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動き出した歯車

物語は大きな転換点を迎えます。

凌央と紗奈が教育委員会の力を借り、状況を変えようと動き出したことで、ついに周囲も変化を見せ始めます。しかし、大人たちの理不尽な態度や、現実の厳しさが二人の前に立ちはだかります。

それでも、二人は諦めず新たな一手を考えます。

今回は、希望と絶望が交錯する中で、物語が次なる展開へと動き出す重要なエピソードです。


翌朝、校門をくぐった凌央と紗奈の表情には、どこか緊張感が漂っていた。昨日、自宅に戻った後に24時間子供SOSダイヤルに連絡し、その流れで市の教育委員会にも話を通した。すべてを行動に移した後の余韻と、それがどのような波紋を広げるのかという不安が、二人の胸に微かに残っていた。


学校に足を踏み入れると、廊下を歩く生徒たちが何かざわついているように感じた。いつも通りの朝に見えて、どこか違和感があった。


「なんか……静かじゃない?」


紗奈が小声で呟いた。普段はもっと賑やかな廊下が、今日は妙に静まり返っている。その異様な雰囲気に、二人の足音だけが響いた。


「そうかもな。でも、気にすんな。」


凌央は軽く肩を上げて、そっけなく返す。だが、わずかに目をそらしたその仕草には、言葉にできない微妙な気持ちが滲んでいた。視線は自然と廊下の奥にある職員室へと向かう。ガラス越しに忙しなく動く教師たちの姿が見えた。その様子に、何かが動いているという予感が、二人の胸にじわりと広がる。


「行こうか。」


凌央は穏やかな口調で言い、紗奈の歩みに合わせて教室へと向かう。だが、職員室の前を通りかかったその時、不意に中から聞き覚えのある声が漏れ聞こえてきた。


一瞬足を止め、凌央の目が鋭くなる。紗奈も立ち止まり、少し不安げな表情で彼の横顔を見た。


「……どうする?」


紗奈が小さな声で尋ねると、凌央は短く息を吐き、低い声で答えた。


「確認してみる。」


彼のその言葉に、紗奈も小さく頷いた。職員室から漂う張り詰めた空気は、ただならぬものを感じさせていた。二人の足が、そっとその扉の方へと向かっていく。


「どうしますか?教育委員会の方がいらっしゃるまでに、何か対応を……」


声の主は教務主任だった。その低く冷静な響きが廊下に広がり、二人の動きを一瞬止めさせた。息を呑む間もなく、「教育委員会」という言葉がはっきりと耳に届く。言葉の重みが場の空気を押しつぶすようで、二人の胸に不安と期待が入り混じった静かな波紋を広げていく。


凌央はほんの少し口元を緩め、低い声で言った。


「……やっと、まともに動き出したか。」


その言葉には、昨日の行動が確かに結果を生んでいるという確信と、少しばかりの誇らしさが滲んでいた。紗奈は隣で彼の顔を見上げた。不安そうだった目が、彼の落ち着いた表情に引き寄せられるようにわずかに和らぐ。


「俺たち、やることはやった。あとは見届けるだけだ。」


凌央は職員室の扉に視線を向けながら、まるで自分自身に言い聞かせるように力強く呟いた。その背中には、どこか自信に満ちた輝きが宿っていた。


「どうなるんだろうね。」


「どうなるかじゃねえよ。どうするかだ。」


その一言に、紗奈はわずかに表情を緩めた。そして二人は再び足を進め、教室の扉を開けた。


扉が音を立てて開いた瞬間、教室の中のざわめきが一気に静まり返る。全員の視線が二人に向けられた。その中には驚き、興味、そして少しの警戒心が混じっている。


「……あの二人だ。」


誰かの小さな声が聞こえる。それを皮切りに、再び低い声での囁きが教室中に広がった。


「昨日、手を繋いで出て行ったよな……?」


「まさか、あの件で……」


一言一言が重なり合い、教室全体が緊張した空気に包まれる。二人の存在がこの場を支配している――そんな感覚が漂った。


紗奈は周囲の視線を感じながら、一瞬だけ凌央の顔を伺った。彼は動じることなく、真っ直ぐ前を見据えて歩いている。その背中に触発されるように、紗奈も視線を逸らすことなく席へと向かった。


二人が席に着くと、クラスメイトたちのヒソヒソ声がさらに微妙な緊張感を漂わせる。


「やっぱり、昨日のあれが関係してるのか……?」


「教育委員会って話、本当なのかな。」


その囁きが耳に入るたびに、紗奈の胸に小さな不安が広がる。それでも、隣に座る凌央の冷静な様子が彼女を少しだけ安心させた。


その瞬間、朝のホームルームを告げるチャイムが鳴り響いた。教師が入ってくるのを待つ間、教室のざわめきは少しずつ収まっていった。


(これから何が起きるんだろう。)


二人には、昨日の行動で状況が少しでも変わるはずだという確信があった。チャイムが鳴り終わり、静寂が教室を包み込む。そのタイミングで、担任の先生が教室に入ってきた。


いつもとは違う、鋭い目つきで二人を睨みつけるように見た後、淡々と口を開く。


「おはよう。今日はまず連絡事項がいくつかある。」


担任の声には、いつもの軽率さや余裕は微塵も感じられなかった。その異変に、生徒たちは敏感に反応し、ざわめきを飲み込んだまま固唾を飲む。


「本日、教育委員会の方が急遽来られることになった。それに伴い、今から名前を呼ぶ二人は職員室に来るように。」


生徒たちの間に緊張が走り、教室内が一気にざわつき始める。担任が紗奈と凌央の名前を呼ぶと、何人かの生徒が小さな声で囁いた。


「やっぱり……あいつらだと思ったよな。」


その声を耳にしながらも、二人は動じず、互いに視線を交わしてから静かに立ち上がった。


「1時間目と2時間目は他の先生が来る。自習だ。」

担任は早口でそう告げると、教室内を一瞥し、最後に二人を睨むように目を留めた。


「そこの二人、職員室に来い。」


冷たい声でそう言い残し、足早に教室を出ていく。その背中を見送りながらも、教室内の空気がピリついているのが感じ取れる。二人は何も言わず、静かに教室を後にした。



凌央と紗奈が職員室の前まで行くと、学年担当の先生が二人が来るのを待っていた。


「こっちの部屋に入って」と職員室の前の応接室に案内された。


職員室前の応接室には、スーツを着た教育委員会の担当者二人が座っていた。その目は冷静だが、鋭い光を宿している。担任と教務主任が同席し、静かに話し合いが始まった。


「では、いじめの具体的な状況について伺います。」


教育委員会の一人が、淡々とした口調で話を切り出す。担任は落ち着かない様子で視線を泳がせ、少し咳払いをして答えた。


「いじめ……というほどではなく、子どもたちの間での軽いふざけ合いだと思っていました。」


その言葉に、教育委員会の担当者が書類をめくりながら冷静に首を傾げる。


「ですが、生徒本人からの相談が寄せられています。それに対して学校としての対応が不十分だったのではないでしょうか?」


担任は慌てて言葉を継ぎ足した。


「もちろん、対応を考えていたところです。ただ、まだ具体的な段階には……」


その場しのぎの言葉に、教育委員会の担当者の目が鋭くなる。


「学校には、いじめ防止対策推進法に基づいて、生徒の安全を守る義務があります。これを怠ることは、法律違反に当たる可能性もあります。」


教育委員会の一人が担任に冷たい視線を向けながら、淡々と言葉を続けた。その声には、厳然たる正義の重みが滲んでいる。


「つまり、学校側の対応が不十分であれば、それは公的な問題として捉えられます。教育委員会として、正式に調査を進めることも視野に入れていますが……その前に、学校としての対応を聞かせていただけますか?」


担任は一瞬言葉を失い、居心地悪そうに視線を泳がせた。口から出たのは、薄っぺらい言い訳だった。


「もちろん、対応を検討していたところです。まだ具体的な行動には至っていませんが……」


教育委員会のもう一人が、それを聞いて書類にペンを走らせながら、冷たく告げる。


「“検討中”では不十分です。対応がない期間に、被害が深刻化する可能性があるのはご存知のはずです。具体的な対応策を即座に提示してください。」


その言葉に、担任の顔が一瞬引きつる。その場にいる全員が、責任を追及する冷たい空気を感じ取った。


応接室から戻る途中、担任は二人に冷たい視線を向け、低い声で言い放った。


担任の言葉は冷たく、まるで二人の行動を完全に否定するようだった。


「お前らのせいで余計な仕事が増えた。どうしてくれるんだ。」


その瞬間、紗奈は一瞬目を見開き、身体が固まった。胸の奥に広がる感覚――それは、深い絶望と怒りが入り混じったものだった。教師という立場で放たれるその言葉が、まるで氷の刃のように心を(えぐ)った。


凌央は拳を強く握りしめ、言葉を飲み込む。冷静でいようとしても、怒りが全身を駆け巡るのを止められなかった。


(こんな大人が、俺たちの行動を無駄だと言い切るのか……。)


紗奈の瞳には悔し涙が浮かんでいた。だが、その涙は落ちることなく、彼女の中に何かが静かに弾けたようだった。


「……はあ?余計なこと、って何ですか。」


震えながらも、その言葉は紗奈の口から鋭く放たれた。担任は驚いたように目を見開いたが、すぐにそっぽを向く。


凌央は紗奈の意外な一面を目の当たりにして少し顔が緩んだ。


「紗奈って…猫被ってるよな。」


「俺はすごく好きだな、どSな感じの紗奈。」



凌央は笑いながらそう言い、紗奈の横顔を見た。すると紗奈の目に悔し涙が浮かんでいることに気がついた。


紗奈の目には悔し涙が浮かんでいた。胸の奥に湧き上がる感情――それは言葉では表しきれない、屈辱と無力感の入り混じったもので、彼女の心を激しく揺さぶっていた。


(私たちの行動が……本当に無駄だったの?)


担任の冷たい言葉が、頭の中で何度も繰り返される。そのたびに、心の中で何かが崩れていくようだった。


「……私たち、無駄だったのかな……。」


声にならない声で呟く紗奈の横顔を見た凌央は、彼女の肩にそっと手を置いた。その手の温かさが、紗奈の胸にわずかな灯をともす。


「無駄じゃない。」


凌央の力強い声が、紗奈の胸にわずかな光をともした。


「次はさ、法律の専門家に頼もう。」


そう言うと、凌央はスマホを取り出し、迷いのない指先で画面を操作し始めた。検索結果に映し出された名前に目を留める。


「弁護士……龍城一真(たつきかずま)。こいつなら、どうにかしてくれるかもしれない。」


スマホの画面には、鋭い目つきでカメラを見据える龍城一真の写真が表示されている。その存在感は写真越しでも圧倒的だった。さらに、彼のホームページには、目を引く一文があった。


「相談内容によっては相談料、相談時間制限なしで無料……か。」


凌央が呟くと、紗奈も画面を覗き込んだ。そこに映る龍城の目つきには、どこか人を試すような鋭さがあった。その雰囲気に、紗奈は少しだけ不安を覚えたが、凌央の表情は期待に満ちている。


学校が終わり、自宅への帰り道。凌央はふと思い立ち、気になっていたことを紗奈に尋ねた。


「紗奈、家の人ってお前のこと心配してないのか?」


その問いに、紗奈は少し間を置いて答えた。


「……うちの両親、子供嫌いなんだと思うよ。」


唐突な答えに、凌央は眉をひそめた。


「なんだ、それ。意味わかんねえな。」


紗奈は苦笑いを浮かべながら続けた。


「私が物心ついた時から、父親はギャンブル依存症で、母親はネグレクトだった。家の中にいる時間なんて、ほとんどなかったし、いても放っておかれるだけ。だから心配なんてされるわけない。」


その言葉を淡々と語る紗奈の横顔を、凌央は真剣な表情で見つめた。胸の奥に静かに湧き上がる感情――それは彼女を守りたいという強い思いだった。


「……お前、よくそんなの耐えられたな。」


「耐えたっていうか、慣れたんだよ。期待しなきゃ楽になるって、いつの間にか思ってた。」


紗奈の声はどこか達観していたが、その裏に隠された孤独が凌央の心に刺さった。


「でも、俺がいるからな。」


その短い言葉に、紗奈は驚いたように彼を見つめたが、すぐに微笑んだ。


自宅に戻ると、凌央はすぐに龍城弁護士に電話をかける準備を始めた。スマホを耳に当て、番号を入力すると、呼び出し音が数回鳴った後、低く、やや威圧感のある声が受話器越しに響いた。


「……誰だ?」


その声に、一瞬だけ戸惑いを覚える。父親と似た威圧感が、その声から滲んでいた。


「あ、初めまして。学校でいじめの件で相談したくて……」


凌央がそう切り出すと、相手の声がピタリと止まる。そして、間を置いた後、不意に笑い声が聞こえてきた。


「……ガキか?」


その一言に、凌央は少し苛立ちながらも、ぐっと感情を抑えて言葉を続けた。


「子供だって相談したっていいだろ。学校の教師が腐ってるんだ。」


その言葉に、電話越しの龍城が興味を引かれたように再び笑う。


「ほう、腐った教師か……。話だけ聞いたら、面白そうな案件だな。」


その言葉には、どこか試すような響きがあった。


「で、どうする?一応、相談だけなら時間は作ってやるよ。ただし――」


言葉を区切ったその瞬間、龍城の声がさらに低くなった。


「俺の評判が上がるような案件じゃなきゃ、やらねえ。」


その一言に、凌央は負けじと応える。


「十分、面白い案件だと思うぜ。」


その返答に龍城は短く笑い、意味深な言葉を残して電話を切った。


「じゃあ、明日、俺の事務所に来い。時間だけは無駄にさせんなよ……ガキども。」


電話を切った後も、龍城の声が耳に残る。その言葉の裏に何があるのかは分からない。しかし、紗奈と凌央の胸には、かすかな期待と覚悟が芽生えていた。



今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!

動き出した歯車は、二人にとって希望の光をもたらすのか、それとも新たな壁となるのか――。現実の中で戦う若者たちの姿が、少しでも皆さまの心に響けば幸いです。


そして、ついに物語に新たなキーパーソン、龍城一真が登場しました。

この一癖も二癖もある弁護士が、二人の運命にどんな影響を与えるのか。次回もどうぞお楽しみに!

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