1話 出会い Ⅰ
2023年春、鹿児島県のとある山の中、険しい山道を登る二人の男性がいた。一人は制服を着た高校生ぐらいだと思われる青年、もう一人は30代ぐらいの男性である。
「なんでこんな山道なんだよ」
青年が不満そうにつぶやいた。
時は2022年8月に遡る。
2022.8.3
「やることないなぁ」
先程の山道を登っていた青年は退屈そうにつぶやく。
この青年、もとい石津凌大はこのとき、中3の夏休みの真っただ中だった。
凌大は今、ベッドにころがりながら、スマホをながめていた。中3になり、しばらくがたった。だが、まだ志望校も決まっておらず、勉強もあまりしていない。
このまま何も考えないで大丈夫なのだろうか?
そんなことを考えていた。
「あいつ今なにしてんだろ」
スマホを見て、不安な気持ちをかき消した。
あいつというのは同じ学校へ通う浅井俊という友達だ。金髪で少し変わったやつだが、入学して間もない頃に遊びに誘ってくれた。それからすぐ友だちになり、今では親友とも言える仲になる。
棚の上においてあったスマホを取り、通話アプリを開く。
浅井…浅井……お、あった
あいつなら俺と同じでどうせ暇だろ。
だってあいつ、夏休みは毎年寝て過ごす。とか言ってたしな。
そんな事を考えながら、通話ボタンを押し、電話を掛けた。
呼び出し音が数回鳴った後、浅井が電話にでた。
『なんだよ?』
眠そうな声で返事をしてきた。
やっぱり寝てたか。
『おーい、聞いてんのか?』
「お前暇か?」
『お前エスパーか?よくわかったな』
驚いたような声が返ってきた。
いやいや、お前が暇じゃないわけ無いだろ。
去年、他クラスの自由研究の作品を興味半分で見たことがあった。その中に「夏休み中ずっと寝てたら周りがどういう反応をするのか」という自由研究があったことを今でも鮮明に覚えている。その作品はでかくて乱暴な文字で浅井俊と書かれていた。
「お前・・・今年はどんな自由研究をするつもりなんだ?」
あ、やべ、つい思ったことを口にしてしまった。
『あ?そんなん決まってるだろ?「夏休み中に一切部屋から出てこなかったら周りはどんな反応をするのか?」だよ』
去年より酷くなってないか?トイレとかどうするつもりだよ。
ツッコミたくなる気持ちを抑えながら次の言葉をつなげた。
「なぁ、自由研究を壊すみたいになるかもしれないけど、ボーリングに行かない?」
『お?まじ?やった。これで外に出るための口実を作れるよ。先に公園に行って待っとくからな』
「ちょっ、おい!待てよ」
ブツリと電話が切れた。
「・・・これで外に出られるってどういうことだよ」
親に幽閉でもされてんのか?
まぁ考えても仕方がない。
スマホをポケットに入れ、ベッドから立ち上がった。
「そろそろ出発したほうがいいか」
軽く荷物をまとめ、服を着替え、玄関に向かう。凌大の部屋は2階になっており、ドアをあけるとすぐ近くに階段が見える。
2階は3部屋あり、右から順番にトイレ、凌大の部屋、そして父親の部屋がある。
勢いよく階段を駆け下りた。
目の前には長い廊下があり、そこをずっと前に進むと玄関がある。廊下は走ると母さんに怒られるのでゆっくりと歩いた。
玄関に着き、靴箱から靴を出してはいていた。すると台所から凌大の母親が顔を出した。
エプロンを着て、お玉を持っているのでおそらく料理中だったのだろう。
「どこに行く気なの?」
「あそこのでかい公園だよ。分かるだろ?」
浅井と待ち合わせの約束をした公園は幼い頃に何十回も母と二人で行ったことのある馴染みの場所なのだ。
「変な人について行かないでよ?」
いやいや、それもうすぐ高校生になる人にかける言葉じゃないだろ。もっと別の言葉にしてくれよ。
「ついていくわけ無いだろ。ガキじゃないんだし」
苦笑いをしながら返事をした。
母さんは本気で心配そうにしてくるので少し困る。
そんなことを思いながら、玄関を開けた。
玄関を開ける小鳥のさえずりや涼しい風も吹いてきた。
うん。やっぱり外は気持ちいいな。
「いってきます」
元気いっぱいに笑顔で母さんに声をかけた。
急がないと待たせてしまうかもな。
そんなことを考えながら小走りで歩道を進んだ。
浅井の家からあの公園までは5分とかからない。浅井が電話の直後に家を出たとするならばかなりの時間待たせてしまうことになるだろう。
まぁ、あの浅井がさっさと家を出ることは考えづらいけどな。
出発してから15分後ようやく公園についた。中学生になってからほとんどくることはなくなってしまったが、昔と何も変わっていなかった。
錆びかけたブランコに鉄棒、乗る部分の木が大破してとても使える状態じゃないシーソー、母さんと何回も座った馴染みのあるベンチ
何もかもが昔を思い出させてくれる。
そして、予想通り浅井はまだついていなかった。
「・・・まぁ、あいつはマイペースだからなぁ」
浅井は極度のマイペースで、今までも何度も約束に遅れて来ることがあった。
学校の授業も例外ではない。
ある日、午前の授業が終わっても、浅井が来ていない時があった。
教室に入ってきたのは5時間目の途中だった。
そして先生に理由を聞かれると
「遅刻したい気分だったんで」
とふざけた理由を述べていた。
遅刻したい気分って何だよ。例えそうだとしても行動には移さないだろ。
やることもないのでベンチに座って待つことにした。
ベンチには先客がいた。
ボサボサの黒髪に少しだけ髭がはえている30代ぐらいの男性だった。
特に気にすることなく、ベンチに座った。
・・・・・・暇だなぁ
浅井のことだからどうせ30分だぐらいは平気で待たないといけないか。ゲーム機でも持ってくればよかったかな?
やることもないので、ぼーっとしていると
隣から声が聞こえてきた。
「…………ん、ん?」
声のした方向に隣に顔を向けると、隣に座っていた男性が起きていた。眠そうな目つきをしており、一度あくびをしてからこちらに顔を向けた。
そして、目が合った
その瞬間男性の目が見開かれた。
きれいな緑色の眼だった。
「・・・・・・お前」
急に話しかけられて肩がビクッとした。今まで知らない人と目があっても声をかけられることはなかったからだ。
出発する前に母さんにかけられた言葉を思い出す。
もしかして不審者か?
母に言われたとおりに怪しいと思ったらすぐに逃げ出そうと思った。けれど、返事を返さないのは失礼だと思い、一応返答はする。
「え?なんですか?」
「赤色の眼なんて珍しいな」
赤色?
一瞬疑問に思ったが、すぐに自分の眼のことだと気づく。この眼は生まれつき持っており、母さんがこの目を見た時は目から出血してるんじゃないのかと心配に思ったらしい。
「え?ああ、生まれつきこんな色なんですよ」
そのとき、公園の入口の方から派手な赤色の自転車に乗った金髪の青年―――もとい、浅井俊が自転車をチリンと鳴らし、自転車から降りた。
そして、自転車を手で押しながら公園へと歩いてきた。
「おーい凌大?そのおっさんだれだ?」
入ってきてからすぐに声をかけてきた。どうやらこの男性のことが気になっているらしいが、誰だ?と聞かれても答えられるわけがない。
今知りあっただけなのだから。
なんて答えようと迷っていると男性のほうが先に口を開いた。
「おっさんじゃない。お兄さんだ」
いやいや、第一声がそれですか?
それ、そこまで気にするところじゃないと思うし。
初めて会う人におっさんと言う浅井もどうかと思うが、そこに訂正を入れるのもどうかと思った。
「おっさんなんだからおっさんでいいだろ」
浅井!お前とんでもなく失礼なこと言ってるぞ!
心の中でつぶやいた。
「よくない。これは俺の中で最優先事項となっているからな」
まじか・・・他に優先するべきことがあるだろ
「で?あんた誰?」
浅井が質問した。
「あんたじゃない。お兄さんだ。間違えんなよ?」
「そこはもう良くないですか?えーと、この男性はベンチで寝てただけの赤の他人だよ。」
「赤の他人じゃない…お兄さんだ、何度も言わせるな」
さっきからお兄さんお兄さんしつこいな。赤の他人は別に訂正する必要ないでしょ。
「ところで俺に何か用ですか?」
しつこいので話題を変える。
「いや、その眼が気になっただけだ。用などはない。」
「確かにお前の眼って変わってるよなぁ。赤色なんて。エスパーだし」
「いやいや、あれ本気で言ってたのか?お前」
まさか本気でエスパーだと思っていたとは…
浅井の思考回路に驚いていると、男性が話しかけてきた。
「君、魔法に興味あるのか?」
「エスパーから魔法に話がとびましたね・・・・・・まぁ、ないわけではないけど…父親が魔術師だし」
「その父親の名前は?」
父親の名前?それ個人情報じゃない?
やっぱりこいつ不審者か?
不審に思いつつも答えた。
「石津豊治」
再び緑色の眼が見開かれた
「なるほどな、才能に恵まれるわけだ」
「え?何が?」
ここまでの流れで才能的な話は一度もでてこなかったはずだ。なのになぜ、そんなことを言うのだろうか。
「お前、魔法高等学校に入学しないか?」
なんでそうなるんだよ。
「いやですよ。そんな訳わからないところに行くわけ無いじゃないですか」
当たり前だけど断った。
逆にそれで誰が許可がするんだよ。
「すまないな。説明不足だったか」
そう言いながらスーツのネクタイを整えた。
「魔法高等学校とは魔法を学び、正しい使い方を学ぶところだ。まぁ要するに、魔術師を育成するところだな。お前の父親も通っていたな」
魔法高等学校という名前自体は聞いたことがある。母親から父親の学校の写真も見せてもらったこともある。
だけどそれだけの理由で入学を受け入れることはできなかった。
「ふーん…でも入学試験が難しいんじゃ…」
やんわりと断るための理由を作ろうとした。
だが、これは逆効果だった。
「そこは安心しろ。俺はこう見えても魔法高等学校の教師だからな。推薦枠で入学させてやれる。どうせ行く高校も決まっていないんだろう?」
試験なしで入学出来るとなると流石に興味をもった。そもそも入学したい学校が無くて不安になっていたのだ。
そんなときにこんな話をされるのはまさに渡りに船だった。
「まぁそうですけど・・・」
断る予定だったものに好条件がついたことで、断らないという選択肢が頭の中に浮かんできた。そして頭の中は混乱状態になった。
浅井が口をはさんできた。
「面白そうじゃん。行ったらいいんじゃないか?なぁ、俺も入学してもいいか?」
待て、なぜお前は自ら入学しようとしているんだ。
「凌大が入学してくれるなら別にいいぞ。」
断りづらい雰囲気になってしまった・・・さったと断わらなかったことに後悔していると再び男性が口を開いた。
「魔法についてはどれほど知っている?」
男性は質問をなげかけてきた。
それに対し、
「一般人は魔法については知ってるわけがありませんよ。一般人は魔力すら持っていないのだから知ってるだけ無駄ですよ。」
と答えた。
これが一般人が知り得る唯一の情報なのだ。
父親は魔術師だったが、一切家に帰ってこなかったので、魔法については全く聞かされていない。
当たり前のことのはずなのに男性はありえないことを聞いたかのような眼でこちらを見つめてきた。
「お前…それ本気で言ってるのか?」
「え?本気ですけど…」
少しの間沈黙が続いた
え?俺なんかまずいこと言った?
「お前は何か知ってることはあるか?」
質問の対象を浅井に変えた。
「いや、凌大が言ったのと同じことしかしらないぜ?」
「まじか・・・」
それから少し間があり、少し経ってから再び口を開いた
「魔力は一般人だろうが、魔術師だろうが関係なく全員持ってるんだぞ?」
「「え?」」
「一般人の間では魔法について全然知られていないようだな。」
魔力は全員が所持している?そんな馬鹿な・・・
そんなことは一度も聞かされたことがなかった。そもそも学校の先生は一般人は魔力を持ってないから魔術師にはなれないと断言していたのだ。
「話は変わるが、魔術師には階級があるんだ。上から順に天災級、最上級、上級、中級、初級だ。天災級についてはほとんどいないから気にするな。君の父親の石津豊治は最上級魔術師だったんだ。つまり、ほぼ1位クラスってところだな。」
「・・・・・・父親は全然家に帰ってこなかったので、どんな人だったのかすら知らないんですけど、今も元気に働いているんですか?」
正直言って父親に全く興味は湧かなかったが、一応父なので質問した。
男性は何も言わず、目をそらし、地面をみていた。
言いづらいかような雰囲気が伝わってきた。
両者沈黙が続いた。
少したってから顔を上げて、ようやくその口を開いた。
「君の父親は任務中に……亡くなったよ…」
「そうですか」
「何か思うことはないのか?」
「特に何も思わないし、感じませんね。」
「……そうか」
凌大は父親がなくなったことを知った。だが、全く覚えていない人のために悲しむなどできなかった。ただ、ふーんと思うだけだった。