と、なんの引っかかりもなく進んでいく出欠確認。
先生も、クラスメイトも何も感じていない。
この、異常な状況に。
俺は、自分のいる状況が信じられなかった。
心臓がどくどくと音をたてる。目が回りそうな気がしていた。
なんで、どうして。
どうして、優羽が呼ばれない。
天乃、という名字は一度も呼ばれないまま、ついにあ行が終わった。
「風見ー」
「……は、い」
速くなる呼吸を無視してどうにか返事をする。
いつもあいつが座っている窓際に目を向けた。
優羽は、居なかった。
否、机すら存在していなかった。
いつもは7人並んでいるその席に、今日は6個の席しかない。
信じられない。
信じたくない。
『あなたのオトモダチ、いなくなるかもしれないわよ』
『願いを一つ、叶えてあげよう』
声が脳に反響して気持ちが悪い。
自分が少しでもあの天使に願ったことが後ろめたかった。
宮先輩は、これがわかっていたのだろうか。
急に、思い立った。
そうだ、宮先輩なら。
AAIについて知っていそうな宮先輩なら、この状況の意味が分かるかもしれない。
気がついたら、足は勝手に階段を駆け上がっていた。
2年の廊下にはクラスメイトよりも少し大人びた先輩方が歩いていて、まだ1年の俺を物珍しそうに見つめていた。
だけど、そんなこと構っていられない。
優羽が存在しないかもしれないなんて、俺の小さな羞恥心などよりも余っ程一大事だ。
大きく深呼吸して、俺は2-Aと札の掛かったドアを思い切りスライドした。
「すみませーん!宮先輩はいらっしゃいますか!?」
精一杯に声を張り上げる。
と、窓際に座っていた先輩が、友達であろう女生徒にせっつかれていかにも面倒といった様子で歩いてきた。
相変わらずの美人だ。
中身が乱暴身勝手女なのは別として。
亜麻色の髪をそよ風になびかせながら、先輩は不機嫌そうに眉根を寄せた。
「何の用よ、カザミアサヒ。告白ならお断りよ」
いや、いくら美人だとしても、俺は横暴女に尻に敷かれたいような物好きではない。
心の声が聞こえていたかのようにさらに眉間の皺を深くした先輩は、俺の腕をつかんで廊下に出た。「で?何しに来たのよ。何となくとか言ったら飛ばすわよ」
時間無いんだからね、と宿直室でぼやく先輩を前に、俺は大きく息を吸って口を開いた。
「実はですね、優羽がいなくなってしまって……」
「ユウ?誰よそれ」
「AAIのことを言ってた幼馴染なんですけど」
「あらそう。迷子センターにでもお問い合わせしてみたら?」
そこまで言うと、宮先輩は心底興味なさげな様子で爪を弄りだした。
宮先輩がだめだったら、それこそ終わりだ。
「違うんです、そういうのじゃなくて」
宮先輩は面食らったように、冗談よ、と言って目を伏せた。
その仕草に優羽を思い出す。
あいつには、考え事をする時目を伏せる癖があった。
そんなときは、それが終わるまで俺も一緒に待った。
まつげに陽光が反射する様子を、飽きもせず眺めていたりしたのだ。
こうしてみると、思った以上に自分の気持ちが大きいことに、驚く。
失ってから気がつく、だなんてまさか自分の身に起こるとは思わなかった。
いなくなってから気がつくような自分の馬鹿さ加減に、いい加減嫌気がさす。
「分かったわ、カザミアサヒ。ユウが居なくなったのはあなたのせいじゃないわ。強いて言うならば、ユウ自身のせいね」
「ハァ!?」
顔を上げた宮先輩が言い放った言葉に、今度は俺が眉を寄せた。
「えっ……と、それはどういう?」
「あら、わからないの?あなたが聞いている通り、ユウはAAI中の天使なの。ここまで言えばわかると思わない?」
「いえ、全く」
宮先輩は深く息を吐いた。
どうしてわからないんだとでも言いたげな口調に、こっちが文句をいいたくなる。
「じゃあね、私は戻るわ。あとは自分で考えなさいな」
宮先輩は勢いよく弾みをつけて、スポンジのはみ出したベッドから立ち上がった。
扉を開けて振り返った先輩は、口を開く。
「あ、そうそう。無理に探さなくてもいいかもしれないわよ、オトモダチ。それが___」
___あなたたちの本来の運命だから。
今度こそ宮先輩は扉を閉めた。
わけがわからない。
本当は、出会って居なかったのいうことか、俺たちは。
もう頭がこんがらかりそうだ。
「早く、帰ってこいよ……」
心からのつぶやきは、快晴の空に溶けて消えた。
閲覧ありがとうございました。