睡眠時間が常人の倍以上必要なため、長期間の任務に向かない少年が追放される話。 今までみんなの睡眠僕が代替してたけど大丈夫かな?
『ネムル、おまえをこのチームから追放する』
少年、ネムルは宿屋の従業員に手渡された手紙にそのような文言を見つける。
「追放…………追放!?」
寝起きで錆びついていた頭がどうにか理解したところで声を上げるネムル。
「依頼主の方、お客様が起きないかずっと待っていたんですけど……待ちきれなくなったようでこのように書き置きを……」
従業員が気まずそうに言う。
「うーん……僕はどうやら追放宣言にすら寝坊したみたいだね……」
あはは、と虚しい笑いが一人の部屋に響く。
ネムルは魔族調査チームのメンバーだった。
人類と魔族の戦いは過去から現在に至るまで熾烈を極めている。
粗暴で短気的ではあるものの数の勝る魔族に、人類はどうにか知恵と工夫で抵抗している。
戦況はほぼ拮抗しているが、いつ崩されるか分かったものではない。
そのため魔族の調査を行い、人類を勝利に導くためにチームは結成された。
しかし戦いとは違って調査とは地道に長時間に行うものである。
ネムルはその特異な体質から常人の倍以上の睡眠を必要としていた。
夜も関係なく身を粉にして働く他のメンバーにとって、長時間睡眠しているネムルの存在は疎ましかったのだろう。
そのため追放された、と。
「でも……しょうがないのかな。本当のことを言ってなかったんだし……」
ネムルの特異体質。
チームにいた間、常人の倍以上寝ていたネムルだが、実のところネムルの本来の睡眠は一時間で済む、超睡眠効率の持ち主だ。
ならば何故長時間寝ていたのか?
それはもう一つの特性、自身の睡眠を他者に分け与える効果のためである。
効率的な睡眠をチームに分け与えることで貢献していたのだ。
そう、他のメンバーは夜も関係なく働いていたのに身体を壊さなかったのはネムルのおかげだったのである。
「信じられるわけが無いって黙ってたけど……言うべきだったのかな」
だとしてももう手遅れか。
ふわぁ、と大きくあくびをしたところで。
「それはおまえの睡眠体質のことか?」
「……っ!」
未だ部屋から出ていなかった従業員が――先ほどまでとは打って変わって鋭い声で問う。
「この姿では話が進まないな」
呟くと従業員の体は光に包まれる。それが晴れて出てきたのは濃い褐色の肌に扇情的な衣装を着て胸を張った女性。
その頭には角――魔の象徴が二本生えている。
「魔族……」
「そう身構えるな。戦いに来たのではない」
「だったら」
「勧誘だ。ネムル、魔族の味方に付かないか?」
「どうして僕を……それに魔族の味方になんて」
魔族による誘いに反抗するネムル。
「まあ話くらいは聞いておけ。何故おまえかというと、その体質にはずっと目を付けていたのだ。他者の睡眠を代替する力。
ところでおまえも調査チームの一員なら知っているだろう、魔族の生態について」
「……魔族は寝ることが出来ないってことか?」
「そうだ、魔族の強靭な体は人間と違って睡眠は必要ない。……いや正しくは寝ることが出来ない。それが性質にも現れている」
「粗暴で短気……睡眠不足の症状……」
「それ故に数で勝っていながら人間に負ける。だがネムルおまえの力さえあれば変えられる。魔族に睡眠の力を、ひいては勝利をもたらしてはくれないか?」
「………………」
「脅すつもりは無い。脅された状況ではよく眠ることは出来ないからな。だがおまえは今しがた人間に手酷く裏切られた身。そのような存在に義理立てする必要があるのか?」
「……条件がある」
「ふむ?」
「三食、朝寝、昼寝、夜寝付きだ」
「問題ない。交渉成立だな」
ーーーーーー
「被害甚大! 魔族の侵攻が止められません!!」
「ええい、どうしてこんなことに!!」
「これまでの魔族には見られない統率が取れた動きのせいでしょう」
「そんなこと分かっておる! 問題なのは変わった理由だ! 調査チームは掴めてないのか!?」
「そ、それが長時間の無理な調査を続けた結果、身体を壊すメンバーが続出して……」
「ああもう何しておるこの間抜けどもが!!!」
ーーーーーー
「流石だネムル。これで魔族の勝利も目前に……!!」
「どうでもいいや……じゃあ僕は寝るね、おやすみ」