教師の本性、証拠はここに
――「誰も助けてくれない。教師も、親も……誰も……。」
それなら、私たちで動くしかない。
助けを求めても無視され、見て見ぬふりをする大人たち。
だったら、証拠を集め、理論武装し、逃げられないようにする。
しかし、それは簡単なことではなかった。
行動を起こせば、必ず誰かに気づかれる。
そして、私たちの前に立ちはだかるのは――教師だった。
『脳ある俺は爪を研ぐ』第8話「教師の本性、証拠はここに」
物語は、新たな局面を迎える。
「誰も助けてくれない。教師も、親も……誰も……。」
その言葉が、今もなお紗奈の胸に焼きついていた。
だからこそ、彼女は動くことを決めた。凌央もまた、同じ思いを抱いていた。
龍城弁護士に「証拠を集めろ」と言われた時、二人は覚悟を決めたつもりだった。
けれど――現実は想像以上に厳しかった。
灰色の雲が広がる放課後、薄暗い校舎の廊下には、どこか湿った空気が漂っていた。
紗奈は意を決して、一人の女子生徒に声をかけた。
「ねえ、少しだけ話を聞かせてもらえない?」
相手は、二年生の宮下だった。紗奈は彼女が、いじめを目撃したことがあると聞いていた。
だが、宮下は視線を逸らし、唇を噛んだ。
「……ごめん。関わりたくないの。」
「でも、私たちが動かないと――」
「無理だよ。」宮下は小さく首を振る。
「先生も何もしてくれなかったじゃん。そんなの、どうしようもないでしょ。」
その言葉に、紗奈は言葉を失った。
(やっぱり……誰も、関わりたくないんだ。)
わかっていたことだった。いじめを目撃したとしても、それを証言するのはリスクが大きい。
誰も、自分が次の標的になりたくない。
「……わかった。無理にとは言わない。ありがとう。」
それだけ言うのが精一杯だった。
宮下は小さく頭を下げると、そそくさと去っていった。
その日の夕方、凌央と紗奈は学校近くの公園にいた。
街灯が灯り始めたグラウンドの隅、二人はベンチに腰掛け、ため息をついた。
「証言を集めるのは難しいな……。」凌央がぼそりと呟く。
「みんな、怖がってる。」
「それだけじゃないよ。」凌央は膝の上で手をギュッと握りしめた。
「そもそも、先生が見て見ぬふりをしてる。だから、いじめは止まらない。」
その事実が、何よりも悔しかった。
「担任の先生……ちゃんとわかってるはずだよね。」
「わかってるさ。でも、何もしないんだ。」
彼らの担任教師――彼は、明らかにいじめの実態を知っていた。
それでも彼は、何の対処もしなかった。いや、それどころか、時には加害者側に肩入れするような態度すら見せた。
「学校は、『トラブルを表に出したくない』んだろうな。」凌央が唇を噛みしめた。
「だから、問題があっても、できるだけ大ごとにしたくない。」
「でも、それって間違ってるよ……。」
紗奈は、ぐっと手を握りしめた。
胸の奥に渦巻く感情が、冷たい鉄のように重く、冷え切っていた。
(どうして……?)
学校は、本来、生徒が安心して学び、守られるべき場所のはずだった。
教師は、迷い傷つく子どもたちに寄り添い、導く存在のはずだった。
それなのに、彼らは沈黙し、背を向け、ただ穏便にやり過ごすことを選ぶ。
助けを求める声は、聞こえないふりをされ、苦しみはなかったことにされる。
――そんな場所を、本当に「学校」と呼べるのだろうか?
「問題を大きくしたくない」「余計なトラブルは避けたい」
そんな大人の都合で、助けを求める声が無視される。
(じゃあ、いったい何のために“先生”なんているの?)
目の前で、いじめられる生徒がいる。
苦しんでいる子がいる。
それでも、彼らは何もしない。
――いや、何もしないどころか、見て見ぬふりをする。
まるで「何も起きていない」かのように振る舞いながら、静かに、冷たく、押し殺していく。
「こんなの……教育じゃない。」
紗奈の声は震えていた。寒さのせいではない。
怒りとも悲しみとも言えない、言葉にできない感情が喉の奥を締めつける。
「学校って……何のためにあるんだろう……?」
その言葉が、ぽつりと零れた。
凍てつく夜風が、頬をかすめる。
温かさを求めて差し出したはずの手は、どこにも届かないまま、ただ虚空をさまよい続けている。
教師が、学校が、守るべきものを見失っているのなら――
「私たちが、証明するしかないよね。」
紗奈はゆっくりと顔を上げた。
その瞳に宿る光は、冷たくも、揺るぎなかった。
紗奈は手をぐっと握りしめた。
「教育委員会の人も言ってた。『担任教師がいじめを知っていて、何もしないことは重大な問題だ』って。」
凌央はゆっくりとうなずいた。
「だったら、そこを突くしかないな。」
教師が見て見ぬふりをしている事実。それこそが、学校を動かす突破口になるかもしれない。
龍城弁護士が言ったように、証拠を集めることが必要だ。
「……もう少し、粘ってみよう。」紗奈は顔を上げた。「誰も話してくれなくても、まだ方法はあるはず。」
「だな。」
二人は再び動き出した。
誰も助けてくれないのなら、自分たちでやるしかない。
冷たい風が吹き抜ける夜の街で、二人の決意は、静かに強くなっていった。
その時――
「凌央。」
背後から、低い声が響いた。
振り返ると、そこに立っていたのは、あのいじめグループの一人だった。
どこか落ち着かない様子で、スマホを手にしている。
「……少し話したいことがある。」
凌央は、不審そうに目を細めた。
だが、次の瞬間、その生徒が差し出したスマホの画面を見て、二人は息を呑んだ。
そこには、汚れた床に顔を押し付けられた凌央の姿が映っていた。
周りには数人の影――そして、その奥に、もう一人の男が立っていた。
「やりすぎはダメだぞ。」
低く響く声。
穏やかに微笑む男の表情。だが、その目はどこか冷え切っていて、まるで“見せしめ”を楽しんでいるようにも見えた。
その顔を見た瞬間、凌央と紗奈の背筋に、冷たいものが走った。
そこに映っていたのは――
今の担任の先生だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第8話では、紗奈と凌央が「証拠を集める」という新たなステップへと進みました。しかし、現実は厳しく、誰もが関わることを恐れ、証言を得ることすら難しい。そんな中で彼らが突きつけられたのは、学校という場所が「生徒を守るためのものではない」という残酷な現実でした。
しかし、彼らは諦めません。誰も助けてくれないなら、自分たちで変えていくしかない――そんな決意が、次の展開へと繋がっていきます。
そして、ラストでついに明らかになった衝撃の事実。
「やりすぎはダメだぞ」と笑みを浮かべる担任教師の姿。
これまで見て見ぬふりをしていた教師が、単なる傍観者ではなかったとしたら……?
紗奈と凌央は、ついに本当の「敵」と向き合うことになります。
次回、いよいよ核心へと迫っていきます。
彼らが手にした証拠は、果たして学校を動かす切り札となるのか?
それとも、新たな危機を招くことになるのか――?
続きもぜひ、お楽しみに!